頬粘膜がん 383日目 ”きょうよう”と”きょういく”


 頬粘膜癌 383日目。

 血圧 114 ー 83 mmHg
 血糖 - mg/dL (朝食前)
 酸素 99 %
 脈拍 76 拍/分
 体温 36.5 ℃
 体重 72.8 kg

 そろそろ12月がせまってきて、いよいよ年の瀬になっていくんだろう。
 去年、がんに罹患してあっという間に1年が経過した。その時々はいろいろな事があったし、いろんなことを考えて、悩んだりとかもしたはずなんだが、こうして振り返ると本当に俊足で時間が過ぎていった感じがする。

 まぁ最近は1ヶ月が経過するのだってあっというまで、1週間なんか本当に秒で過ぎていく感じなのだ。

 今日は本年の1枚目の欠礼のはがきが届いた。
 去年、実は年賀状は出さなかった。いやまぁ出せなかったというか。年末ぎりぎりに退院したので年賀状の準備は全くできていなかったのだ。年があけてから、寒中見舞いという形で生存証明はしたのだがきちんとした理由は書かなかったかな。
 気分的に年賀状を出す気にもなれなかったというのもある。去年の年末はまだ自分が生き残ったのか、これから生き残っていけるのかぜんぜん自身が無かったのもある。

 今年は、おそらくまだ生きていられそうということもあるので年賀状は出すんだろうと思う。出さないと決めてないので多分、出す。

 年賀状のやりとりという事についていまいちなんかリアリティがないってのもあるんだけど、それはもしかしたら実際に年賀状を出したりとか受け取ったりとかしたときにようやく「あぁ、生きてるんだなぁ」と実感するのかも知れない。
 いや、もちろん日々暮らしていてちゃんと生きてる実感はあるんだけどね。そんなにふわふわした感じってわけでもないんだけど。

 ただ、現実のあれこれとの自分のつながりというか、そういうものが多少希薄なのはあるかもしれない。
 毎日仕事して、今の仕事の関連で資格取得の研修を受けたり、別件でも研修の予定が入っていたりする。それらは僕が世界に繋がっている証みたいなものだとは思うんだがいまいちリアリティがないんだなぁ。厭世的と言うことも全然ないんだけど、この実感のなさはなんなのだろうとは思う。実感がないもんだから時間がすごく速く経過していくんだろうかとも思ったり。

 まぁ、嫌な事には近づかず、ほどよく好き勝手に生きているのでストレスが少ないのが非現実的な感覚をもたらす原因なのかなぁ。生きるって大変なんだ、みたいな思い込みみたいなものが染みついてて、こんなに精神的に快適な生き方をしてこなかったからなのか。身体的には痛いだとか、辛いだとか、そんなことは多少なりともあるのだけど、気分はすこぶる楽ちんである。いろんなことを考えるのをうっちゃっているという話もあるが、まぁ今はまだこれでいい。取りあえず今はまだ。

 さぁ、週末が近づいている。
 来週は、資格取得の実地研修の予定が火曜日に入っている。

 生きる為には”きょうよう”と”きょういく”が必要だ。
 今日、用事がある。
 今日、行くところがある。
 それなら、充分生きていける

 今日もいい1日であった。


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