見出し画像

きたねえな

 歯ブラシを買い換えるタイミングがいまいち掴めない。


 毛先が開いてきたら買い替え時とは聞くが、つい面倒くさくなり「まだいけるでしょ?」と今後の頑張りに期待してしまう。ズルズルと機会を伸ばしているといつの間にか、地肌が見えるくらい開いたブラシで磨く羽目になっている。これだと歯ブラシで歯を磨いているというよりも歯で歯ブラシを磨いているという表現が適当だ。


 この前の朝など、寝ぼけながら手に取った歯ブラシに違和感を覚えて、よく見ると仰天。なんとブラシの先から毛が一本残らず消え失せているではないか。ヤバいでしょ。いわくつきの市松人形じゃあるまいし、歯ブラシの毛が寝てる間にすべて抜けることなんてあるのかよ。ふと嫌な予感がして、よせばいいのにゆっくりとブラシをひっくり返して更に驚愕。なんと、裏側にはビッシリと毛が生え揃っていたのだ。たまらず悲鳴が出た。突如遭遇した怪奇現象に恐ろしくなり即捨てたが、今でも原因はよく分かってない。


 本当はこまめに替えるのが良いのだろうが、気分が乗らない。そもそも俺の歯ブラシは人のよりも割と長持ちだったのだ。単純に使用回数が少ないからだ。俺は夜は磨いたり磨かなかったり、自分の気分に合わせて都度選択する都会的なスタイルを取っていた。これが一番俺の生活リズムに合っている。ところが、世間がそれを許してくれないこともある。俺がその末席にしがみついてるオモコロというメディアでは、年一度オモコロ合宿というのが開かれ、多くのライターが一堂に介し1泊2日の旅行を楽しむ。数年前その合宿に参加した際、そろそろ寝ようかという段になって布団を敷こうとしたら、何故か他の人が皆、洗面所へ向かいだした。実は歯を磨いていたのだ。なるほど、ネットの異端派を気取っていてもなんだかんだ夜に歯を磨くやつらばっかなんだな、かわいいとこあるじゃねえかと理解ある態度を取る俺だったが、そこで「お前は磨かないの?」といった周りからの無言の圧力を確かに感じた。多勢に無勢、抵抗できるはずもなく、すごすごと俺も歯ブラシを取り出すしかなかった。同調圧力に屈してしまった悔しさのあまり歯を食いしばり、せっかく磨いた歯もボロボロに傷ついてしまったが心はその倍傷ついているぞ。


 というわけで心にトラウマを抱えた俺はその後、夜も頻繁に歯を磨くようになってしまった。ゆえに歯ブラシがすぐボロボロになる。困ったことだ。


前に進む理由をくれ