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尻尾

アメリカの昔話より  文・こむぎこ

 むかし、あるところに大きな森があった。森は深く生い茂り昼間から薄暗い。
そんな森の奥に一人の男が三匹の犬と暮らしていた。男は丸太を組んだ小屋に住み、三匹の犬とともに森の獣を狩りながら、その日その日を生きていた。

 ある満月の晩。
強い風が恐ろしい音をたてて森をゆすっていた。青白く透明な光が枝を抜けて、ぎらぎらと剃刀のように森を照らし、暗い闇をすべっていった。
 男は窓の外に目を向けることなく赤々と燃える暖炉の前に座り、一振りの刃物を研いでいた。三匹の犬は小屋の床下で用心深く耳を立てながら体を丸めている。
やがて男は研いだ刃物を手に立ち上がった。
 その時だ。
男の目に奇妙なものが見えた。それは窓の外でゆれる、太くて長い尻尾だった。
 それが何の獣の尻尾かは分からない。
獣は体を見せず、尻尾だけが窓の外でゆらゆらと揺れていた。
男は息をひそめると、窓からそっと手を伸ばし、左手でその尻尾をつかんだ。そして、すばやく右手の刃物で獣の尻尾を切り落した。
「ギャーーーー!」
尻尾を切られた獣は引き裂くような悲鳴をあげると、暗い森の中に逃げていった。
男は切ったばかりの尻尾を鍋に入れると、ぐつぐつと煮たててスープを作った。
獣の尻尾は黒い毛に覆われていて喉につまりそうだったが、男はやっとの思いで尻尾を飲み下した。おいしいとはとても言えなかったが、空腹を満たすくらいはできた。

 その真夜中、男が寝ていると恐ろしい風の音に混じって小屋の壁をガリガリとひっかく音が聞こえた。
 男が目を覚ますと、壁の向こうから奇妙な声が響いてくる。
「尻尾、尻尾……尻尾をかえせ。お礼をするから、尻尾をかえせ」
 男は外の声にこたえた。
「返してやる。だが先に、お礼をよこせ」
 すると窓の外から金貨が1枚、飛び込んできた。
「尻尾、尻尾、お礼をしたから尻尾をかえせ」
 壁を引っ掻きながら聞こえる声に、男は床下で伏せる犬をけしかけた。
「おれの犬、外の獣を食ってしまえ!」
 ウォン、ウォン、ウォン!
床下から飛び出した三匹の犬は、外にひそむ不気味な獣を森の中に追い立てた。
小屋の外は風が吹き抜けるばかりとなり、獣の気配は消えた。

 しかし、しばらくするとまた小屋の壁をガリガリとひっかく音が響いてきた。
「尻尾、尻尾……尻尾をかえせ。お礼をするから、尻尾をかえせ」
  男は外の声にこたえた。
「返してやる。だが先に、さっきよりも多くのお礼をよこせ」
 すると窓の外から金貨が3枚、飛び込んできた。
「尻尾、尻尾、お礼をしたから尻尾をかえせ」
 壁を引っ掻きながら聞こえる声に、男は床下で伏せる犬をけしかけた。
「おれの犬、外の獣を食ってしまえ!」
 ウォン、ウォン!
床下から飛び出した二匹の犬は、外にひそむ不気味な獣を森の中に追い立てた。
小屋の外は風が吹き抜けるばかりとなり、獣の気配は消えた。

 しかし、しばらくするとまた小屋の壁をガリガリとひっかく音が響いてきた。
「尻尾、尻尾……尻尾をかえせ。お礼をするから、尻尾をかえせ」
  男は外の声にこたえた。
「返してやる。だが先に、さっきよりも多くのお礼をよこせ」
 すると窓の外から金貨が5枚、飛び込んできた。
「尻尾、尻尾、お礼をしたから尻尾をかえせ」
 壁を引っ掻きながら聞こえる声に、男は床下で伏せる犬をけしかけた。
「おれの犬、外の獣を食ってしまえ!」
 ウォン!
床下から飛び出した一匹の犬は、外にひそむ不気味な獣を森の中に追い立てた。
小屋の外は風が吹き抜けるばかりとなり、獣の気配は消えた。

 しかし、しばらくするとまた小屋の壁をガリガリとひっかく音が響いてきた。
「尻尾、尻尾……尻尾をかえせ。お礼をするから、尻尾をかえせ」
  男は外の声にこたえた。
「返してやる。だが先に、さっきよりも多くのお礼をよこせ」
 すると窓の外から金貨が8枚、飛び込んできた。
「尻尾、尻尾、お礼をしたから尻尾をかえせ」
 壁を引っ掻きながら聞こえる声に、男は床下で伏せる犬をけしかけた。
「おれの犬、外の獣を食ってしまえ!」
 だが、どうした事だろう。男の犬が飛び出す気配はなかった。
「どうしたおれの犬! おれの犬はどこに行った!」
すると、外の声がひときわ高く響いた。
「犬は殺した、一匹づつ、殺していった。追い立てる犬は、もういない」
獣の声に、男は震えた。
 あの三匹の犬は、熊さえもかみ殺すたくましい犬たちだった。
そんな犬を殺すような獣に勝てるはずがない。
「尻尾、尻尾……尻尾をかえせ。お礼をしたから、尻尾をかえせ」
男は外の声に震えながらこたえた。
「尻尾は食べた。だから返せない。もらった金貨は返すから、森に帰ってくれ」
男がそう言ったとたん、窓を突き破って一匹の獣が飛び込んできた。銀色に光る満月のような大きな目、ギラギラ光る鋭い爪。人間よりも大きく、猫のようでもあり、狼のようでもあり、だがどれとも違う、見たこともない漆黒の生き物だった。
 黒い獣は白い牙が並んだ、真っ赤な口を大きく開くと、恐ろしい声でうなった。
「嘘つき!」

 その夜から、男は姿を消してしまった。
そして、この暗い森では。
満月の晩に強い風が吹くと、どこからともなく
「尻尾、尻尾」
という声が木々にこだましてくると言う。

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