【声劇台本】汽車に乗るのはティータイムのあとで【2:3:0】


汽車に乗るのはティータイムのあとで

作 どや


配役紹介

ジョージ   初老の紳士。姪の結婚式のため旅をしており、
       汽車の乗り換えのためロンドン駅にいる。
ミア     ロンドン駅の掃除婦。17歳。赤毛の少女。
       元気いっぱいだがから回ることも多い。
ヘンリー   ロンドン駅売店の青年。ぶっきらぼうでやる気がない。
ソフィア   ロンドン駅花屋の店員。しっかり者でミアと仲がいい。
オリビア   カフェの常連客。大人の女性。ジョージのことを知っている


ジョージが、ロンドン駅で出会う様々な人とのショートストーリー。
オムニバス形式なのでジョージ以外は基本的に自分のシーンのみ出てきます。
ジョージ役の方は、5連続サシ劇と思ってください。
各シーンは10分程度かと思います。


本編


ジョージ(N) ロンドン駅着

ジョージ   やっとロンドンですか。背中が痛くてた    
                 まりませんね
              この程度の旅が堪えるようになるとは
              …少し、お土産を買いすぎましたか。
              どうも鞄が重たいですね…

 少し間を置いて

ミア   おじさーん! どいてどいてぇ!!
ジョージ   おや?
ミア   ブレーーーキっ!
ジョージ   おっとっと。大丈夫ですか、お嬢さん
ミア   いやー、危ないところだったねーおじさん!
ミア   ミアちゃんのモップが火を噴くところだったよ
ジョージ   なるほど、そのバケツは消火用でしたか
ミア   あっはっは! 面白いねーおじさん!
ミア   ロンドンは初めて? 観光かな?
ジョージ   いえ、若いころに何度か。今回は姪の結婚式でね
ジョージ   汽車を乗り継ぐのですがその前に
ミア   結婚式?! 素敵!!
ミア   純白のウェディングドレス…ステンドグラスが煌めく教会…
ミア   美味しい食事もいっぱいで…
ジョージ   あの…もしもし…
ミア   あらっ…? ごめんなさい、あたしったら
ジョージ   はっはっは、いやいや元気なお嬢さんだ
ジョージ   ところで、ミアさんとおっしゃったかな
ジョージ   一つお願いがあるのですが
ミア   おっ! あたしの名前を知ってるなんて通だねぇ!
ミア   この駅のことならなんでも聞いてね
ミア   なんてったって駅中を掃除しているこのミアちゃんに
ミア   わからないことなんてないのさ!
ジョージ   それは素晴らしい。ではお言葉に甘えて…
ジョージ   姪に花束を、と思いまして
ジョージ   よい花屋をご存じでしたら、ご教示願えますかな
ミア   お花? それならもちろん知ってるわ
ミア   ロンドンいちの花売り娘、
     ソフィアのいるフラワーステーションね
ジョージ   ほほう、ロンドンいちとは
ミア   ソフィアはすっごく可愛いのよ! それにお花もすごく詳しいの
ジョージ   ミアさんがそこまで絶賛されるなら、
       さぞ素晴らしいのでしょうね
ミア   そうよー、何せこのミアちゃんが太鼓判を押してるんだから
     間違いないよ
ミア   ため息が出るほど綺麗なブロンドなの
ミア   女の子は誰でも憧れるに違いないわ
ジョージ   そうですか。あなたのその赤毛も、
       とっても可愛いと思いますよ
ミア   あたし? あたしはダメよ。
     ソフィアみたいになりたくて髪を伸ばしたこともあったわ
ミア   でも、髪を伸ばすと このクリクリが鳥の巣みたいに
     ひどく成るのよ。悲劇だわ
ジョージ   それで短くされたのですか
ミア   それだけじゃ、ないけどね。とにかくあたしはダメ!
ジョージ   それは少し寂しいですね。ミアさんの可愛らしい鳥の巣を
       見てみたいと思ったのですが
ミア   はぁ。あなたにいいことを教えてあげる
ミア   この街じゃ、鳥の巣に可愛いは係らないのよ。赤毛にもね
ジョージ   おやおや。この街の人たちはは赤毛が嫌いなのですか
ミア   そうよ。あたしも嫌いだわ
ジョージ   どうも都会というのは私には合わないようですな。
       美しいものはどこでだって美しいというのに
ミア   おかしな人ね。まあいいわ、とにかくソフィアのところにいけば
     間違いないわ!
ジョージ   わかりました、では早速そちらへ伺ってみます。
       ありがとうございました
ミア   お礼なんて必要ないわ! 当然のことをしたまでよ!
ミア   …姪御さん、きっと喜ぶわ。素敵な結婚式になるよう祈ってる
ジョージ   おや、ずいぶん大人びた話し方もできるのですね
ミア   ど、どういう意味よ! あたしは17歳よ! 大人なの! 
     せっかく姪御さんの為にお祈りしたのに!
ジョージ   申し訳ありません。ついからかってしまいました。
ジョージ   お約束します。あなたの大いなる祝福を必ず姪に届けます。
       それでは
ミア   …ちょっとまって! そういえばまだあなたの名前を
     聞いてなかったわ
ジョージ   これは大変失礼しました。私はジョージといいます。
       麗しき赤毛のミア様
ミア   麗しくない掃除婦のミアよ、まったく。
     そう、ジョージ。改めてお祈りするわ
ミア   あなたの姪御さんの行く道に幸溢れ、悲しみは去り、
     笑みの輪が絶えんことを
ジョージ   本当にありがとう。ロンドンにこんな素敵な出会いが待って
       るなんて思いませんでした
ジョージ   あなたにも神の祝福があらんことを


 少し間をおいて



ヘンリー(N)   青年は新聞を読まない

ヘンリー   新聞だけかよ、ほらお釣り
ジョージ   ありがとうございます、ヘンリーさん
ジョージ   都会の流行りの一つも知らなければ、
       姪の前で恥をかきますから
ヘンリー   そうかよ。そんなもん読んだところで何がわかるってわけで
       もねーだろ
ジョージ   そんなことはありませんよ。新聞は役に立ちます
ジョージ   ほら見てください。今日の乙女座は運勢一位のようですよ
ヘンリー   流行りはどうしたんだおっさん。
ヘンリー   星座占いって。いい年したおっさんが…
ジョージ   ところで、どうも駅の中が賑やかなようですね
ヘンリー   はん。いつも通りだよ。何も変わらねぇ
ヘンリー   この街は、何にも変わらねぇよ
ジョージ   そうでしたか。どうも私の様な田舎者には
ヘンリー   さっきからなんだよおっさん。釣り渡したんだからさっさと
       失せろよ
ヘンリー   リップサービスはやってねーんだ。これ以上は金とるぞ
ジョージ   これは失礼いたしました。しかし なにぶん次の記者までどう
       も時間があるようでして
ジョージ   ここはひとつ、話し相手になってもらえませんか きっと楽
       しいですよ
ヘンリー   冗談じゃねえや。俺は忙しいんだ
ジョージ   はて、他にお客の姿は見えませんし、
       あなたも先ほどから頬杖をついて
ジョージ   お暇なように見えますけれど
ヘンリー   うるっせえな…おっさんには関係ねえよ
ジョージ   ふむ。……フラワーステーション……
ヘンリー   なっ、なんだよいきなり! 
ジョージ   いや、ヘンリーさんは先ほどからちらちらと花屋さんの方を
       見ている気がしまして
ジョージ   何か面白いものでもあるのかと
ヘンリー   ば、馬鹿な事いってんじゃねえよ。花なんか見たってしょう
       がねえだろ
ジョージ   確かに、花のことはわかりませんけども、あの花屋にはずい
       ぶん美しい娘がおりましたな
ヘンリー   だから知らねえよ! なんなんだよお前! 俺は花屋なんて
       みてねえ!
ジョージ   おやおや、いいですなぁ若いというのは
ヘンリー   ああもう、本当に、いい加減にしろ 営業妨害で駅員呼ぶ
       ぞ!
ジョージ   それは困ります。ヘンリーさんとはもっと仲良くなりたいの
       ですが
ヘンリー   冗談じゃねえ、どんだけチップをはずまれたところでごめん
       だね
ジョージ   ご安心ください。あいにくと姪へのプレゼントを買いすぎま
       して、そこまで路銀に余裕はないのです
ジョージ   そうですね、では少々情報交換といきませんか?
ヘンリー   ああ? 情報、交換?
ジョージ   ええ。実は先ほど、あちらのフラワーステーションで花を買
       ったのですが
ヘンリー   手に持ってる花束みりゃわかるよそんなことは
ジョージ   ソフィア、という美しい花売り娘が
ジョージ   若い男性に贈る花を悩んでましてな
ヘンリー   ソフィアが?! 花を!? お、男に!!?
ジョージ   どうされましたかな。彼女をご存じなのですか?
ヘンリー   い、いや、知らねぇ……
ジョージ   しかし、今はっきりと
ヘンリー   ミ、ミアだ! ミアが毎日叫びながら花屋に突っ込んでいく
       んだ!
ヘンリー   だから名前を知っていたんだ! そ、それだけだ!
ジョージ   そうでしたか。ミアさんが。それは想像に難くありませんね
ヘンリー   で、それがどうかしたのかよ、俺には関係ねえよ
ジョージ   それが、悩んでる彼女の力になろうと思いまして
ジョージ   あなたならどんな花を喜ぶのか参考にしようかと
ヘンリー   は? なんで俺なんだよ。あんたが勝手に選べばいいだろ
ジョージ   私はお世辞にも若いとは言えませんし、参考にはならないで
       しょう
ヘンリー   だからって、なんで俺が…ソフィアが男に贈る花なんて…
ジョージ   まあまあ。若い娘の恋心。応援してあげようではありません
       か
ジョージ   紳士が愛でてこそ、淑女は花開くのですよ
ヘンリー   な、なに言ってんだこの色ボケじじい! 
ジョージ   じじいだなんて……とにかく。あなたが受け取るとしたらど
       んな花束が良いですか?
ヘンリー   いらねえよ
ジョージ   いらない?
ヘンリー   花束なんか……バラが一本。それだけでいいだろ男に贈る花
       なんて
ジョージ   バラ、ですか
ヘンリー   うっせえな!男はバラぐらいしかわかんねーんだからいいん
       だよ!
ヘンリー   ソフィアが男に花を贈る? ばかばかしい!!
ヘンリー   俺には何の関係もないね! 知ったことじゃねえんだよ!
ヘンリー   あっ!そういえばお前情報交換とか言ってたな? 俺はもう
       答えたぞ
ヘンリー   お前は俺に何の情報をよこすってんだよ!
ジョージ   そうですねぇ
ヘンリー   つまんねえ情報だったらただじゃおかねえぞ
ジョージ   では、せっかく新聞も買ったことですし
ジョージ   昨日のクリケットの結果でもいかがですかな
ジョージ   お嬢さんの思い人については興味がないようですし


 少し間を開けて



ソフィア(N)   ロンドンいちの花売り娘

ソフィア   花はいかがですか
ソフィア   きょうは、お天気で、みんな元気に咲いています!
ソフィア   絶好の花束日和です!
ジョージ   こんにちは、お嬢さん。花束を一つ、お願いできますかな
ソフィア   あ、いらっしゃいませ! どういった花束にいたしますか?
ジョージ   姪に贈りたいのです。彼女の結婚式に向かうところでして
ソフィア   まぁ! おめでとうございます!
ソフィア   精一杯、花束を作らせて頂きます!
ジョージ   ありがとうございます
ジョージ   確かにミアさんの仰っていた通り、素敵な方ですね
ソフィア   え? ミアをご存じなのですか?
ジョージ   はい。先ほどモップで轢かれかけまして
ソフィア   あの子ったら…申し訳ありませんお客様…
ジョージ   いいんですよ。おかげでロンドンに友人が出来ましたし
ジョージ   ロンドンいちの花売り娘も紹介して頂けました
ソフィア   ロンドンいちだなんて…からかうのはやめてください!
ソフィア   ミアしか言っていませんよ、そんなことは
ジョージ   いえいえ、私もミアさんと同じ気持ちですよ
ソフィア   随分お上手なんですね。
ジョージ   なにぶん、ロンドンで花を買うのは初めてなものでして
ソフィア   あなたのような紳士に見初められて光栄ですわ
ソフィア   でも、女性を口説きたいなら皮肉はほどほどにされた方がい
       いと思いますよ
ジョージ   はっはっは。よく心に留めておきます
ソフィア   それにしても結婚式だなんて素敵ですね
ソフィア   私もいつか結婚できるかしら
ジョージ   ソフィアさんほどの女性なら引く手あまたでしょうな
ジョージ   気になるお相手はいないのですか
ソフィア   気になる…ということではありませんが…
ソフィア   お礼をしたい、人は、います
ジョージ   ほう、お礼ですか。花束ができるまで、
ジョージ   その話を伺ってもよろしいでしょうか
ソフィア   …仕方ありませんね。仕事中に皮肉も口説き文句も聞きたく
       ありませんし
ジョージ   どうやら嫌われてしまいましたかな
ソフィア   ふふっ。冗談ですよ
ソフィア   実は先日、酔ったお客様にからまれてしまいまして
ジョージ   ほほう、そこに助けに入ったたくましい男性にお礼がしたい
       と
ソフィア   話の腰を折らないでください
ソフィア   助けてくれたのはミアです
ジョージ   なんと。では、ミアさんに
ソフィア   違います。もう、ちゃんと話を聞いてくれないならしゃべり
       ませんよ?
ジョージ   失礼しました。すぐにファスナーを修理に出しますので
ソフィア   …それで、たまたま近くを掃除していたミアが…
ソフィア   酔ったお客様を…モップで轢いてしまって…
ソフィア   お客様はその時、その、気分が悪かったみたいで、あの、吐
       いてしまって
ソフィア   お店の……花に……
ジョージ   それは…また…
ソフィア   すごくショックで、私、ミアに大声をだしてしまって
ソフィア   なんてことしてくれたの!って…助けてくれたのに…
ソフィア   ミアは、とてもつらそうに謝っていました
ソフィア   ミアは悪くない。私こそごめんなさいって言いたかったのに
ソフィア   金縛りにあったみたいに動けなくなってしまって
ソフィア   ミアは今にも泣きだしそうでした
ソフィア   謝らくちゃ、謝らなくちゃって。でも体が動かなくて
ソフィア   そんな時に、ヘンリーが、
ソフィア   ヘンリーというのは、あっちの売店で働いてる男の子なんで
       すが
ソフィア   彼が、ミアのモップを取り上げて
ソフィア   ほら、さっさと掃除するぞってミアの肩を叩いたんです
ソフィア   それから私に、早く花の面倒を見ろって。そのままじゃかわ
       いそうだって
ソフィア   その瞬間、私は動けるようになって
ソフィア   花よりも先にミアを抱きしめていました
ソフィア   謝って泣いて、ミアも泣いて、謝って…
ソフィア   それで、ヘンリーにお礼がしたいんです
ソフィア   ありがとう、あなたのお陰で親友を失わずにすんだって
ソフィア   お花を、贈りたいなって思っていて…
ジョージ   素敵な話ですね。彼にはどんな花を贈るつもりなんですかな
ソフィア   それが…どの花を贈ったらよいのか…
ソフィア   いつもは、迷うことないんです
ソフィア   誰に、どんなお花を贈ればいいか、自然とわかるというか
ソフィア   だけど、ヘンリーにお花を贈りたいのに、お花が応えてくれ
       なくて…
ジョージ   きっとどの花を選んでも、ヘンリー君は喜ぶと思いますよ
ジョージ   あなたが選んでくれた花ならば
ソフィア   そう、ですか。そうだといいですけど
ジョージ   ええそうです。間違いありません
ソフィア   ありがとうございます。ではもう少し悩んでみます。
ソフィア   はい、花束も出来上がりましたよ
ソフィア   改めまして、姪御さんのご結婚、おめでとうございます!
ジョージ   ありがとうございます。では、私はこれで
ジョージ   ヘンリー君、喜んでくれるといいですね
ソフィア   はい! お気をつけていってらっしゃいませ

 少し間をおいて

ジョージ   若人たちのために、新聞でも買っていきましょうか


 少し間を置いて



オリビア(N)   汽車に乗るのはティータイムのあとで

オリビア   危ないところでしたわね
ジョージ   えぇ、本当に助かりました。ありがとうございます
ジョージ   まさか一日に二回もモップに轢かれそうになるとは
ジョージ   ミアさんには困ったものです
オリビア   あら、ミアをご存じなのかしら
ジョージ   ええ、先ほど汽車を降りたときに早速轢かれかけまして
オリビア   あらあら。あの子らしいわね
ジョージ   すっかり友達になってしまいました
オリビア   ふふっ、変わってるけどいい子でしょ、あの子。
ジョージ   ええ、ロンドンいちの花売り娘も紹介して頂きましたし
ジョージ   感謝していますよ
オリビア   それは良い出会いでしたね。
オリビア   そうだわ、お時間があるなら紅茶でもいかがかしら?
ジョージ   素敵なお誘いですが、次の汽車に乗らねばなりませんので
オリビア   まだ時間はあるわ、最近の紳士は助けられてお礼もできませ
       んの?
ジョージ   そこまで言われては。では、僭越ながら私ジョージにお礼を
       させて頂けますか
ジョージ   お手をどうぞマダム
オリビア   マダムはちょっと嫌ね
オリビア   私はオリビアよ。オリビア・アーネット
オリビア   ミス オリビアですからね


 少し間をおいて

ジョージ   素敵なお店ですね
オリビア   ええ
ジョージ   どうも私のような田舎者には眩しすぎますな
オリビア   ご謙遜なさらずに。一見田舎者風ですけど、確かな気品を感
       じますわ
オリビア   何かを隠すにしても、その服はやりすぎね
ジョージ   私はただの田舎の隠居ですよ
オリビア   今は、そういうことにしておきましょうか
ジョージ   あまり、納得頂けていないようですね
ジョージ   どうやら貴方の瞳には私より多くのモノが映っているようで     
       す
オリビア   ふふっ、そうですわね。女は魔性。
オリビア   さしずめその目は魔眼。あなたのことがよく見えますわ
ジョージ   ふむ、チャーミングとはよく言ったものですな
ジョージ   あまりあなたの瞳を覗いていると吸い込まれてしまいそうで
       す
オリビア   まあ。それはとても楽しそう
オリビア   私の瞳の奥で、私と同じものを見て生きるのですね
ジョージ   それはさぞ至福でしょうな

オリビア   ねえ、ジョージ

ジョージ   私の名前をご存じでしたか、どこかでお会いしましたかな
ジョージ   貴方のようなご婦人を忘れるほど、老いたつもりはなかった
       のですが
オリビア   安心してください。お会いするのは初めてですわ
オリビア   でも、私は、あなたを知っているのです
オリビア   これも、魔眼の力かしら
ジョージ   魔眼、ですか。なんだか少々恐ろしく思えてきましたな
オリビア   ふふ、あなたでも怖いものがあるのね
ジョージ   怖いもの、だらけですよ
オリビア   そう……
オリビア   「スコット・オールドリッチ」
ジョージ   なっ
オリビア   どうして私があなたの名前を知っているか、わかったかしら
ジョージ   スコット…軍曹…。あなたは、スコットの
オリビア   婚約者、だったただの女よ
オリビア   結婚はできなかったの
ジョージ   スコットは
オリビア   いいの、知ってるわ
オリビア   全部、知ってる
オリビア   彼に何があったのか、全部わかってる
オリビア   あなたのことも、彼からよく聞いていたわ
オリビア   …ごめんなさい、あなたを責めるつもりで呼び止めたんじゃ
       ないの
オリビア   本当よ
ジョージ   オリビア…
オリビア   さっきミアとぶつかりそうになったあなたを見て
オリビア   一目でわかったわ、この人がジョージだって
オリビア   そしてほんの少し話しただけで、あの人がほれ込む理由もわ
       かったわ
オリビア   私は、貴方の中に彼を見ていた
オリビア   でも、その席にあなたが座ったとき
オリビア   どうしようもない気持ちがあふれて
オリビア   あなたを責められない、責めても仕方がないのに
ジョージ   ロンドン駅、セントラルカフェ、テラス席、7番テーブル
オリビア   えっ
ジョージ   スコットは、このテーブルで、あなたにプロポーズした
オリビア   どうして
ジョージ   申し訳ありません、彼の名前を聞くまで、この場所を思い出
       せませんでした
ジョージ   スコットはいつもあなたの話をしていた
ジョージ   作戦の内容もそっちのけで、部下にも我々上官にも恥ずかし
       げもなく自慢していました
ジョージ   バラを一輪。贈ったそうですね
オリビア   ええ、指輪を買うお金がなかったんですって
ジョージ   バラを一輪。私は花に詳しくありませんがその意味くらいは
       知っています
オリビア   彼は、知らなかったと思いますわ、きっと
ジョージ   私には妻も子もいません
ジョージ   彼のような若者を、何に変えても救い、家に帰すべきだった
       のです
ジョージ   申し訳ありません
オリビア   今日は、彼の命日なんです
ジョージ   そうでしたね
オリビア   もう、何もかも昔の話です。この2本のバラも、何の意味も
       ないのかもしれません
オリビア   生娘でもあるまいし、取り乱して申し訳ありませんでした
オリビア   ジョージ・フィッツロイ大佐、今日はあなたに会えて光栄で
       した
ジョージ   私こそ。女王陛下と同様の敬意をあなたに
ジョージ   オールドリッチ婦人


 少し間をおいて


ミア(N)   ロンドン発

ミア   あれ? ジョージ! まだいたの
ジョージ   おや、ミアさん。こんなところまで掃除ですか
ミア   あったりまえだよ。ミアは駅の中は隅々まで掃除してるんだから
ジョージ   他に清掃員はいらっしゃらないので? さっきからミアさん
       しか見かけていない気が
ミア   あっはっは! それはミアちゃんが可愛いから目立ってるだけだ
     よ!
ミア   みんなちゃんと掃除してるよ!
ジョージ   そうですか。確かにそうでしょうね
ジョージ   清掃員がみなミアさんの様では、大変でしょう
ミア   どういう意味よ
ジョージ   はっは、皆見とれてしまうという意味ですよ
ミア   まったくそうは聞こえなかったけど? 
ミア   あ、花束!
ジョージ   ミアさんの仰る通り、素敵な方でしたよ
ミア   そうでしょう! ミアちゃんの言うことに間違いはないのよ!
ジョージ   ロンドンにきて私が学んだのは、それですね
ミア   あっはっは、大事なことだから忘れちゃだめだよ!
ジョージ   ふふ、肝に銘じておきましょう
ミア   ジョージ、何かあった?
ジョージ   いえ、ちょっと旧い知人に会いまして
ミア   そう。ここは色んな人がいるからね
ミア   あんまり気にしちゃだめだよ
ミア   ミアちゃんを見習って、明るく生きないと!
ジョージ   どんなに頑張ってもミアさんには勝てそうもありませんな
ミア   それでも頑張りなさい!
ミア   誰かのために生きなさいってママがよく言ってたわ
ミア   だからあたしはいつも誰かのためになりたいの
ミア   掃除だってみんなの為になってるでしょ?
ミア   落ち込んでる暇なんてないのよ! あたしには 
ミア   ……ジョージ。あなたはいい人よ
ジョージ   そう、ですかな
ミア   ちょーっと意地悪なところもあるけれど
ミア   きっとあなたは、いつも誰かのために生きてきたのね
ミア   大丈夫、あなたは悪くないわ
ミア   だから
ジョージ   私は
ミア   だから泣かなくていいのよ、ジョージ
ミア   あなたは、大丈夫。大丈夫なのよ
ジョージ   ありがとう、ございます

 少し間をおいて

ミア   ほら、そろそろ汽車が出るんじゃない?
ジョージ   ええ、そうですね。少し急がねばなりません
ミア   なーにしてんのよ! いい年して泣きじゃくってるからじゃな
     い!
ジョージ   別に泣きじゃくっては
ミア   お黙りなさい! ミアちゃんのモップが火を噴くわよ!
ジョージ   消火バケツを用意するまで待って頂けますかな
ミア   あっはっは! 大丈夫そうね!
ミア   あんな辛気臭い顔して姪御さんの結婚式になんて行かせられない
     わ
ミア   目いっぱいお祝いしてなさい!
ジョージ   本当に、ありがとうございました
ジョージ   ぜひ、お礼をさせて頂きたいのですが
ミア   そんな暇ないでしょ、ほら早く行きなさいって
ジョージ   式が終わったら帰りの旅が始まります
ジョージ   その時、またこの駅にきますから
ジョージ   その際には、紅茶でもいかがですかな
ミア   なにそれ? ナンパ? でもまあいいわ
ミア   ジョージのおごりなら付き合ってあげる
ミア   そのせいで帰りの汽車に乗り遅れても知らないから
ジョージ   なに、心配はいりませんよ、ちゃんと予定してありますから
ミア   予定?
ジョージ   ええ。ちゃんと手帳に、ほら


ミア   …汽車にのるのは、ティータイムのあとで


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