頬粘膜がん 110日目 老いた戦士とであう

 頬粘膜癌、110日目。

 血圧 129-94 mmHg
 血糖 110 mg/dL (朝食前)
 酸素 98 %
 脈拍 71 拍/分
 体温 36.2 ℃
 体重 78.9 kg


 放射線治療は20回目。

 今日から後半で、原発巣中心に局所を狙って治療していく。枕とかフェイスマスクとか新調したものを使用しはじめる。今後は口内の状態の悪化はもう少し加速していく事になるんだろう。

 抗がん剤治療でちょっと腎臓がダメージうけてるので、翌日だけの投入だった生理食塩水の点滴が日曜日まで延長されることになっている。先週まで使っていたテルモの輸液ポンプが今週からバージョンアップして新しいタイプのものに交換になった。

 おお、液晶も綺麗になってますな。交換して貰って一番のメリットは、バッテリーがいい感じな事だ。先週までの相棒は、リハビリに行ってる途中でバッテリー切れたりとかしちゃうもんだからハラハラものだったのだ。昼にリハビリ出かけた日には、その後は売店に行くのはちょっとヤバいんじゃねという半引きこもりを余儀なくされたりした。所が新人君は元気いっぱいでリハビリ行って帰ってきてからでも、なんなら次どこ行きますか?ぐらいの勢いである。若いって素敵だねw

新しい相棒

 開口リハビリは”かいくん”導入でやはり良くなった。

 今日も最終18mmをキープできた。この調子でまずは現状維持。可能であれば1mmでも拡張という所だ。

 今週から、習慣をひとつ変えた。ウォーキングの時間を早朝に1回入れるという新しい習慣。起きて、水分を補給して、今は入院中なので採血があったり朝のバイタルの確認があったりするのでそれを消化して、朝食前にウォーキングをする。30分から45分。

 新しいというか、もともと僕は早起きの人だった。毎日起床時間は4時。そこから軽くウォーキングをして帰宅したら風呂に入るというルーチンでここ数年生きて来た。癌になってからは早朝のウォーキングはやめていた。

 今は起きる時間ももう少し遅くして、睡眠時間を前よりも長くとるようにしている。睡眠時間と疲労回復についていろいろ自分なりに考えてそうしようと決めた。だからって急に沢山眠れるようになったりはなかなかしないんだけれどね。

 朝食後から放射線治療や開口リハビリ、午後イチの肩部分の副神経麻痺のリハビリがあり、その間に点滴したりなどの予定が入っていく。入浴を午後4時半くらいに入れたいけれどこれは枠の取り合いがあって取れるときもあれば取れない時もあり、時間はその日によってまちまち。どこかでタイミングを併せて午後にもう一度ウォーキングが入れられればラッキーみたいな。

 早朝に一度ウォーキングを入れておくと、その後の予定が多少狂ってもなんか安心なのである。運動するのは楽しい。僕にとって入院時の中ではレクレーション的な楽しみの時間になっている。開口リハの自己訓練もここに入っているので大切な役割もある。

 で、毎朝決まった時間に決まった場所を歩いていると、決まった人に出会ったりするわけだ。僕からみたら少し年配のその方も、朝の時間に体を動かしにやってきている。初老の白髪の男性。ストレッチをゆっくりとして、その後1000歩の歩行をするのだと言う。昨日まですれ違いざまにはお互いに黙礼を交わすような間柄。

 今朝、初めてお互いに挨拶をした。僕はどちらかと言えばガチウォーキングだ。でもその初老の男性だって、その時間に毎日やってきて自分なりの体力維持を心がけている。お互い部位は違えど”がん”である。相手の方の病状までは知らない。でも、それでいいとも思っているし、もしかしたらこれから少しずつ知り合っていくのかも知れない。それは分からない。

 分からないが、その時間をきちんと過ごしたいと思っているモノ同士のなんとなくの共感みたいなものはあるような気がした。ちょっと嬉しかった。

 みんなそうなのか分からないけれど、意外と患者どうしって距離をとって過ごしている。僕がいるのは大学病院で、この施設は入院期間は短めである。がんのオペで入院しても2週間もしたら退院している人だってそれなりにいる。1ヶ月以上入院している人の方が少ないだろうという気がする。

 僕と同じように抗がん剤と放射線治療を一緒に受けている人は7クールの抗がん剤があるので7週以上は入院する事になるんだろうけれど、それ以外の人は入れ替わりが激しい。僕のいる病棟は耳鼻咽喉科の病棟になるので基本頭頸部がん患者が比較的多くなっている筈だ。半数以上はがん患者ではないかと思われる。頭頸部がん患者は少なめなので空きの病室には他科のがん患者さんが入って来られる事もあるようだ。

 意外と、がんの入院患者さんってそれぞれ孤独な時間を過ごしているのかもしれないなと思う。かと言って、だれかれとなく話かけたりはしないんだけれどもね。

 長く入院しているとそれでも多少は声をかけられる事もある。大概は女性の患者さん。女の方はそこらへん、鷹揚なんだろうなと思う。コミュニケーション能力が高いんだろうね。

 そこに行くと男は駄目で、がんで入院している癖に、多分だけど周りの男性患者と自分をいろいろ比較しているんだろう。できる奴かできない奴か、上か下か、経済的な上下みたいなモノとか・・・・・・。これは本能かもしれないけれど。

 高校1年生の最初の登校日。教室に入って、知り合いがいる奴はグループを作り始める。でも大概は、自分の立ち位置がはっきりしないでお互い牽制しあってるみたいな状況に似ているかもしれないなぁと思うw

 そして、短い入院期間を通り過ぎていくのだろう。

 多床室に入れば別かも知れない。大部屋だと入れば挨拶のひとつやふたつしなくちゃならないだろうし、4人部屋なら4人部屋で、すぐにその部屋のヒエラルキーが決まるような気がしないでもない。

 デイルームでテレビ見ながら話してるのは多分大部屋の人達な気がする。

 他の、多くの人はなれ合わないですれ違って行く場所なのかな。

 なかなか、不思議な感じなのだ。

 多分、看護師の人が一番患者さんたちと話してる。

 というか、多分だけど患者さんは看護師としかまともに話してないのかもしれないね。今時は携帯があるから家族や知り合いと電話したりとかがあるんだろうと思うけど、それでもがん患者さんってのは知り合いに自分ががんだと告げない傾向が強いと思うし。

 男の人の場合は”がんになった”と公言する事は場合によっては自分の仕事人生においてレースからリタイアすると宣言しているようなものだったりする事があるからだ。オレはまだ終わっていないと思う人は、何食わぬ顔をして職場に復帰し出世レースを再開したいと切に願っているかもしれない。そんな時に入院中の病院で誰かと馴れ合ったりなんてできないものなのかもしれないしね。

 今朝、挨拶を交わした初老の男性は、そういう意味ではすでに現役をリタイヤした人だと思うし、そういう険しさというか、世知辛い感じは無かった。だから、自分の体のために鍛える時間が必要だと考えている同士のように感じたのかも知れない。

 僕は多分、いい意味での世知辛さだとか、仕事で成功したいみたいな欲望は無くなってしまったんだと思う。そこに大きな価値を感じなくなった。もともとそんなに強い修せ欲があったわけではないけれど。

 仕事で成功すること、出世することというのが幸せの条件ではなくなってしまったのだろう。これはおそらく不可逆性の変化だ。

 そんなことを思った日だった。

 一人の老いてなお戦士であらんと願う人に会った。

 今日もいい1日だった。

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