ドリルチョコレート「私が漫画家になっても」
舞台上、櫻井、小川、北島がいる。
北島、椅子の上に立って「負けないで」を熱唱している。
櫻井と小川は微笑みながら聞いている。
(徐々に暗転)
+++
舞台明るくなると櫻井と小川がいる。
櫻井「ヒロ遅くねえ?」
小川「寝てんのかな、バイト明けだから」
櫻井「ちょっとラインしてみてよ」
小川「いや、してんだけど電波の調子悪くてさ、繋がんないんだよ」
櫻井「・・あれ、ヒロのバイトって今、深夜のコンビニだっけ」
小川「それはもう随分前に辞めたじゃん」
櫻井「え、じゃあ今何やってんの」
小川「深夜のスーパーだよ」
櫻井「・・え、いつから?」
小川「もう、五、六年前じゃない?」
櫻井「・・あれ、なんだろ、なんかすごいヤダな」
小川「何が」
櫻井「お前は何、ヒロのバイトが変わったのを、その、五、六年前の時点で知ってたの?」
小川「・・まあ」
櫻井「なんで?」
小川「ヒロから聞いて」
櫻井「・・俺聞いてねえな」
小川「・・いや、だって別に、それは」
櫻井「え、ちょっと待って、お前がヒロからその話を聞いた時、俺だってその、同じ空間にいたよな?」
小川「いや、ちょっと覚えてないけど」
櫻井「いるに決まってんだろ、お前がヒロと顔合わせるのなんて稽古場しかねえんだから、その話を聞いたのは稽古場で、稽古場には絶対俺だっているんだから、それともあれかよ、お前、ヒロと稽古場以外で会って遊んだりしてんのかよ」
小川「してないけどさ」
櫻井「だったら絶対俺いるだろって、なんで俺がその話聞いてねえんだよ」
小川「いや、あれじゃないの、お前家で台本書いてて稽古場に来ないことあるじゃん、その時にたまたまそういう話になったんじゃないの」
櫻井「仮にそうだとしてもその話してから五、六年経ってんだぞ、五、六年の間に何回一緒にいたよ、何回その話をできるチャンスがあったよ」
小川「だって別にどうしてもしなきゃいけない話じゃないだろ」
櫻井「俺が置いてきぼりになってるのは事実じゃねえかよ、お前最初この話した時なんつったよ、俺がヒロのバイトはコンビニだよねって言った時、お前はね、コンビニなんかは随分前に辞めたじゃんみたいな事言ったんだよ、辞めたじゃん、辞めたじゃんねえ?知らねっつんだよ!」
小川「絶対に知りたかった情報でもないだろ?」
櫻井「疎外感の話をしてるんじゃねえかよ!じゃあお前、ヒロの好きな食べ物知ってんのかよ、ヒロが好きな食べ物なんだと思う?」
小川「分かんないけど、肉じゃないの?」
櫻井「おいおい、しっかりしろよ、今はとっくにフリスクじゃない」
小川「フリスク?」
櫻井「フリスクじゃない、五、六年前までは肉だったけど、今はフリスクじゃんねえ?」
小川「確かに、稽古前とか女の子と喋る前は絶対フリスクを過剰に食べてるけど」
櫻井「エチケットだと思ってたろ?違うの、好きだからフリスクしてたの」
小川「そんな話きいたことないけど」
櫻井「あれ?何?ごめん、当然知ってるもんだと思ってた、ごめんね、この五、六年、お前はそんな事も知らずに我こそは友達であるという顔で、俺たちに接していたかもしれないけど、そうだよ、勿論友達じゃないとは言わない、けど、なんだか寂しいね!」
小川「いや、ごめん、別に全然さみしくない」
櫻井「さみしくないとか寂しいじゃん、バカじゃないのお前、そこでお前が寂しくならなきゃ寂しくなった俺がなんつうか、ちょうだいちょうだいの人じゃねえかよ!」
小川「なに、どう言う事?」
櫻井「俺がクレクレマンでしょって、クレクレマンでしょうよ」
小川「だって俺、お前とかヒロのプライベート知りたいとか思わないもん」
櫻井「俺だってそうなんだよ!俺だってそうなのに、俺は違うみたいじゃん?プライベートは知っておきたいし知って貰いたいって感じになってるじゃん、クレクレマンじゃん」
小川「クレクレマンやなの?」
櫻井「クレクレマンやだろ、クレクレマンじゃないのにクレクレマンやだろ」
小川「一つ聞いておきたいんだけどさ、お前は、何がどうなれば満足なの」
櫻井「わかんねえよここまでこじれたらよ」
小川「それじゃあ俺にも分かんねえよ」
そこに北島がやってくる
北島「おはよう」
小川「おはようじゃないよ、ヒロ、遅いよ」
北島「ああ、ごめん、ちょっと寝坊した」
櫻井「連絡してよ、今回稽古場三人しかいないんだから」
北島「いや、何回もラインしたんだけど繋がらなくて」
小川「なんかね、ライン調子悪いんだよ」
櫻井「すごい汗かいてるじゃん」
北島「いや、途中から走ってきたから」
櫻井「そこまでじゃなくていいよ」
北島「いや、だって、虫がすごくなかった?」
小川「え?」
櫻井「虫?」
北島「え?ここ来るまでの道、虫飛んでなかった?」
小川「・・なかったと思うけど」
北島「すごかったよ、途中から、なんかもう、前も見えないぐらいの」
櫻井「なんの虫よ」
北島「え、分かんない、カナブンみたいなやつ」
櫻井「・・?」
北島「途中で帰ろうかと思ったけど、それも無理そうだから走ってきた」
小川「え?」
北島「ここ地下だから分かんなかったかもしれないけど、外すごいよ」
櫻井「そんなに?」
北島「なんかもう、世界の終わりって感じ」
(転換)
+++++++++
舞台上、小川、北島、二人は携帯をいじっている
北島「あーダメだ、全然繋がらないや」
小川「参ったな、今日この後バイトなんだよなあ」
北島「日付変わる頃には大丈夫になるんじゃない?」
小川「なるかなあ、なんか結構ヤバイ状況の気がするけど」
北島「大丈夫でしょ、虫が飛んでるだけだよ?」
小川「・・でもこれってさ、日本中がそうなってるってことだよね」
北島「え?」
小川「ここら辺だけの話じゃないでしょ、携帯が使えなくなるぐらいなんだから」
北島「いやあ、ここら辺だけでしょ」
小川「・・いや、違うでしょ」
北島「ここら辺だけでしょ」
小川「違うでしょって、携帯使えなくなってるじゃん、そんな事、ならないでしょ普通」
北島「じゅんやの携帯ソフトバンクだっけ」
小川「そう」
北島「俺のドコモだから、ソフトバンクとドコモが使えないだけだよ、auは使えるかも」
小川「いや、だから大丈夫にはならないでしょ、auしか使えない状況だって相当におかしいじゃない」
北島「この辺のドコモとソフトバンクのアンテナがカナブンにアレされちゃってさ、ちょっとおかしくなってるだけで、すぐ元に戻るって、たかだかカナブンだよ?」
小川「いや、でも外は世界の終わりみたいな感じなんでしょ」
北島「感じはそうだけど、実際そういう事じゃないんだから」
小川「そうなの?」
北島「そりゃそうでしょ、どうやってカナブンが世界を終わらせるのよ」
小川「いや、でも、ヒロがそう言ったんだよ?」
北島「イメージというかさ、だって尋常じゃない量のカナブンなんだから、カナブンがとぐろを巻いて夕焼けを占拠してる訳だよ、ああ、これ世界の終わりだなって思っちゃうじゃない」
小川「日本中そうなってるんじゃないの?」
北島「ここら辺だけでしょ」
小川「なんでよ、なんでそんな頑固なのよ」
北島「あれが日本中だったらカナブン全部で何匹いなきゃいけないんだって話になるじゃない、どこにいるのよ、どこにいるのよそんなカナブン」
小川「分かんないけど、どっかにいたんじゃないの」
北島「何もない所からパパッと生まれる訳じゃないんだよ?カナブンなんて、卵があって、幼虫になって、サナギになって、カナブンになるんだから、日本を覆い尽くすほどのカナブンを用意しようと思ったら、それと同じ量のサナギが土に埋まってないとおかしいでしょ?どこを掘ってもカナブンのサナギです、地平線の向こうまでカナブンのサナギが埋め尽くされていました、そんなニュース聞いたことある?日本中カナブンまみれにするっていうのはそういうことなんだよ」
小川「でも、ここら辺にだけカナブンが大量にいるのもおかしいじゃない」
北島「日本中にいるより説明がつくじゃない、日本中のカナブンをここら辺に集めましたって事なら、ああ、それならあの量になるかもなって思えるじゃない」
小川「なんで日本中のカナブンがここら辺に集まるのよ」
北島「カナブン博士じゃないんだからさ!そんなの知らないよ!」
小川「ごめん、だって状況がよくわからないから」
北島「トモは何してんだよ、芝居の稽古はいつ始めるんだよ」
小川「ヒロすごいね、この状況で稽古に入れちゃうの?」
北島「俺だって稽古なんかしたくないよ!稽古なしで本番だけ出来ればそれでいいけど、稽古なしの本番でお客様を喜ばせる事なんて俺には無理だし、稽古したところで結果的に喜んで貰えるような演技なんて出来ないかもしれない、けど、稽古することでお客様の笑顔に近づけるかもしれないなら、他に選択肢は無いじゃない!」
小川「プロ意識が凄いね」
北島「プロ意識とかじゃないんだよ!エチケットなんだよ!」
小川「ヒロのそういう、秘めたる思いみたいなやつ、初めて知ったけど大丈夫?」
北島「大丈夫じゃないんだよ!ちょっと俺も混乱してるかもしれないの!」
小川「だよね、ちょっとね、外がエライことになってるから」
北島「トモは何してんだよ!」
小川「トモは興奮して外に飛び出して行ったきりだけど、ごめんね、稽古したいね?」
北島「したくはないんだよ!」
小川「したくはないんだよね、ごめんね、トモはほら、台風とか来ると興奮して、荒れ狂う雨風を全身に受けたがっちゃうような人だから、ごめんね」
北島「昔っからそうだよ!」
小川「そうだよね、昔っからそうなんだよ、困っちゃうね」
北島「でもそれがトモだよ!」
小川「それがトモだよね、じゅんやはどうしようかね?トモ呼んで来ようかね?」
北島「じゅんやは虫が苦手だからここにいればいいんだよお!」
小川「そうだよね、ありがとね、ごめんね」
そこに櫻井が帰って来る
櫻井「なんだよ、すげえな、目の前が真っ黒だよ真っ黒」
小川「トモ、稽古しようか?」
櫻井「稽古どころじゃねえよ、すげえよ、外出るだろ?顔面にもう、スパパパパーって、あれだよ、ポップコーンになる前のコーン粒みたいなのがスパパパーだよ」
小川「気持ち悪い、マジで?」
櫻井「でも全然引っ付かねえの、ぶつかってどっか飛んで行っちゃうんだから、身体中虫だらけで戻ってこようと思ったんだけどさ、全然ダメだよ」
小川「ダメでいいよ、なんでそんなことしようと思っちゃうんだよ」
櫻井「あれはなんだろうな、どっかに逃げようとしてんのかな」
小川「え、おさまる気配はないの?」
櫻井「おさまるどころか酷くなってるような気がするけどな」
小川「マジで?」
櫻井「日本中こうなのかなあ」
北島「ここら辺だけでしょ」
小川「トモ、携帯auだっけ?」
櫻井「前まではそうだったけど変えたんだわ」
小川「え、今どこ?ソフトバンク?」
櫻井「いや、ソフトバンクとかじゃなくて、飛ばしの携帯」
小川「・・飛ばしの携帯?」
櫻井「使った電話料金の請求が、他の人のところに行くやつ」
小川「・・犯罪じゃない」
櫻井「あれ、言ってなかったっけ」
小川「言ってなかったし、言っちゃいけないやつだそれ」
北島「え?なんで飛ばしの携帯なんか使ってんの?」
櫻井「なんでってなんでよ」
小川「え、ごめん、なんで?」
櫻井「なんでってなんでよ、何をそんな気にしてんだよ」
小川「いや、だって、気になっちゃうじゃない」
櫻井「今まで俺の携帯がどうだとか気にしたことないだろ、何だよいきなり」
北島「俺がドコモでじゅんやがソフトバンクなんだけど、どっちも使えない状態なのよ」
櫻井「そうなの?」
北島「うん、だから、もしトモの携帯がauだったら、通じるんじゃないかっていう」
櫻井「俺のは飛ばしの携帯だよ」
北島「ああ、うん」
小川「え、いつから飛ばしの携帯なんか使ってんの」
櫻井「うるせえなお前、そんなこと聞いてどうすんだよ、飛ばしの携帯辞めねえからな」
小川「いや、そうじゃなくて、俺たちが知ってるトモの携帯番号あるじゃん、あれは?」
櫻井「あれはだから、飛ばしの携帯使う前の番号だよ」
小川「だろ?今はもうその番号は使われておりませんな訳でしょ」
櫻井「そうだよ」
小川「新しい番号を俺たちに教えようとは思わなかった?」
櫻井「だって電話なんかしないだろ?お前にもヒロにも十何年電話かけたことないよ?」
小川「いや、まあ、それはそうなんだけど」
櫻井「ヒロはどう?俺の新しい番号聞いたところで、すぐに登録しますか」
北島「すぐにはしないかもしれない」
櫻井「そうでしょ?電話なんかしないんだもん」
小川「いや、一応登録ぐらいはするでしょ」
櫻井「何をお前はこのタイミングでちょっと寂しくなってんだよ」
小川「いや、別に、そういうことじゃないんだけど」
櫻井「電話なんかしてこねえくせに電話番号変わった事伝えなかったら寂しくなりやがって、クレクレマンじゃねえかよ」
北島「俺たち以外には新しい番号教えてるの?」
櫻井「必要最低限には教えてますよ」
小川「・・・」
櫻井「寂しくなるなっつうの!そうじゃないじゃん、俺の電話番号が必要な人たちっていうカテゴリーがある訳だよ、その人たちには教えてるけど、君たちはそうじゃないじゃない、電話なんかしてこないんだから」
小川「だけど、一応、知り合って26年だからさ」
櫻井「がっつり寂しくなっちゃってるじゃねえかよ、違うじゃん、そこからはみ出たからって俺にとって必要な人間じゃないってことではないんだから、ねえヒロ」
北島「でも、一言あってもよかったかも」
小川「ね」
櫻井「違うじゃん、だってヒロは、番号教えても登録しないんでしょ」
北島「登録はしないけど、知ってはおきたい気持ちもある」
櫻井「クレクレマンじゃねえかよ」
北島「だって、じゃあトモが逆の立場だったらどう思う?」
櫻井「何がよ」
北島「俺とかじゅんやが番号変えてて、トモにそれ伝えてなかったらどう思う?」
櫻井「別にいいよ、電話なんかしないもん」
小川「だけど俺たちは必要最低限の人間には教えてるんだよ?」
北島「トモには教えてないけど」
小川「必要最低限には教えてるね(ヒロに)」
櫻井「必要最低限の捉え方がちょっと違うんだよ、そういう意味じゃないんだよ」
北島「どういう意味?」
櫻井「俺の電話番号を必要としている人たち、俺の電話番号を知っておかないといけない人たち」
小川「全然わかんないね(ヒロに)」
櫻井「わかるだろうよ、ヤキモチが正常な思考を麻痺させてんだよ!」
小川「ヤキモチとかじゃないよね」
北島「ヤキモチとかじゃないよう」
櫻井「いや、だから、仮にね、お前たちが番号変えてて、それを俺が知らないままだったって言うことがあればさ、あれ、どうしたんだろうねって思うかもしれないよ」
北島「(ニヤニヤ)電話なんかしないんだからいいじゃない」
櫻井「そうなんだけどね、なんで俺に言わないのかなって言うのはあるじゃない」
小川「(ニヤニヤ)だけど必要最低限には教えてるから」
櫻井「しかもだろ、しかもそれを被せてきたらだよ、俺はお前たちにとって必要な人間じゃないのかしらと思うかもしれないよ」
北島「たかだか電話番号ぐらいでどうしたの」
櫻井「待って、そうなの、今はたかだか電話番号の云々でこじれちゃってるけどさ、他にもそういう事ってあるでしょ?あえて言わないじゃなくて、言う必要ないから言ってないって事あるでしょ」
小川「ないよね」
櫻井「あるに決まってんだろ、俺たちはそれぞれにプライベートがあってさ、その中から、これは話題に出そうとか、これは言わないでいいかな、とか、そう言う情報量の調節をするじゃない、いくら友達でもさ、そういう事はするじゃない」
小川「しないよね」
櫻井「してるんだよ!俺はね、お前について知らないことなんか一杯あるぞ!」
北島「確かにでも、そういうのはあるかも」
櫻井「あるでしょ、ヒロが抱えてる情報の中で、俺たちに伝えてないことがあってさ、だけどそれは別に、友達なのに教えないとかってことじゃなくて、あえていう必要のないものか、逆に言えば友達だから言えない事だったりもするじゃない?」
小川「え、なに、電話番号の件はどっちなの?」
櫻井「どっちってなんだよ」
小川「あえていう必要なかったのか、友達だから言えなかったのか」
櫻井「どっちもだよ」
小川「どっちもってなに」
櫻井「新しい番号にしたよと、飛ばしの携帯ですよと、お前たちに言ったらだよ、飛ばしの携帯?やばいじゃん、トモやばいじゃん、トモ大丈夫?とね、お前たち心配させちゃうから、お前たち心配させたくないから、だから言わなかったの」
小川「でもさっき俺が聞いた時、なんのアレもなく飛ばしの携帯って言ったけど」
櫻井「聞かれたら答えるだろ、自分から言うのははばかれるけど、聞かれたら答えるし、友達に聞かれたら嘘偽りなく本当のこと答えるだろ」
小川「そう言われるとなんだか、アレだけど」
櫻井「だってね、俺たちもう、知り合って26年経つけどさ、なんとなくの概要でしか互いを知らないところあるじゃない?なんとなく分かってるけど、細かいところは全然知らなかったりするじゃない」
北島「確かに、なんとなく分かっちゃってるから、細かいところまで掘り下げようとしないところあるよね」
櫻井「そうでしょ?26年一緒にいて、なんでもわかり合ってる風に思われるけど、意外とそんなこともないんだよ」
小川「そうかなあ」
櫻井「絶対そうなんだよ、周りの人間は知ってるのに俺たちは知らないってことが、ままあるんだよ、掘り下げようとしないから、概要でもう、十分友達だから」
小川「例えばどんなことよ」
櫻井「ヒロ、最近どんな音楽聞いてるの」
北島「ザード」
小川「ザード!?ZARD!?」
北島「ザード」
小川「違う違う、好きな曲とかじゃないよ、最近聞いてる音楽だよ?」
北島「ザード」
小川「なんで?なんで今ZARD?」
北島「今ザードおかしいの?」
小川「おかしくは、ないけどさ、え、どう言う時にZARD聞くの?」
北島「音楽聴こうと思う時」
小川「そうか、そうだよね、なんかごめん」
櫻井「どうだよ、びっくりしただろ、俺もしこたまびっくりしてるからな」
北島「なんでよー(嬉しそうに)」
櫻井「ヒロのZARDはそれ、内緒にしてるわけじゃないよね」
北島「知ってる人は知ってる」
櫻井「ほら、つまりはこう言うことなんだよ、こういう、基本情報みたいな事を俺たちは素通りしてるわけだよ、そういうのが多いわけだよ」
小川「でもさ、ヒロ、昔カラオケ行った時ZARDなんか歌ってなかったよね」
北島「あの頃は別にザード興味なかったから」
櫻井「時代は変わるんだよ、そういう意味じゃ決めつけてる印象だってあるよ?」
小川「どういう事?」
櫻井「だってお前、俺が好きな女のタイプ、芸能人でいうと誰だか知ってる?」
小川「牧瀬里穂じゃないの?」
櫻井「いつの話ししてんだよ、今はがっつり伊調馨だよ」
小川「伊調馨!?レスリングの?」
櫻井「伊調馨だよ、断然伊調馨をいやらしい目で見てるね」
小川「牧瀬里穂と全然違うじゃん」
櫻井「何年経ってると思ってんだよ、好みだって経年変化するだろ」
北島「確かに、あの頃と比べると年取ったし、色々変わったよね」
櫻井「そうだよ、この26年の間にさ、俺もヒロも親が死んだしねえ」
北島「確かに、死んだ」
櫻井「親の死を経験してないのはお前だけだと、いうことだ」
小川「・・・」
櫻井「・・なんか、差がついちゃったよね」
北島「だね」
小川「別に差がついたとか、そういうことじゃないでしょ」
櫻井「いや、だけど、親の死に向き合うことで俺たちは一回り成長してるわけだから」
北島「人間的にね、どうしたって一皮むけちゃうよね」
櫻井「なんかさ、なんかやだよね、昔は横一線だったのにさ」
北島「誰が上とか無かったもんね、時間って残酷だよなあ」
櫻井「じゅんやぁ、なんかごめんねぇ」
小川「いや、別にいいんだよ、俺は親が生きてる方がいいんだから」
櫻井「そうだよ、ほんとに、親は生きてる方がいいの」
北島「ほんとに、ほんとにそうだよ、親が生きてるじゅんや、最高じゃん」
小川「なんかやだな、なんかすごいやだなそれ」
櫻井「やなのはこっちなんだよ、親が死んでるのに、なんでお前に申し訳ないなって思わなくちゃいけないんだよ」
小川「思わなくていいんだよ」
櫻井「だけどどうしたって差がついちゃったじゃん」
北島「いや、勿論じゅんやの親が死ねばいいとか言ってるわけじゃないんだよ?生きてるに越したことはないんだし、じゅんやの親にはこれからも長生きして欲しいけど、じゅんやの親が長生きすればするほど差がついちゃうのはごめんね」
小川「差って何よ!二人が言うところの差が俺には全然わかんないもん、例えばさ、どう言う部分で差がついちゃうのよ」
櫻井「例えばで言えばあれだよ、昔から一緒に牛丼ばっかり食べてた俺たち、だけどある日、俺とヒロはフカヒレの味を覚えてしまったわけだ、だけどお前は相変わらず牛丼うまいよねと、牛丼最高だよねって言うの、そんなお前にフカヒレの事なんか言えないじゃん」
小川「例えでフカヒレ出したの正解なの?親が死んだことが良かった事みたいになってるじゃん」
櫻井「そうじゃないんだよ、俺たちだってフカヒレなんか食べたく無かったよ?お前みたいにいつまでも牛丼だけが美味しい美味しいで居たかったんだから」
北島「あとはあれだね、受け取るものに深みを感じるようになったよね」
小川「どう言う事?」
北島「親が死ぬ前はさらっと通り過ぎていたものがさ、なんだか刺さると言うか、だってじゅんや、手前味噌で申し訳ないんだけど、ZARDの「負けないで」聞いてどう思う?」
小川「え?・・・負けないでおこうかなって・・」
北島「あー、わかるわかる、親が死ぬ前はそう」
小川「いや、待ってよ、親が死んだら何がどう変わるのよ」
北島「そもそも負けないでってどう言う歌だと思ってんの?」
小川「応援ソングみたいなことなんじゃないの」
北島「じゅんやはほんとに、ほんとに親が死ぬ前みたいなこと言うなあ」
小川「わかんないよ、何、どう言うことなの」
北島「確かに俺も親が死ぬ前は応援ソングだと思ってたよ?そんなに負けないでって言うなら負けないでおこうかなってさ、若かったよね」
小川「親が死んだ後の負けないでは?」
北島「負けたくなくても負けますよ」
小川「・・・」
北島「負けないで言われたって負けるんだから、そんなこと言わないで」
小川「ヒロ、あんまり負けないで聞かない方がいいんじゃない?」
北島「違うんだよ、ZARDだって負けるときは負けるって分かりながら負けないでって言ってるの、口では負けないでって言いながら負けていいよって言ってるの」
小川「そうなの?」
北島「負けないで、ほらそこに、ゴールは近づいてる」
櫻井「死なないで、ほらそこに、お墓は掘ってある」
北島「建前と本音が見事に融合してるよねえ」
小川「親が死ぬとそう言う受け取り方ができちゃうんだ」
北島「感性の幅が広がると言うかさ、どうしたって差が出ちゃうよね」
小川「いや、ここまで来ても、まだ申し訳ないんだけど、俺自身は二人との差を感じきれてないんだよねえ」
櫻井「だってお前、結婚もしてないじゃん、俺もヒロも結婚したんだよ?」
北島「離婚もしたけどね」
櫻井「そうよ、二人とも人知れず結婚して人知れず離婚してるんだから」
北島「トモに至っては離婚したのが今年の話なんだから」
櫻井「そうよ、別居7年して今年の話よ」
北島「だけどトモはすごいよ、別居7年してる間の6年は女の家でゴロゴロしてさあ」
櫻井「ヒロだってすごいじゃない、嫁の名前がエリザベスよ?」
北島「日本人なのに」
櫻井「日本人なのにエリザベスよ?脳波が乱れちゃうってんだよ全く」
小川「・・・」
櫻井「・・今まで何をしてたんだお前は」
小川「全然羨ましい差じゃないんだよね」
櫻井「え?」
小川「全然羨ましい差じゃないの」
北島「何?」
小川「全然羨ましい差じゃないのよ」
二人「・・へ!?」
小川「なければない方がいい経験談にしか聞こえないんだよ!」
北島「だけど確実に人間としての厚みが違っちゃってるんだから」
小川「今ここにいる立場としては一緒じゃない」
櫻井「何が」
小川「色々あった人、何もなかった人、だけど現在位置は一緒のところに立ってるでしょって、あの頃から変わらずに相変わらず貧乏で、44にもなってちっちゃな劇団の売れない俺たちでしょって!」
北島「それがいいじゃない」
小川「それがいい!なんでだか分かんないけど、それがいい!」
櫻井「だけど昔はそれなりに、この先どうなるのか不安だったりしなかった?」
北島「あー、どうだっただろうなあ」
櫻井「嘘だよ、それなりに色々悩んだりしたでしょ」
北島「したのかもしれないけど、なんかもう、ここまできたらなるようにしかならないだろうなって」
櫻井「確かに、吹っ切れちゃったのは吹っ切れちゃったよね」
小川「俺たちの立ち位置で吹っ切っちゃいけないんだよ?ほんとはね?だけどここ最近特に吹っ切れちゃったなって言うのはあるんだよ」
櫻井「だけどさ、もし外の状況がさっきよりもエライことになってて、このまま世界が終わったりしたらだよ、なんか、勝ったなって感じにならない?」
北島「どう言うこと?」
櫻井「だって俺たちはここでいいって思ってるところがあるわけじゃない?あ、いや、ここでいいとは思ってないかも知れないけど、先のことを考えたら居られないような場所にさ、なんか居られちゃうわけじゃない」
小川「確かに、居場所としてベストではないかも知れないけど、ベターではある」
櫻井「ここからいなくなった奴の中にはさ、ここにいれば楽しかったのに、先のこと考えてここから居なくなった奴もいるわけでしょ?」
北島「まあ、いるだろうね」
櫻井「もしここで世界が終わったらさ、先なんか無いわけだから、先のこと考えてここから居なくなった奴って馬鹿じゃねえ?」
小川「いや、まあ、バカとまでは言わないけど残念でしたねって感じはあるねえ」
櫻井「ここにいりゃ良かったのにとは言わないよ?そんなにいい場所では無いだろうからね?だけど、なんか、ここでもよかったんじゃねえのってところない?」
北島「なんか、負け組の強がりって感じがすごいね」
櫻井「そんなんじゃないよ、勝ち負け関係ない所で生きてるからここにいるんだから」
北島「いやあ、でも、誰も俺たち見て羨ましいとは思わないでしょう」
櫻井「ここはね、ひどいよ、最下層」
小川「このまま世界が終わったら最下層で終わることになるじゃねえかよ」
櫻井「でもまあ、このまま終わったらそれはそれでいいかなって所ない?」
小川「いやあ、俺はまだそこまで達観できないなあ、この後バイトあるし」
櫻井「お前はほんと、バイトが大好きだな」
小川「バイトが大好き」
北島「あ、そうだ、バイト先に連絡しないでいいの?」
小川「ああ、そうか、携帯使えるようになってるかな」
小川、携帯を取り出して電話をかけたりするが使えない
小川「あーだめだ、繋がんないや」
櫻井「なんで使えないの?」
小川「いや、だから、カナブンのせいなんじゃないの?」
櫻井「俺の携帯使えるよ?」
小川「・・え?」
櫻井「・・・(電話をかける)」
小川「(小川の携帯が鳴る)・・もしもし」
櫻井「俺俺」
小川「なんで!?なんで使えるの!?」
櫻井「え、わかんない」
北島「俺もじゅんやにかけてみるわ・・・・(電話をかけようと)」
櫻井「じゅんや、今更だけど、それ、俺の番号」
小川「あ、うん」
北島「ダメだ、繋がらないや」
北島の携帯が鳴る
北島「・・もしもし?」
櫻井「俺俺」
北島「なんで!?」
櫻井「わかんない、なんでだろう」
小川「なんでさっさと電話使えるって言わなかったんだよ」
櫻井「使えるかどうかなんて聞かれてねえもん、auかどうかしか聞かれてねえもん」
北島「飛ばしの携帯だから使えるのかな」
櫻井「ヒロ、それ俺の番号」
北島「ああ、うん」
小川「そして、俺たちには番号教えてなかったくせに自分はしっかり俺たちの番号を携帯に登録してたことが判明したよ、なんかいい奴だったよ」
北島「携帯借りてバイト先に連絡したら?」
小川「あ、そうね、トモちょっと携帯貸してくれる?」
櫻井「いいけど、俺の携帯から電話すると使用料金が見ず知らずの人の口座から引かれるよ?」
小川「そうか、そうだ、どうしよう、まいっか」
櫻井「意外とあっさり行くなあ」
小川「バイトに連絡しないとあれだから」
北島「外はどんな感じになってるのかなあ」
櫻井「ちょっと見に行ってみようか」
櫻井と北島、出て行く
小川「あ、もしもし、小川です、はい、今日のシフトなんですけど、ちょっと遅れそうで、え?いや、でも俺行かないと、今日の夜俺一人番なんですよ、だからもしアレだったら、今入ってる人、山口くんでしたっけ?山口くんに俺が行くまで残っててもらって・・いや、店閉めなくても、遅れると思いますけど、ちゃんと行きますんで・・・え?・・・・いや、こっちはそんな、カナブンが飛んで、え?・・・死んでる?・・・・誰が?」
櫻井と北島がハイテンションで戻ってくる
櫻井「じゅんや!じゅんや!外すげえよ!」
小川「(電話口に)いや、それって、え、はい」
北島「じゅんや!じゅんやって!」
小川「(トモとヒロを手で制しつつ)え、それは、見てたんですか?うん、うん、いや、だってそれ、じゃあ警察とか・・・え!?」
北島「じゅんや!」
櫻井「いつまで電話してんだよお前、俺だってその携帯使うときはちょっと遠慮がちになるんだぞ」
小川「・・・(電話を切って)・・外どんな感じ?(櫻井に携帯を渡す)」
櫻井「いや、もう、カナブンはどっか行っちゃったんだけどさ、目の前の道路がえらいことになってんだよ」
北島「道路の上を、魚がビチビチ跳ねまくってんの!」
櫻井「すげえぞ、あっちゃこっちゃでビチビチ〜ビチビチー、ねえ!?」
小川「・・・空から降って来たのかね」
北島「そんな訳ないじゃん、ゲリラ豪雨でさ、川が溢れた的なアレで、なんかになってなんかになったんだよ」
小川「この近くに川なんかないじゃん」
櫻井「いや、だからあれだよ、ゲリラ豪雨で道路が川みたいになるやつあるじゃん、あれみたいになって、魚がさ、なんか、なんかになってなんかになったんだよ」
小川「空から降って来たんだよ!」
櫻井「・・んな訳ねえだろって」
小川「俺のバイト先の目の前の道路も、同じことになってんだよ!」
北島「・・ここら辺だけでしょ」
小川「違うんだよ!今バイトに入ってるやつが、実際に、空から魚がボタボタボタボタ降ってくるところ見てるんだから!バイトしてたら外が急に暗くなって、雨が降るのかと思ったら、ゲリラ豪雨みたいに魚が降って来たんだって!店の前の道はもう、えらいことになってるんだって!」
櫻井「お前のバイト先どこだっけ」
小川「福生だよ、福生」
北島「じゃあ、福生はそうかもしれないけど、こっちは違うでしょ」
小川「なんでよ、だって道路が魚まみれなんでしょ、一緒じゃん」
北島「いやあ、だって」
小川「俺たち地下にいたから分からなかったけど、外は大変なことになってるんだよ、なんだろう、もう、ちょっとマジでやばい状況になってるんだって!」
北島「前が見えないほどのカナブンが飛んで魚が降って来ただけでしょ」
小川「地獄絵図じゃない、地獄絵図だよ!」
櫻井「とりあえずさ、稽古するか」
小川「嘘だろ!?2対1!?外は地獄絵図だよ!地獄絵図だよ!」
櫻井「今は地獄絵図かもしれないけど、本番の日は日本晴れかもしれないじゃん、そうなると、本番の日にはお客さん見に来ちゃうから、今頑張らないとダメだろ」
小川「違うんだよ、あのね、違うんだよ・・・!」
櫻井「何が違うんだよ」
小川「いやあ、俺も話聞いただけだからアレなんだけど、魚が降ったあとさ、何事かっつって道路に人が集まって来たらしいのよ」
櫻井「うん」
小川「そしたらさ、そこにね、俺もちょっとよく分かんないんだけど、黒いところだけヌメヌメした、ほっそり型のパンダが現れたらしいのよ」
櫻井「・・え?」
小川「黒いところだけヌメヌメしたほっそり型のパンダ」
北島「なに?」
小川「黒いところだけヌメヌメしたほっそり型のパンダよ」
櫻井「ごめん、ちょっと情報量が多くて」
小川「パンダの!黒いところあるでしょ!そこがもう、とにかくヌメヌメしてて、それだけだったらまだ可愛かったかもしれないけど、ほっそり型で3メートルぐらいジャンプしたりするから怖いんだって!」
櫻井「それはもう、パンダじゃないんじゃないのか」
小川「だって基本的な形はパンダだって言うんだもん!基本的にはパンダだけど黒いところだけヌメヌメしたほっそり型のパンダだって言うんだもん!」
北島「なんで黒いところがヌメヌメしてるって分かるの?」
櫻井「黒いところがヌメヌメしてても分からなそうだよね」
小川「ただのヌメヌメじゃないんだよ、ヌッメヌメ」
北島「ああ、ヌッメヌメか」
小川「コンビニの店内からガラス越しで分かるぐらいヌッメヌメなんだって、そんなのがもう、何十頭も群れをなして現れたんだって」
櫻井「そんなの外にいなかったよなあ?」
小川「いなくてよかったよ、そいつら人を襲うらしいよ」
櫻井「え?」
小川「道路にいた人たち、全員そいつらに襲われて食い殺されたんだって」
櫻井「マジで?」
小川「パンダもコンビニの中までは入ってこなかったからアレだったらしいけど、外ではもう、人が逃げ回ってグチャグチャになって、助けに来た警察もパンダに食い殺されて、エラいことになってるらしいよ」
北島「俺さあ、コンビニで飲み物買って来ていい?」
小川「ちょっと待ってよ、話聞いてたの?」
北島「じゅんやさあ、そのバイト先の奴にかつがれてるんじゃないの」
小川「そんな訳ないじゃない」
北島「だってこっちはほんとに、魚だけだよ?パンダなんかいなかったもん」
小川「いや、だからそれは」
北島「じゅんやのいうような、そんなことが起こってたら世界の終わりじゃない」
小川「いや、だから、そうなんだよ」
北島「終わらない終わらない、稽古するんだよね?お茶買って来る」
北島、行く
櫻井「いや、でもまあ、確かに、ちょっとおかしいんだよなあ」
小川「え?」
櫻井「いや、外さあ、誰も歩いてないんだよ」
小川「・・・」
櫻井「この時間結構人通り多いじゃん、だけど誰も歩いてないし、なんつうか、街が死んでるんじゃねえかってぐらい静かでは、あるんだよね」
小川「・・・トモさ、なんでその携帯が使えるって分かったの?」
櫻井「ん?」
小川「いや、あの時点で誰かに連絡したか、連絡が来たから携帯が使えるって分かったんだよね?」
櫻井「うん、なんか、電話かかって来た」
小川「なんで?」
櫻井「なんでっつうか、まあ、特にあれだけども」
小川「外がもう、やばい状況になってるみたいな事ではなかった?」
櫻井「なんかね、うん、そういうことではなかったけど」
小川「え、じゃあ、マジで福生だけなのかな」
櫻井「・・電話したほうがいい?」
小川「そうね、ここと福生以外の状況知りたいから、お願いしていい?」
櫻井「・・・」
小川「・・・」
櫻井「いや、まあ、大丈夫だろ」
小川「なんで、何、相手誰?」
櫻井「相手誰とかじゃないんだよな、まあ、そう?かけたほうがいい?」
小川「お願いしていい?」
櫻井「・・・あ、もしもし、あのさ、そっちって今、どういう状況?・・いや、いやそうじゃない、そういうアレじゃないの、いや、いやお前、待ってる状況とかじゃなくて、そういうことじゃなくて、いや、散々待ったとか、そういう事じゃないじゃない、いや、別に、日陰者とかそういうのやめろよお前、離婚したんだしさ、そもそもね、結婚してる時だって俺は嫁と別居してたんだからさ、お前の家にいただろ!?だから、結婚はするけど、タイミングが・・そっちはどんな状況だって聞いてるだけなんだから・・・待ってる状況とかじゃないの!誰か来たじゃない、出なくていいだろ、出なくていいだろって、オイ!(じゅんやを見る)」
小川「・・・ごめんね」
櫻井「俺もごめんね」
小川「・・ちなみに今、どういう状況?」
櫻井「なんか今、誰か家に来たからって、玄関開けに行った」
小川「・・誰が来たんだろうね」
櫻井「わかんないけど、なんか、ドアをガンガン叩く奴がいるって」
北島が戻ってくる
小川「ヒロ、大丈夫だった?」
北島「外・・・やばいわ」
小川「え?」
北島「黒いところだけがヌメヌメしてるほっそり型のパンダ」
小川「いた!?」
北島「いたっていうか、暴れまわってる」
小川「・・・トモ・・もしかして、ドアをガンガン叩く奴って・・」
櫻井「・・もしもし!?おい、もしもし?・・・もしもーし!」
(転換)
+++++++++
舞台上、櫻井と小川と北島、櫻井は落ち込んでいる、北島は櫻井の携帯で電話をしている
北島「・・・あー・・・ダメだね、誰も出ないわ」
小川「マジかよ、何の為の110番だよ」
北島「これはもう、いよいよ、いよいよだねえ・・・(トモに携帯を)トモ、ありがと」
小川「・・・あ!あれは!?ツイッターにさ、ここに閉じ込められてますって書けば誰か助けに来てくれるんじゃない?」
北島「ツイッターを誰が見れるのかっていう問題があるよ」
小川「だってトモの携帯からはツイッターに繋がるんでしょ?」
北島「・・・今地球上で使える携帯ってあれだけなんじゃないかな」
小川「・・いや、俺もね、そうかもしれないとは思ってるよ、俺たちの携帯が相変わらず使えない状況で、あの携帯だけストレスなくどこにでも繋がっちゃうんだから、そうかもしれないとは思うけど、ツイッターならパソコンからでも見れるじゃん」
北島「でも、誰も呟いてなかったよ?」
小川「・・呟こうとすると、エラーが出ちゃうのかもしれない、だけどトモの携帯は不思議な携帯だから、何の問題もなく呟けちゃうと思う」
北島「みんな死んでるよ」
小川「ダーメ!・・ヒロ!ダーメ!ヒロはダーメ!」
北島「だってさあ」
小川「常識的に考えてよ、他が死んでて俺たちだけ生きてるとか有りえないでしょ!?」
北島「他の携帯は死んでるけどトモの携帯だけ生きてるよ?」
小川「邪魔だなあ、あの携帯、当たり前の常識をねえ、ズラしっちゃう」
櫻井「やっぱ俺行ってみようかな」
小川「・・え?」
櫻井「あいつんち、ちょっと行ってみようかな」
小川「・・いや」
櫻井「常識的に言えば死んでるとは思うんだけどさ、もしかしたらがあるじゃん」
小川「・・・ここにいた方がいいんじゃないかな」
櫻井「だって、いつまでもここにいるわけにもいかないんだから」
小川「でもここにいれば取り敢えずは安全だしさ、しばらくしたら外も大丈夫になるかもしれないじゃん」
櫻井「でもここにいる限りあいつが生きてるか死んでるかわからないじゃん」
北島「家着く前にトモが死んじゃうんじゃない?」
櫻井「大丈夫だよ、パンダなんか俺がやっつけてやるから」
小川「絶対無理だよ」
櫻井「無理じゃないんだよ」
小川「無理だって」
櫻井「無理じゃないんだよ」
小川「冷静に考えろよ!ただのパンダじゃないんだよ!黒いところだけヌメヌメした、ほっそり型のパンダなんだよ!」
櫻井「うるせえな!お前こそ冷静に考えろよ!ただのパンダならまだ良かったみたいなことをお前は言うけど、ただのパンダでも俺は死ぬよ!?可愛いイメージがあるだけで、基本的にあいつらは、獣だぞ!」
小川「・・そうだ」
北島「じゃあ尚更、どうやってヌメヌメパンダやっつけるのよ」
櫻井「お砂糖があればヌメヌメなんかすぐに落ちるんだよ!」
小川「・・・・どう言うこと?」
櫻井「手についた油のヌメヌメとかあるだろ、あんなの、お砂糖を手につけて洗えばすぐに落ちるんだよ!」
小川「・・へー・・そうなんだ・・」
櫻井「パンダがどんなにヌルヌルしてようが、お砂糖があれば大丈夫なんだよ!」
北島「確かに、お砂糖でヌルヌル落としたらほっそり型のパンダに格下げだ」
櫻井「そうだよ」
小川「ほっそり型のパンダには勝てるの?」
櫻井「基本的に相手がパンダである限り俺は勝てない!」
小川「ちょっと一回みんな冷静になろう!俺も含めて、一回落ちつこう!」
櫻井「それでもな、それでも俺はあいつのところに行きたいんだよ」
小川「・・・」
櫻井「いやなんか、ごめん、さっきはさ、ここでこのまま終わっても良いよな、みたいなこと言っちゃったけど、いざそうなったらやっぱり、それはちょっとアレだわ」
北島「・・・」
櫻井「別にでも、お前たちと一緒が嫌とか言うんじゃないんだよ?うまく説明できねえけど、お前たちはお前たちで最高、お前たちと一緒にいる俺楽しい、それは間違いなくここにあるの、あるんだけど、あるんだけどね、なんか、ごめん」
北島「・・いや、別に、謝ることじゃないでしょ」
櫻井「・・え?」
北島「そういうのはだって、俺にもあるし」
小川「・・まあ、確かに」
北島「行ってきなよ」
櫻井「・・・」
北島「行ったからって、俺たちはなんか、卑屈な感じにはならないから」
櫻井「・・ありがとう・・じゃあ(行こうと)」
北島「あ」
櫻井「え?」
北島「携帯持ってく?」
櫻井「・・・携帯を、持ってく?」
北島「携帯、携帯持ってく?」
櫻井「まあ、一応・・」
北島「置いてけば?」
櫻井「なんで?」
北島「だってトモは別にそれ、もう必要ないでしょ」
櫻井「そんなことはないでしょ?」
北島「だって彼女はもう電話出ないんだし、トモはパンダから逃げるので電話どころじゃないでしょ」
櫻井「だからって置いてくのはちょっとアレじゃない」
北島「トモには必要ない、俺たちには必要、ねえじゅんや、必要だよねえ」
小川「・・まあ、あれば助かるのは、助かるね」
櫻井「・・電話してどうすんのよ」
北島「色々だよ、安否確認したい人とか、結構いるもん」
櫻井「・・じゃあ、いま一人だけ、それぞれ一人だけに電話して良いよ」
北島「一人だけ?」
櫻井「欲張ってんじゃないよ、俺だってもう、すぐここ出たいんだから」
北島「だから、携帯置いていけば良いんだよ」
櫻井「俺の携帯じゃねえかよ、一人だけ、一人だけいいから」
小川「電話して、出なかったらそれは一人にカウントされない?」
櫻井「欲張るんじゃないって、それもしっかりカウントされるよ」
北島「えー、せめて出るまではカウントしないで欲しいよー」
櫻井「ダメだって、早く、早くしてよ」
北島「じゃあちょっと待って、誰にかけるか考える」
小川「俺も」
櫻井「お前はもうコンビニに電話しただろ」
小川「あれはだって、最後に声聞きたい人じゃないもん、遅刻の連絡だもん」
北島と小川、考える
櫻井「誰だって一緒だよ、誰も出ねえよ」
北島と小川、考えている
櫻井「早くしてよおおお!」
北島「あ」
櫻井「え、なに、ハイ(携帯を渡そうと)」
北島「あ、でもダメか」
櫻井「いいよ、もうそれでいいって」
北島「ダメダメ、電話とか無理な相手だから」
小川「それ分かる、ここに来て思いつくのって、もう電話できない相手だったりする」
櫻井「それが誰だか知らねえけどさ、そいつでいいじゃん」
小川「だって繋がらなかったらそこでアウトだろ?慎重にならざるを得ないよね」
櫻井「お母さんとかは?お母さんとかどう?」
小川「いや、それも頭には浮かんだんだけど、冷静に考えるとさ、この状況で母ちゃんは残念ながらもう死んでるんじゃないかと思うんだよね」
櫻井「すげえこと言うなお前」
小川「想像したくはないけどさ、母ちゃんが逃げたってパンダに捕まるじゃん、俺たちの母ちゃんって世間的にはおばあちゃんだもん、おばあちゃん無理でしょ」
櫻井「小川さん、すごいクールだね」
小川「もちろん悲しいのは悲しいけどさ、この状況でまだ生きてるかもしれなくて、最後に声が聞けそうな奴っていうと、ちょっと母ちゃんじゃないんだよなあ」
櫻井「家族で生きてそうな奴に電話しなよ」
小川「いやあ、うちは厳しいなあ、ヒロの家族で生きてそうな人っている?」
北島「うちは妹ぐらいかなあ」
櫻井「いいじゃない、実家に引きこもり30年以上の大ベテラン」
北島「大ベテランだからさ、部屋に頑丈な鍵を4つぐらいつけてるし大丈夫かも」
櫻井「それでいいじゃん、妹だったら絶対生きてるし電話出るよ」
北島「妹と何喋るのよ」
櫻井「知らねえよ、なんでもいいからさっさと電話して欲しいのよ」
北島「妹はもう、ほんとに最後の最後の最後の最後」
小川「ちなみにヒロはさっき、誰を思いついたの」
北島「え?」
小川「電話しても無理な相手思いついたんでしょ」
北島「ああ、あれはいいんだよ」
櫻井「そいつでいいよ、そいつでいいからさっさとしてよ」
北島「だって猫だもん」
櫻井「え?」
北島「猫と電話できないでしょ、しかもとっくに死んじゃってるし」
櫻井「・・ヒロ、真面目に考えてくれよ」
北島「違うよ、だってずっと一緒にいたしさ、言ってなかったけど、俺にはあの猫が何よりも大事だったんだから」
櫻井「・・ちょっと今俺泣きそうだけどさ、せめて電話番号持ってる奴考えてよ」
北島「そうなんだけどさ、気まぐれでイタズラばっかりするけど可愛くて、どん底の生活の中でもあいつと一緒にいれば幸せだと思えたんだもん」
櫻井「ヒロ、そんな素敵な顔するなよ、この26年で今が一番素敵な顔してるよ、ハイどうぞ」
北島「無理じゃない、どうやって電話するのよ」
櫻井「そうなんだけどさ、ヒロに猫の声を聞かせてあげたいし、ヒロが猫と喋ってる顔が見たいと思っちゃうんだもん、きっと最高だよ?」
北島「別のやつ考えるよ」
櫻井「そいつがいいって、ヒロのそんな顔見たことなかったから、そいつしかないって」
北島「じゅんやは誰が思いついたの?」
小川「いやあ、俺が思いついたのはちょっと、ここじゃ言えない人だから」
櫻井「誰だよ、気になるじゃねえか」
小川「いや、ちょっと背伸びしてると思われちゃうから」
櫻井「背伸び?背伸びってなんだよ」
小川「俺がそいつに電話すると頑張っちゃってる感が出過ぎちゃうんだよ!」
櫻井「誰だよ!」
小川「欅坂46の平手友梨奈だよ!」
櫻井「・・・誰だよ!」
小川「欅坂46の平手友梨奈だよ!」
北島「アイドルの子?」
小川「アイドルだし中学生だよ!」
櫻井「おじさん!おじさんしっかりして!」
小川「だって、最後っていうか、ずっとお喋りしてみたいと思ってたから」
櫻井「なんかさあ、なんかお前の母ちゃんがかわいそう!母ちゃん差し置いてそいつ思い浮かべちゃったんでしょ?母ちゃんかわいそう!」
北島「アイドルには電話できないねえ」
小川「電話はできるんだよ、番号は知ってるんだから」
櫻井「え、なんで」
小川「業者から買った」
櫻井「じゅんや!俺の知らないじゅんや!俺の知らないじゅんやは困ったじゅんやだ!」
北島「今まで電話したことなかったの?」
小川「背伸びしてると思われるじゃん」
櫻井「背伸びとかじゃないんだよ、背伸びとかじゃないだろう!?」
北島「最後だし、背伸びしちゃえば?」
小川「えー(嬉しそう)」
櫻井「気持ち悪いよ、気持ち悪いけどそうしな、業者から買うぐらい好きなんだろうし、きっとびっくりするぐらいお金も使ったんだろうから、最後に取り返しな」
小川「マジで?嫌がられないかな」
櫻井「嫌がられるに決まってんだろ、だけどもう、最後だからお前の都合でいい」
小川「・・・すげえ好きなんだよね」
櫻井「そうだろうよ、だからもう、さっさとお願いします」
小川「きっと出てくれないよ」
北島「わかんないよ、だって今じゅんやの携帯が鳴ってさ、それが見たことのない番号からでも、この状況だったらとりあえずは出ちゃうでしょ」
櫻井「そうだよ、普段だったら無視されるだろうけど、この状況だから可能性あるよ」
小川、電話をかける
小川「・・・あ!もしもし、突然すいません、小川というものですが、あの、僕、すごくファンで、陰ながらずっと応援してました!・・あ、いや、この携帯はですね、あの・・そう、みたいですね、ちょっとエライ状況になってるみたいで、はい、え・・・どこですか・・・わかりました・・行きます!はい、はい、いや、そんなに遠くないので、大丈夫、絶対行きます、小川です、小川、はい、はい、頑張って!頑張ってね!すごく可愛いよ!頑張ってね!はい!(切る)」
櫻井「・・・」
小川「(トモに携帯を返し)俺ちょっと行ってくるわ」
櫻井「どこによ」
小川「今ちょっと、閉じ込められてるらしいのよ、周りにパンダが押し寄せてエライことになってるらしくて」
北島「じゅんやが行ってどうするの?」
小川「助けるんだよ」
北島「死ぬでしょ?」
小川「でもあの子をこのままにはしておけないから」
櫻井「・・・CD買ってる時と一緒で、いいように利用されるだけだぞ」
小川「それでも俺は幸せだから」
北島「じゃあ、二人とも行くんだね」
櫻井「ヒロはどうすんのよ」
北島「俺は残るよ」
櫻井「残ってどうすんの」
北島「まあ、なんとかなるでしょ」
櫻井「・・じゃあ、とりあえず、ここで三人お別れってことで」
小川「そう、なるね」
北島「そうなると、劇団は解散ってことだよね?」
櫻井「いや、まあ、解散しないでいいんじゃない?」
北島「なんでよ」
櫻井「劇団があればまた三人集まれそうじゃん」
北島「劇団なくても三人集まれるでしょ、劇団があったから三人一緒にいたわけじゃないんだしさ」
小川「まあ、確かに、三人がたまたま劇団作っただけで、劇団ありきではないよね」
北島「俺たちきっと、何やってても一緒にいたでしょ」
櫻井「・・・じゃあ、そういうことでいいや」
北島「二人とも元気でね、死ぬだろうけど」
櫻井「俺は死なないよ」
北島「死ぬでしょ、絶対死ぬよ」
櫻井「そういうこと言わないで?じゅんやは死ぬだろうけど俺は大丈夫よ」
小川「俺だって死なないよ」
北島「みんな死ぬよ、俺はここにいるから死なないけど、二人は死ぬよ」
櫻井「死ぬだろうけど、死ぬだろうけどさあ」
小川「ごめん、俺もうそろそろ行かないと」
櫻井「俺もだよバカ、どっちかっていうと俺の方が先に急いでたんだよ」
北島「ああ、ちょっと待って(立ち上がる)」
小川「ごめん、ごめんヒロ、マジでちょっと行かないとアレだから」
北島「死ぬであろうことを前提に」
櫻井「・・・何よ」
北島、椅子の上に立って負けないでを熱唱する。
櫻井と小川は微笑みながら聞いている。
一番を歌い終わり、二番の歌詞が始まったところで
櫻井「二番いいだろ!ありがとうだけどフルで歌ってくれなくていいや!」
北島「・・・それじゃ」
櫻井「・・それじゃ、また、お疲れ」
北島「お疲れ」
小川「お疲れ」
櫻井「お疲れさん、携帯置いて行くわ」
櫻井、出て行く
小川「・・・ヒロ、俺もし今、ここじゃないところにいたら、ヒロのところに来てあげるかも」
北島「じゅんやは優しいねえ」
小川「それじゃ、お疲れ」
小川、行く
北島、しばしそのままで、携帯を取りに行き、携帯から電話をかける
北島「・・・もしもし?俺だけど・・・どう?父ちゃんまだ生きてる?」
(暗転)
おしまい
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