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Stand linseed oils.『粘稠性の幅による質感表現』

 さて今日は油彩画用液の中で重合亜麻仁油として知られるスタンドリンシードオイルに焦点を当てて行こう。

   そもそもスタンドリンシードオイルとは?
 『真空状態でリンシードを約250〜300度程に加熱させた重合亜麻仁油である』

 何故その様なオイルが出てきたのかここで探っていきたいと思う。

 油彩画用液についての基礎的な説明は以前に[調合]という記事で書いているのでその記事を読んだ後にこの記事を読むとスムーズに話が進むと思います。

 さてそんなスタンドリンシードオイル(スタンドオイル)はメーカーによって粘稠性と色が違ってくる。

    しかし基本的な精製法は一緒であろう。

 何故粘稠性や色が違うのか?コレは加熱温度と加熱時間によるものだ。この加熱時間と加熱温度に関しても以前に[黒い液体]という記事で詳しく紹介しているので是非!

 今回ここでお見せするのは加熱と時間の違いによる各種のスタンドリンシードオイルを実際に絵具と練り合わせ絵具の粘稠性と色の差を見ていく様な形になる。

 その前に何故この様な差が油彩画を描く上で大事かについて少し油彩画の歴史と照らし合わせて説明していこう。
 油彩画の歴史を遡るとそれは14世紀後半からだろう。

 そもそも油彩画が生まれたのは何処だと思いますか?

       イタリア?フランス?

        いいえ違います。

 油彩画が誕生してのはネーデルラント地方です。

 いいや、ネーデルラントって何?ネバーランドみたいな場所?と思ってしまう方もいるかもしれません。実際に自分は最初そう思いました。

 しかしそうではありません。ネーデルラントとは今の[ベルギーやオランダ、ドイツ、ルクセンブルク]などあの辺りを指します。

 その地方で栄えた絵画が[フランドル絵画]である。

 フランドル絵画の特徴は細部まで描き込んだ写実性。
 構図の特徴の一つには4分の3正面図なども挙げられる。

 ここでピンと来た方は鋭いだろう。そうレオナルド・ダ・ヴィンチ作のモナリザの4分の3正面図はフランドル絵画の特徴である。

 14世紀後半当時フランドル絵画の巨匠として油彩画の確立を成した画家がいる。その名はヤンファンエイク。(ヤンファンアイク)とも言われる。よく彼が油彩画を誕生させたと認識もされてしまうが彼は油彩画を誕生させたのではなく油彩画の技法を確立させたという認識の方が正しいだろう。

ヤンファンエイク[フランドル絵画]


 その他にもローヒルファンデルウェイデンなども油彩画技法の確立をした画家としてこの二人の画家が当時のフランドル絵画の写実性の頂点と言えるだろう。

[フランドル絵画]


 フランドル絵画の特徴は油彩画用液の特徴の一つである透明性を利用した薄塗りの描き方であろう。
 モノトーンの下層描きの上から絵具に対して画用液を多めにする事で薄塗りを可能にして透明色、半透明色を重ねていく事で下層描きのモノトーンと合わさり色の彩度、明度をコントロールする描き方は古典絵画技法ではお馴染みである。
 フランドル絵画の特性は明部を下の地の白を生し暗部に黒を入れていくものである。つまり暗部の方が絵具層が厚いという事が言える。
 それに比べてベネェツィア派の絵画の特徴は油彩画用液のもう一つの特徴である可塑性を生かし白絵具の厚塗りによる明部の描き込みに対して暗部は地のインプリマトゥーラが見える程の薄塗りだろう。
 つまり同じグリザイユ技法でも下層描きは真逆の行為をしているのが特徴だ。

ティツィアーノ[ベネェツィア派]

 17世紀に入りオランダである画家が活躍した。その名はレンブラントファンレイン。
 彼はフランドル絵画とベネェツィア絵画の特徴を融合させた事で今でも油彩画技法における頂点だろう。

レンブラントファンレイン[自画像]

 レンブラントはオランダのアムステルダムで活躍し当時オランダでは信仰の自由はあったが公的な場ではプロテスタント思考という事で宗教画は描く事は無かったがその代わりに集団肖像画という新たな絵画ジャンルを生み出した。レンブラントの代表作である[夜警]もその一つだ。

夜警

  レンブラントの作品を見ていくとどちらかというとベネェツィア派の影響が強く出てはいるがその他にもこの当時にバロック絵画の特徴の一つのキアロスクーロ。明暗対比による劇的な写実描写で多くの画家に影響を与えたカラヴァッジオの影響も受けているが彼の作品の細部を見てみると単に明部の部分をシルバーホワイトで厚塗りにしているという訳でも無さそうだ。
 そこには粘稠性のあるオイルやメディウムを使用した様な筆跡が見てとれる。
 逆に暗部は初期の作品に多く見られる板絵では下のインプリマトゥーラの地の色や木目が見える程に薄く色が重ねられているが分かる。
 ただ透明性の特徴を活かしたグレーズ法はフランドル絵画の特徴を捉えている様にも見える。
 それが分かりやすいのはレンブラントの晩年の作品であろう。

レンブラントファンレイン[晩年作]



レンブラントファンレイン[晩年作]

 上の二つのレンブラントの晩年作の絵を見ていくと分かりやすいだろう。

 さてここまでを踏まえて今回の本題に移るが実際にどの様に厚塗りをしてったのか?画用液の粘稠性による効果とはどの様なものなのか?についてここから実践して見せていきたいと思う。


 上の写真は去年シルバーホワイトに粘稠性のあるオイルを合わせてその乾燥スピードや色合いの変化を記録したものだ。
 左からスタンドリンシードオイル。サンシックンドリンシードオイル。サンシックンドポピーオイル。

 スタンドリンシードオイルはサンシックンドリンシードオイルより乾燥スピードは遅いが結果として三つのオイルの中で一番変色がないとが特徴だろう。
 真ん中のサンシックンドリンシードオイルは乾燥スピード自体は元々このオイルの製法自体が水と油を酸化重合させながら精製するので乾燥は比較的に早い方であったのとスタンドリンシードオイルも堅固な画面にはなっているがより一層それが強い様に見える。
 最後にサンシックンドポピーオイルはポピーオイルな為乾燥は少し遅いが糸を引くような細かな線まで残る繊細な粘稠性がサンシックンドリンシードに比べて低いことから滑らかな質感になっている。

 最近は科学技術の発展である程度の絵具の層が分かる様になったおかげもあり昔の絵の状態を詳しく調べられるようになった。
 そこでロンドンナショナルギャラリーがレンブラントがどの様に絵を描いていたか?という点で今までは樹脂も使っていたという定説が覆された。
 実はレンブラントは樹脂等は使っておらず独特の艶はブラックオイルによるものだと判断された。
 ブラックオイルに関しては以前この記事でも黒い液体としてブログに載せているので是非。
 しかしブラックオイルでは艶を出すことは可能でも厚みを出す事は難しい。

 そこで粘稠性の強いオイルやエマルジェンの使用が仮説として出てくる。
 生のリンシードオイルでは厚みと粘稠性という点では十分でない為、何かしらのメディウムを絵具と混ぜていたのは推測できる。
 昔メギルプという透明な正体不明のメディウムが存在し日本ではメギルフという名前で江戸辺りに伝わってきたが、それが何なのか?という問題があった。
 しかしそれは今ではリクインというメディウムを通して全く同じという訳では無いがかなりそれに近い物までは再現可能になっている。


静寂の時間[作品の一部分]

 少し前に描いた作品の一部分を見てみよう。

 この作品の漆喰壁には油彩画混合技法で卵黄テンペラの要素を加えたエマルジェンとスタンドリンシードオイルを合わせて描いている。
 こうしてみると絵具のトロミによる効果でかなり厚塗りを可能にさせているのが分かる。
 それは単に絵具の量を増やしているのではくエマルジェンによる粘稠性と厚みにより可能になった質感表現だ。

 粘稠性の高いエマルジェンを使用する事で筆で筆致をつけてそのまま残す事が可能になった。
 それは今までのペインティングオイルやリンシードオイルなどの粘稠性は高くないオイルと比べると差は歴然である。
 その他にもサンシックンドリンシードオイルでも同じような効果を得る事が可能になる。

サンシックンドリンシードオイル[制作風景]

 自分は定期的に自作のサンシックンドリンシードオイルを精製している。
 季節や水と油の差を少し変えて丁度いい粘稠性になるにはどの比率かとう実験である。
 自作のサンシックンドと市販のサンシックンドではエマルジェンへの親和性は自作の方が上回っていた。
 それは恐らくだが市販のサンシックンドリンシードオイルは最後に加熱処理を行う為に完全に水の要素を無くしてしまう為だろう。自作も水と油を酸化重合し統一させる点では同じだが加熱処理と比べると完全には同一しきれてない部分もあると推測出来る。
 その場合はエマルジェンと合わせると互いが絡みやすく親和性が向上するというあくまでも推測の域だがその様に思えた。
 因みにサンブリーチドオイルという日晒しにしたリンシードオイルというものもあるがそれは生のリンシードオイルと粘稠性は然程変わらない。しかし日晒しという点でリンシードオイルの特徴である黄ばみは抜けて黄変化しにくいものへとなっている。
 さてここまで話したがレンブラントがどの様に絵を作って行ったか?だが恐らくエマルジェンの使用をしていただろうと思う。
 その中で卵黄やカゼインテンペラの様な混合技法を使う事で樹脂を使わずして独特の絵肌へとなっていたというこれもあくまで推測の域でしか無いが自作の卵黄エマルジェンの使用で同じ様な似た効果を再現する事は可能というのは唯一確信して言える事であろう。

 自分は別に研究者ではなく一絵描きとしての見方なので詳しくは分からないが絵を描く事は同時に物を作るとう事。それは絵具の粘稠性やオイルの乾燥スピードや粘稠性や色などを自分の好みへとなる様にコントロールして調合する事が言える。

 実験は次なる実験の糧になる。

 つまり直ぐに答えが出るものでも無くそれはずっと続けなければ見えてこないものだろう。
 油彩画を描く何かヒントになれば幸いです。

 今日はこの辺で!
 それではまた!

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