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怪談市場 第八話

『壁に浮かぶ顔』

A君とI君とH君は同じ大学の遊び仲間だった。お世辞にも「一流大学」と呼べる学校ではない。キャンパスは地方都市の、さらに郊外に位置するため交通の便も悪い。よって車を所持し、マイカー通学する学生も少なくない。三人の中ではカーマニアのH君が車を所持してた。バイク派のI君と免許のないA君は、H君の車に乗り合わせ、よく遊びに出かけていた。といっても遊び場のない田舎町のこと、しかも懐に余裕のない学生だけに、ドライブがてら映画を見に行ったり、こだわりのラーメン屋を探す程度だ。

「T市の高層マンションの壁にさ、女の顔が浮かび上がるんだって。なあ、見に行こうぜ」

ある日、好奇心旺盛なI君が奇怪な噂を聞き込んできた。日々を惰性で生き、イベントに飢えていた三人は、全員一致で「見に行こう!」と即決。夜を待ち、H君の車に乗り込んで一路T市へと向かう。

T市は車を走らせて30分ほどの距離に位置する。同じ地方都市とはいえ、三人が通う大学のあるR市よりも数段“都会度”が上だった。映画館も、デパートも、飲食店街もある。R市の人々も、これといった目当てもなく遊びに出掛けるさいはT市を目指す。三人にとっても通い慣れた街だった。

当時、T市に建つ高層マンションは3棟だけ。順繰りに探せば、問題の“女の顔が浮かぶ壁”はすぐ見つかるだろうと三人は考えていた。

だが、見つからない。

H君がハンドルを握り、徐行しながらマンション周囲の道路を流す。助手席でふんぞり返るI君が外壁を注視する。怪しい壁があると路肩に停車し、懐中電灯片手のA君がより接近して確認しに行く――そんな作業を3回、マンションの数だけ繰り返したが、収穫はなし。すべてのマンションの外壁に可能な限り接近し、舐めるように見まわしても、女の顔はおろか、それらしきシミすら発見できない。

「なんにもねーじゃねーか……」と運転席のH君がぼやく。

「またガセネタつかまされたんじゃね?」とA君が後部座席で冷やかす。

「ハラ減ったな……ファミレス行くか」言いだしっぺのI君が真っ先に飽きた。

時刻はすでに夜の10時を過ぎ。三人とも夕食はまだだ。I君の提案に残る二人も異存はない。おあつらえ向きに、マンションから見て公園の木々をすかし、ファミレスの看板が輝いている。駐車場に車を乗り入れ、店に入って窓際の席に着き、メニューを物色する。食欲が優先して、すでに猟奇趣味は消え失せていた。

やがて、スパゲティやらドリアやら鉄板焼きハンバーグなど、注文の品が届く。窓際の席で鉄板焼きハンバーグに取り掛かったA君が、突然「あーっ!」と驚愕の声をあげた。

「なんだ、また火傷したのか?」

「ウエイトレスに“鉄板熱いのでお気を付けください”って言われたばかりだろ」

H君とI君はとくに驚かない。事実A君はしょっちゅう、そんなヘマをやらかす粗忽者だ。

「違うって……あれ見ろ、アレ!」

窓の外を勢いよく指差した拍子にガラスにぶつけて突き指をする。やはり粗忽者だ。呆れながらH君とI君が窓の外へ視線を転じる。

2車線の道路を挟んで、公園を囲む背のあまり高くない木々が見える。その向こう、先ほど探索したマンションが夜空を背にそびえていた。

その外壁に、くっきり浮かんだ女の顔。

「でけえぇぇぇーっ!」

申し合わせたかのように三人の声が揃った。彼らがいるファミレスの窓から見て、十数階建てのマンションが側面を向けている。その最上階付近から中程にかけて、巨大な女の顔が街を睥睨している。正面を向いた顔の、右半分。まるで夜空にマンションの幅だけ隙間を作り、異次元から人間社会を覗き込んでいるように。

一棟一棟、丹念な探索をしても見つからないはずだ。いや、接近して舐めるように探ったからこそ見つからなかったのだ。離れた位置からでなければ見えなかったのだ。高すぎて、巨大すぎて。生きた人間目線の、等身大の“女の顔”を誰もが想像していたのだ。

 この世ならぬモ“モノ”に食事風景を覗き見られているようで落ち着かず、三人は窓から視線を外し、注文の品を腹に詰め込むと、R市に逃げ帰ったという。

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