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怪談市場 特別編(R-10指定)

『ブルー・サンタクロース』 #Xmas2014

「サンタクロースには、赤いのと青いのがいるんだよ」

そう断言するのは、来春、小学校3年生になる透哉クン(仮名)です。

あれは、ちょうど1年前、クリスマスイブの夜に起きた出来事でした。

早々にベッドへもぐりこんだ透哉クンは、眠れないままサンタクロースを待ちわびていたのです。

(今夜ぐらい、嬉しいことがあってもいいじゃないか)

そんなふうに少し拗ねて、つい心の中でつぶやいてしまいます。

それというのもこの1年、辛いことばかりだったのです。

春を待たずにお父さんが交通事故で突然、帰らぬ人となりました。それ以来、絵に描いたような幸せいっぱいの家庭は、一転して悲しみ一色に染まってしまいました。

まず透哉クンが、お父さんの死を受け入れられないまま病に倒れました。貧血と喘息の発作を繰り返し、学校も休みがちになったのです。何度も検査してもらいましたが、悪いところは見つからず、「肉親の死による精神的ショック」ということで、お医者さんは勝手に納得してしまいました。

次に、そんな透哉クンを支えなければならない母親も、次第に寝込むことが多くなりました。あんなに明るかったお母さんからいっさいの笑顔が消え、うつむくときは涙が落ちました。家事も滞りがちになり、食事も最近はコンビニの弁当か総菜パンがほとんどです。お医者さんの診断によると「うつ病」だそうです。なぜか左手首によく怪我をするようになり、ときどき包帯を巻いていました。

お父さんの消えた家を思うと、サンタクロースを待つベッドの中でも涙が流れます。

ふと、その濡れた頬に風を感じました。

薄く眼を開くと、閉じたはずの窓が全開になって、カーテンが揺れています。照明の消えた部屋の中、ぼんやりと差し込む街灯の明かりに、大柄の男がシルエットとなってたたずんでいました。

(来た。サンタクロース!)

胸の高まりを押し殺し、透哉クンは眠ったふりをしながら観察を続けました。

(でも、どこか違う……)

やがて暗闇に目が慣れ、違和感の正体が見えてきました。まず、色が違う。誰もがイメージするサンタは赤と白を基調としたコスチュームですが、透哉クンの部屋を訪れたサンタは、月が出た夜空のような暗い青一色。帽子は白いボンボンがついたものではなく、服と同じ色のベレー帽。体格はいいが太ってはおらず、ふたつ穴のベルトをウエストでキュッと締めています。靴は頑丈そうな革の編み上げ靴。まるで外国の軍人さんが身にまとう制服のようですが、肩に白くて大きな袋を担いでいるため、いちおうサンタクロースとわかるのでした。

青いサンタは足音もなく、壁際の学習机に歩み寄ります。その上には透哉クンの宝物が誇らしげに飾られていました。大好きな変身ヒーローのフィギュア。1年前の今夜、クリスマスイブの夜に、透哉クンが眠っている間にサンタクロースが届けてくれたプレゼントです。青いサンタは変身ヒーローのフィギュアを無造作につかむと、担いだ白い袋を下ろし、その中へ放り込みました。

「なにするの? そのフィギュアは僕の宝物だ!」

思わず叫んで、透哉クンは飛び起きました。

「やれやれ、聖夜によい子が夜更かしとは、感心しないぜ」

振り向いた青いサンタは、そう言って肩をすくめます。白い髭はありませんでした。顔も声も、ちょっと前にテレビで放送した「沈黙のナントカ」という映画の主人公にソックリでした。

「気の毒だがボウヤ、このフィギュアは没収だ。悪く思うなよ」

言い捨てると青いサンタは、透哉クンの宝物を「没収」した白い袋を再び担ぎ、身を翻して窓に向かいます。透哉クンは宝物を取り返そうとベッドを飛び降り、青いサンタを追おうとしましたが、いつもの貧血のせいか足に力が入らず、転んでしまいました。悔しくて涙が滲みます。悲しみに耐えた1年、せめて今宵こそはと待ちわびたサンタはプレゼントをくれるどころか宝物を奪い去っていく。それをなす術もなく見送るしかない自分の無力さがはがゆい。

と、悔し涙で滲んだ目が小さな異変を捉えました。開いた窓へ向かいかけた青いサンタの足が止まり、なにかを避けるように飛び退ったのです。次の瞬間、窓からもうひとつの人影が部屋に飛びこんできました。

「そこまでた。これ以上おまえの自由にはさせないぞ、青サンタ!」

新たな深夜の訪問者は、赤と白を基調にした服に身を包み、顔がほとんど隠れる白い眉と髭をたくわえ、白い大きな袋を担いだ男の人です。

「サンタだ、本物のサンタさんだ! 助けに来てくれたんだね?」

透哉クンの言葉にうなずくと、赤いサンタは青いサンタに指を突き付けて詰め寄ります。

「さあ、いますぐ奪った物を返すんだ。それはただのフィギュアではない。悲しみに包まれた暮らしの中で、この子が唯一温もりを感じることのできる、心のよりどころなのだ!」

「やれやれ、面倒なヤツのお出ましだぜ」

軽く舌打ちすると、青いサンタはベルトに吊るした革のシースから、大振りのサバイバルナイフを抜きました。対する赤いサンタは担いでいた袋を下ろすと、中から小型のチェンソーを取り出しました。スターターを引くと唸りをあげ、びっしり並んだ鋼鉄の牙が回転します。

「景気のいいオモチャ持ってるじゃないか、赤いサンタさんよ。でも良い子のプレゼントにしちゃ、ちょっと物騒だぜ」

2人のサンタが同時に動き、戦いの火ぶたは切って落とされました。赤い服と青い服が翻って交錯し、サバイバルナイフとチェンソーがぶつかり、そのたびに暗い子供部屋で火花が散ります。

何度目かの攻防で青いサンタのナイフが弾き飛ばされ、壁に突き刺さりました。武器を失い、赤いサンタからチェンソーを突き付けられても、なぜか青いサンタは怯む様子はありません。むしろ勝ち誇るように左手を掲げました。

その手に握られていたのは赤い帽子、白い付け髭と付け眉毛……。

素顔を晒した赤いサンタは、目に見えて狼狽しました。その顔に目を向けて、透哉クンは息を飲みます。見覚えがありました。ありすぎました。

「お父さん! サンタクロースの正体は、お父さんだったの?」

「し、しまった……顔を見られた!」

後悔に身をよじる赤いサンタの姿が次第にぼやけ、やがて霧が散るように消えてしまいました。子供に正体を見破られることが、サンタクロースにとって一番の弱点だったようです。

青いサンタは壁から抜いたサバイバルナイフを腰のシースに戻し、安堵の溜め息をつきました。

「ふう、危ないところだったぜ」

「あのフィギュアは、僕の宝物は……サンタクロースじゃなくて、お父さんからのプレゼントだったの?」

一度は袋に放り込んだフィギュアを取り出すと、青いサンタは呆然とする透哉クンの前にしゃがんで顔を覗き込み、穏やかに語りかけました。

「お父さんのことは、残念だった。坊やも悲しかっただろう。だが、坊ややお母さんを残して死ななければならなかったお父さんも、とても辛かった。その強い思いが、無念が、お父さんがプレゼントしたこのフィギュアに込められてしまったんだ。回収しようとした私を、サンタに身をやつした亡霊となって現れ、妨害するほどにね」

「お父さんの思いが込められたフィギュアなら、やっぱり僕にとっての宝物だよ! どうして回収されなければならないの?」

「よく聴くんだ坊や。たとえ悪意がなくとも、純粋な愛情でも、死者の執着や無念は残された者たちを――つまり、この世に生きる、きみやお母さんを――あの世へと引きずり込んでしまう危険性があるのさ。だから今宵、私が回収に参上したんだよ」

「そうか……死んだ人の執着や無念が込められたプレゼントを、クリスマスイブの夜に回収する……それが青いサンタクロースの使命なんだね?」

透哉クンは青いサンタの手から、いままで宝物だったフィギュアを取り、自分の手で白い袋に戻しました。

「だったら、悲しいけれど、このフィギュアは諦める。僕はともかく、お母さんにこれ以上つらい思いをさせたくはないから」

透哉クンは気付いたのです。確かにお父さんが亡くなったことは悲しい。でもそれ以上に、お母さんが笑顔を忘れ、家事を放棄し、泣き伏していることが辛いのだと――もっと強くなって、これからは自分がお母さんを守らなければならないのだと――そう、気付いたのです。

「ご理解、感謝するぜ」

青いサンタは透哉クンを軽々と抱きあげ、ベッドへ寝かしつけました。

「その代わりといってはなんだが、明日の朝目が覚めたとき、坊やを最高のプレゼントが待っているはずだ。だから安心して、おやすみ」

覚えているのはそこまでです。青いサンタが口にした「おやすみ」が魔法の呪文のように、透哉クンを眠りの世界へと誘うのでした。

翌朝目を覚ました透哉クンは、期待に胸を膨らませて部屋を見回しました。でも、プレゼントらしい品物は見当たりません。

「ちぇっ……青サンタの嘘つき」

ガッカリした透哉クンは子供部屋出て、寒いキッチンへ向かいます。いつものように一人で、シリアルと牛乳の朝食をとるために。

でも、そこに最高のプレゼントがありました。

「おはよう透哉。朝ごはん、できてるわよ」

家事も微笑みも忘れて久しいお母さんが、朝食を用意し、笑顔で迎えてくれたのです。

あれから1年――お母さんは次第に元の明るさを取り戻し、家庭は息を吹き返しました。

透哉クンの貧血と喘息も回復していきました。学校を休むこともなくなって、いまでは同級生と一緒に体育の授業を受けられるほどです。やはり原因がわからず、お医者様は首を傾げるばかり。でも、透哉クンは信じています――あの夜、青いサンタが訪れて、亡くなったお父さんの執着と無念がいっぱいに詰まったプレゼントを回収してくれたおかげだと。

いまでも、亡くなったお父さんを思い出さない日はありません。だけど悲しみは日を追うごとに、少しずつ薄らいでいきました。

そしてクリスマスイブの今夜、透哉クンは夜空を見上げます。

もうサンタクロースにプレゼントを求めることはありません。ただ、1年前に出会った青いサンタを思うのでした。この夜空の下、ときに浮かばれない亡霊と戦いながら、死者の執着と無念がこもったプレゼントを回収して、イブの夜を駆け抜ける――そんなブルー・サンタクロースに、思いを馳せるのでした。

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