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違和感のある「させていただく」の使い方

敬語。日本人なら避けては通れないもので、中高生にもなれば日常的に使うことになる表現だ。その中で、私が気になる言葉がある。「~させていただく」という表現だ。

「私が担当させていただきます。」「資料を送らせていただきます。」「確認させていただきます。」いずれも、条件によっては問題ない使い方だ。
「~させていただく」という言葉は元々、相手の同意が必要な事柄に許可を得る際に用いるものだとされている。つまり、「私が担当させていただきます。」は、相手、この場合は取引先などが担当を誰にするか投げ掛けた状態で、「私が担当させていただきます(が、宜しいでしょうか?)」の括弧の中が省略されたものと捉えれば問題ない使い方だ。一方で、事前に双方の合意が得られている状態では、もう許可は必要ないので「~させていただく」という言葉は不適切ということになる。「私が担当致します。」という表現で敬語としては申し分ない。しかし、「~させていただく」という言葉を使うと丁寧に聞こえるという思い込みから「~させていただく」を使う人は多い。

元々、と書いたが、言葉というのは変わっていくものだ。古語「有り難し」は滅多にないという意味だが、現代語「ありがとう」は感謝の言葉として使われる。もしかしたら、「~させていただく」が普及して、何にでも付けて丁寧になる便利な言葉、として未来では使われていくのかもしれない。それでも、私は本来の用途を遵守し、現状で正しいとされる敬語表現を使っていきたい。それが一日本人としての矜持だと思う。