【声劇台本】三番通りのバス停【0:1:1】



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よろしくお願いいたします。

三番通りのバス停

作者:どや


<<配役紹介>>  
  
バス停  ※性別不問
     廃線となった路線のバス停。ずっと女性を見守っている
     執筆時は男声を想定していますが、
     女声でもなんら問題ありません。
     左記の女性役を男性がやる場合、
     彼女↓彼などの読み替えが出てきます。
     前読み時にチェックをお願いします。
  

女性  子供から老女まで。一人の女性です。
    便宜上「老女」「少女」「学生」「中年」としていますが、
    演じ分けについては、気軽に考えてください。
    男声で行ってもよいですが、その際は一人称等前読み時に変更箇所
    を必ずチェックしてください。
    この役を男声でやるのはおすすめしません。

<<注釈>>
     ト書きについては、()でくくってあります。
    
     わかりづらい表現があれば、ご連絡頂ければ訂正していこうと
     思います。
     よろしくお願いいたします。

  
  この先より本編となります。よろしくお願いいたします。
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バス停  「もうここに、バスが来ることはないのか」
     朝から一本もバスが来ない
     定刻通りに来ないのはいつものことだが、
     まさか一本も来ないとは。
     もう何年も採算が取れていなかったと聞く
     どうやら廃線というのは本当らしい
     私はここで、多くの人を見送り、出迎えてきた。
     どのくらい、そうしていたのだろう
     記憶はおぼろ気で、多くは覚えていない
     「私の役目も、終わったということだ」
     座るたび、大きく軋む(きしむ)ベンチに目をやると
     ところどころ欠けてしまった背板(せいた)にも
     勲章(くんしょう)のごとき輝きを感じる
     彼もまた、役目を終えた
     ほっとしているのだろうか。
     それとも、悔しいのだろうか
女性  (老女)お疲れ様でした
バス停  老いた女性が深々と頭を下げ、労い(ねぎらい)の言葉をくれた
     この女性のことはよく覚えている。
女性  (老女)せっかくいいお天気ですから、少しお話しをしませんか
バス停  彼女が優しくベンチに腰掛けると、まるで返事をするかのように
     ギシっと、ベンチは応えた
     どうやら、彼はまだまだ引退する気はないようだ。
女性  (老女)気が付けば、もうずいぶん、長い付き合いになりましたね
バス停  そう。長い付き合いだ
     彼女が幼く、まだ母親に手を引かれていたころ、
     私たちは出会った。
女性  (老女)今でも不思議に思っているわ
    (老女)あれは偶然だったのかしら
バス停  彼女を強く記憶することになったきっかけ
女性  (老女)みんなは、ただの偶然だ、
        風が吹いただけだというのだけれど
バス停  大きな入道雲がゆうゆうと泳ぎ、セミが随分とやかましい、
     暑い夏の日
女性  (老女)それでも私はね、あなたが助けてくれたと、
        今でも思っているのよ

    (微笑みかけるように)
女性  (老女)ねえ、バス停さん。
  
     (ちょっと間をあけて、タイトルコール)
バス停  三番通りのバス停
  
     (間)
  
女性  (少女)バス停さん、こないだは、ありがとうございました
バス停  「どういたしまして」
     私の声が届くはずはなかったが、私ははっきりと答えた
女性  (少女)ケガは、なおりましたか
バス停  「なんのなんの。あれくらいなんでもないよ、お嬢ちゃん」
     不思議な子だ。
     正面切ってお礼を言われるのも、心配されるのも初めてのことだった
     私は何の変哲もないバス停。
     誰かの気に留められることなんて、ない
     (女性、何かに気づいたように)
女性  (少女)あっ!
バス停  「どうしたね、お嬢ちゃん」
女性  (少女)やっぱりケガっ! なおってない……ごめんね
バス停  どうやらポールが少しへこんでいるようだ
     今にも泣きだしそうな少女を前に、私は必死におどけてみせた
     「大丈夫だよっ! このへこみはね、ダイエットの成果さ」
     「ほらみて! セクシーなくびれでしょ?」
女性  (少女)まって! わたし、ばんそうこう持ってる!
バス停  小さなショルダーポーチから、何やらキャラクターが描いてある、
     随分とかわいい絆創膏(ばんそうこう)を取り出して
     少女は私のへこんだポールを隠してくれた
女性  (少女)これですぐになおりますよ! よくがんばりましたね!
バス停  「ありがとうございました、先生!」
女性  (少女)へへっ。よかったー
バス停  どうやら泣き顔はみないですんだようだ
女性  (少女)ねえねえ、バス停さん
バス停  「なにかな、お嬢ちゃん」
女性  (少女)こないだ、バス停さんが助けてくれた話をね
    (少女)みんなにしたの
バス停  「うんうん」
女性  (少女)そしたら、みんなそんなの、ただの偶然だっていうの
    (少女)お父さんも、お兄ちゃんも、
    (少女)たまたま、風でも吹いたんじゃないかって……
    (少女)一緒にいたお母さんまで……
バス停  「きっと、そう言うだろうね」
女性  (少女)昨日、おばあちゃんにバス停さんの話をしたの
    (少女)おばあちゃんは、
        「それはきっと、バス停の神様だね」って
    (少女)神様が、あなたを助けてくれたのねって
    (少女)よく、感謝してきなさいって
    (少女)バス停さんは、神様なの?
バス停  「あっはっは、神様か。私が神様」
     少女から、純粋な好奇心を向けられて、なんだかこそばゆい
女性  (少女)みんな信じてくれないけど、いいの! わたしが信じてるから。
    (少女)ね! わたしの神様!
バス停  私はただのバス停。目印としてここに立ち、
     バスに乗る人を見送り、降りてくる人を出迎えるだけ。
     神様だなんて、そんな立派なものなら、何か力があるのなら
     キミに届けたいものがあるよ
女性  (少女)バス停さん、こないだ倒れちゃったから、ちょっと汚れちゃったね
    (少女)雑巾もってきたんだ! 綺麗にしてあげるね! 
(一呼吸おいてから)
バス停  「ありがとう」
     私の声が、届くわけはなかったが
     彼女は一瞬驚いたような顔をした後、にっこりと笑った
  
バス停  風でも、吹いたのだろうか。
  
  
 ( 間 )
  
女性  (老女)ふふっ、とっておきの、魔法の絆創膏だったんだけどね
    (老女)バス停さんのケガは治せなかったみたい
バス停  かつての「くびれ」をさすりながら、彼女は微笑んだ
     「なにをおっしゃる。おかげ様で、すっかりよくなったよ」
女性  (老女)あの時は本当に怖かった
    (老女)お陰で今でも犬は苦手なんですよ
バス停  「気が合うね、私も犬は苦手なんだ」
     「あいつらは私を見ると、すぐおしっこをかけてくるんだよ」
女性  (老女)バス停さんが倒れてきて、驚いた野良犬は逃げて行った
    (老女)今では、野良犬なんてめったに見ないけど
    (老女)大きな鳴き声が聞こえると、身がすくむの
    (老女)こんなおばあちゃんを襲っても、
        食べるところなんてないんだから
    (老女)心配することもないと思うんだけど
    (老女)おかしいわよねぇ
バス停  話をしながら、左の手の甲をさするのは、
     昔から彼女のくせだった
     「誰だって、苦手なものは苦手さ」
女性  (老女)でもおかげで、
        バス停さんと沢山お話をするきっかけをもらったわ
    (老女)何かあるたびに、あなたのところで笑ったり、
        泣いたり
バス停  「キミはいつも私をピカピカにしてくれたね」
     あれ以来、彼女は私のところに来ては
     楽しかったことや、嬉しかったことを話していった
     時には、怒っていたこともあったかな
     とにかく今日まで、あきれるくらい話しをしてきた
女性  (老女)あら、これは学生の頃だったかしら。
バス停  ベンチの欠けた背板(せいた)を見て、何か思い出したようだ
     「土砂降りの中、もう辺りは真っ暗で、
      キミは息を切らして走ってきたね」
  
 ( 間 )
   
女性  (学生)ああっもう! 最悪っ!
バス停  「どうしたんだい。傘もささずに、こんな雨の中」
女性  (学生)今日、こんなに雨降るなんて言ってた?!
バス停  「さあ、でも朝から天気は悪かったよ、風も湿っていたし」
     ベンチに学生カバンを放り投げた彼女は、
     いつもと様子が違って見えた
女性  (学生)あれ、タオルが……あったあった
バス停  「何かあったのかい、お嬢さん」
女性  (学生)約束はすっぽかされるし、雨にはふられるし!
    (学生)あーあ、星座占い一位だったのに
バス停  誰に聞かれるはずもない、その独り言に
     私だけが耳を傾けていた
女性  (学生)ここに来るのも、なんだかすごい久しぶりな気がする
バス停  「そうだね、元気そうでなによりだよ」
女性  (学生)バス停さんが、小さくなった
バス停  「お嬢ちゃんが、大きくなったんだよ」
女性  (学生)次のバスは…あちゃあ、2 分後か……
    (学生)ま、仕方ないか! 
        慌てて服を拭かなくて済むってもんだ!
バス停  間(ま)の悪さに落胆したかと思えば、すぐに鼻歌を歌い出した
     本当に、みてて飽きない子だ
女性  (学生)うーん……
バス停  「どうしたんだい。そんなにうなって。こっちを見ちゃって」
女性  (学生)このままだと、バス停さん、錆びちゃうんじゃない?
バス停  「雨ざらしだから、まあ、その内錆びちゃうかもね」
女性  (学生)いいこと思いついた!
バス停  嫌な予感がする。
     彼女はこれまでにも、何度となく今と同じ目を私に見せた。
     そしてその度、ろくなことにはならない
女性  (学生)よし。バス停さんを雨から救出大作戦!
バス停  「なんだって?」
 ( 女性が一生懸命バス停を動かそうとする )
女性  (学生)もう、ちょっとっ…こっちに…寄せれ、ばっ…
バス停  「こらこら、やめなさい。怪我したらどうするんだい」
     そもそも私はバス停なんだから、
     錆びたところでどうということでもないんだが
     一生懸命、私を屋根の下まで押し込もうとする彼女は、
     なんだか楽しそうだった
女性  (学生)おもっ…たい! バス停さん、なんでっ、こんな、
        おもいの!
    (学生)ダイエット、しな、さいっ!
バス停  「軽かったら風で飛んでっちゃうでしょ、
      無理いわないでおくれ」
     なかなかどうして、彼女はじりじりと私を動かし、
     ついに屋根の下までやってきた
女性  (学生)まだっ、あと、ひといき!
バス停  「もう十分だよ、ここなら雨に濡れな――」
女性  (学生)きゃっ! バス停さんっ
バス停  まいった
     ベンチにキスをする趣味はなかったのだが
     最後のひといきと押し込まれた私はバランスを崩し、倒れた
女性  (学生)あちゃー……
バス停  バツの悪そうな顔をしている割には、
     あまり反省している様子がない
女性  (学生)ベンチ、壊れちゃった…?
    (学生)で、でもこれで! バス停さんは錆ないし!
    (学生)これも、青春ってことで! あは、あはは!
バス停  「まったく…だから言ったのに」
     倒れた私を起こしながら、彼女は笑っていた
     雨音だけ、というのはなんだか新鮮だ
     新鮮。
     何も変わらないはずの日常に、
     彼女はいつも何かをもたらせてくれる
     退屈をしていたと思ったことはない
     だが、彼女が来ると、楽しい。
  
女性  (学生)私ね。
  
バス停  私を屋根の下になんてしてる間に、
     彼女はまたすっかり濡れてしまった
     雨を拭った(ぬぐった)タオルを絞りながら、
     ぽつりとつぶやいたその一言は
     欠けたベンチの背板(せいた)をなでる時よりも、
     バツが悪そうだった
     何かあった。
     彼女が来た時にわかっていた
     私は、見ないふりをしようとしたのだろうか
     楽しい時間の終わりを、認めたくなかったのだろうか
  
女性  (学生)私、引っ越すんだ。遠くに。
  
バス停  「そう、かい」
女性  (学生)仕事、決まったんだ
    (学生)神様には、ちゃんとお礼をしないとって、思って
バス停  喜ばしいことだ。この子はきっと素敵な大人になるだろう
女性  (学生)だから、最後に、雑巾もってきたんだ
バス停  「錆びないように、綺麗に拭いてくれるのかな」
     彼女を泣かすまいと、明るくしてみても、まるで用を成さない
     この子はもう、子供ではないのだ
女性  (学生)すごく、遠いんだ。すごく、すごく…
バス停  ゆっくりと、雑巾は重くなっていく
女性  (学生)もう………
バス停  言わないでくれ
女性  (学生)もう……
バス停  お願いだ、やめてくれ。
女性  (学生)もう、会えなくなっちゃうね……神様…
バス停  雑巾を握りしめたまま、彼女は震えていた
     ああ、せっかく屋根の下に来たというのに。
     彼女を祝福しなければいけないというのに。
     このままでは、また濡れてしまう
女性  (学生)さようなら……バス停さん…っ
  
バス停  誰か、屋根の修理をしておくれ
     このままでは、錆びてしまう
  
  
  
バス停  私はただのバス停。目印としてここに立ち、
     バスに乗る人を見送り、降りてくる人を出迎えるだけ。
     神様だなんて、そんな立派なものなら、何か力があるのなら
     きっと私は、この愛しい子の頭を、
     そっと、撫でただろう
  
 ( 間 )
  
バス停  彼女が去り、私は神様からただのバス停に戻ったようだ
     どうやらバス停は動いてはいけないルールらしい
     彼女が必死に連れてきてくれた屋根の下の暮らしも
     長くは続かなかった。
     目印が動いては、皆困るというもの。仕方がない。
     私は、正しくバス停であろうと思う
     季節の巡りも数えず
     毎日、毎日。
     どれほど見送り
     どれほど出迎え
     どれほど雨に打たれようとも
     ここに立ち続ける
     あの子は私を神様といった
     神とはきっと、堂々としている
     私もそうあろう
     神とはきっと、人への祝福をためらわない
     私もそうあろう
     ただバス停として、あの子の神様として、正しく立っていよう
     いつまでも
     あの子が、もう二度と、現れないとしても
  
  
 ( 間 )
   
女性  (中年)お久しぶりです、神様
バス停  子供の手を引く女性が、私を神様と呼んでいる
     そんなはずはない。しかしきっとそうだ。
女性  (中年)ほら、ちゃんと挨拶なさい。私の神様なのよ
バス停  「ずいぶん、歳をとったね」
女性  (中年)バス停さんは、すっかり錆びてしまいましたね
バス停  その声を、笑顔を、私は覚えていた
     忘れるはずがなかった
女性  (中年)雑巾だけじゃ、だめかしら、これは。
バス停  「墓参りじゃないんだよ、まったく」
     私の声は届かない。届くわけがない。
     そんな当たり前のこと、気にしたことなどなかったはずだ
     「久し、ぶりだね」
     どれ程慕われても、どれ程尽くされても
     届くことはないんだ
     彼女と、言葉を交わすことは出来ない。
女性  (中年)何にも変わってないですね、この辺りは
    (中年)懐かしいな
バス停  「私は、バス停としてずっと正しく立ってきた」
女性  (中年)次のバスは……お、すぐくるよ! ラッキーだね
バス停  「毎日、毎日、堂々と立ち続けてきた」
女性  (中年)どこまで行こうか、お母さんが通ってた学校見に行く?
バス停  「来る日も来る日も、皆を見送り、出迎えてきた」
女性  (中年)美味しいパン屋さんがあるんだよ
バス停  「キミの神様として…正しく、バス停として…っ」
女性  (中年)えー、あっちむいてほい? ズルするからなぁ、どうしよっかなぁ
バス停  「どうしてっ! どうして私に声をかけたっ!」
女性  (中年)あ、バス来たよ! じゃあ、
        椅子に座れたらあっちむいてほいしよっか
バス停  「どうして…、聞いてくれない……どうして届かないっ!」
     いつも時間通りになど来ないバスが、定刻より早く来るなんて
     「なんで…、そんなに笑っているんだ…幸せそうに……」
女性  (中年)じゃ、バス停さん。またねっ
バス停  何を、言っているんだ…私は。
     ………私は、
     ……………ただのバス停だ
女性  (中年)バス停、さん?
バス停  ………
女性  (中年)また、ね…
  
 ( 間 )
  
  
 ( ここから女性の年齢がめまぐるしく動きます。
   難しい場合は、優しい声で、バス停に語り掛けてください。
   先ほどまでのセリフも出てきますが、表現は自由にお願いします。 )
  
 ( バス停の意識の中 )
バス停  なぜ、また声をかけたんだい
女性  (中年)お久しぶりです、神様
バス停  私は、立派にやっていたじゃないか
     バス停として、キミの神様として
女性  (少女)バス停さん、こないだは、ありがとうございました
バス停  なんのことだい、私は、何もしていない
     私は、バス停として、正しく、ただ、正しく立っていただけ
女性  (学生)これで、バス停さんは錆びないし
バス停  よく見なよ。あちこち錆びて、ボロボロさ
     せっかくキミに連れて行ってもらった屋根の下だったけど
     すぐに元の位置に戻されてしまった
女性  (少女)けが、なおってないの?
バス停  けが? 怪我なんてしてない!
     私は、怪我なんてしない!
女性  (中年)いいえ、大変な傷よ。
        絆創膏(ばんそうこう)を貼りましょう
バス停  よせっ! そんなもの必要ない! 私は、
女性  (学生)またまた、無理しないでよ。これは相当痛いでしょ
バス停  何がわかる…
女性  (中年)わかりますよ
バス停  何がわかるっ…
女性  (学生)わかるよ
バス停  何がわかるっていうんだっ!
  
女性  (少女)バス停さん。寂しかったんだね
  
バス停  っ………さび、……しい……
  
女性  (少女)おばあちゃんが言ってた
    (少女)神様は優しいけど、とっても寂しがり屋さんなんだって
バス停  私は、記憶があまりないんだ、随分長くバス停をしているが
     おぼろ気で、何かを掴もうとすると消えてしまう
女性  (学生)私は、バス停さんとの思い出沢山あるよ
バス停  思い出…、それは記憶とは違うのかい
女性  (中年)ええ、違うわ。思い出は、大切な人と過ごした時間
    (少女)過ごした時間の分だけ、思い出の砂が降ってくるの
    (中年)静かに、静かに、二人の時間は積み重なっていく
    (学生)楽しかった思い出、辛かった思い出
    (学生)抱いた感情は振り子を揺らして時を紡ぐ(つむぐ)
    (少女)少しずつ、少しずつ、振り子の揺れは大きくなる
    (中年)紡がれた時に誘われて、また砂が落ちる
バス停  私は、バス停だ…
     私に時間なんて、流れていない…
     いつまでも、いつまでも、ただここに立っているだけ
女性  (少女)バス停さん。わたしを助けてくれたこと、覚えてる?
バス停  おぼえ、ている。犬が…キミに吠えていたんだ
女性  (少女)バス停さんは、いきなり倒れて、
        犬をびっくりさせたんだよね
バス停  ああ。そうすれば、逃げていくと思って…
女性  (少女)きっとあの時、私たちの縁(えん)はつながったんだよ
バス停  縁、が……
女性  (学生)あれから私は、バス停さんといろんな話をしたよね
バス停  ああ…ぬいぐるみを笑われて喧嘩したとか
女性  (学生)ふふっ、好きな子にあげるプレゼントで悩んだりとか
バス停  キミは、泣いたり笑ったり、忙し(せわし)なかったから
     あげだしたらキリがないな
女性  (学生)そのひとつひとつが、小さな思い出の砂。
バス停  思い出の、砂……
女性  (少女)バス停さんは、いつもわたしの話をきいてくれた
    (少女)一緒に、笑ったり、おこったり、かなしんでくれた
バス停  それは、キミの話が――
女性  (少女)それが感情の振り子
バス停  時を、紡ぐっていうのは一体、
女性  (中年)気持ちが昂れ(たかぶれ)ば、少しずつ振り子は揺れて
    (中年)時は早くも、遅くも、紡がれる
    (中年)振り子が止まると、時が止まる
    (学生)時が止まれば、砂は降らない
    (学生)バス停さん。どうして泣いているの?
バス停  寂しかった、から…
女性  (中年)バス停さん。どうして怒っているの?
バス停  キミに、声が、届かないから…
女性  (少女)バス停さん。もう大丈夫だよ
バス停  大丈、夫…なわけ、ないじゃないか
女性  (少女)よーく耳を澄まして…聞こえるでしょ。
        また砂が降り出した音がする。
バス停  そんなの、聞こえないよ…
女性  (学生)私たちの縁はちゃんとつながってる
女性  (中年)降り積もった思い出は消えない
バス停  私と、キミとの…思い出……
女性  (少女)言葉は交わせなくても、ちゃんと通じ合ってるよ
バス停  そう、だろうか…
女性  (学生)もうしっかりしてよ、神様なんでしょ
バス停  いや、私は、ただのバス停で
女性  (中年)今度、仲直りしにいきますから
    (中年)初めてのけんかに、初めての仲直り
バス停  別に、ケンカなんてしたつもりはないよ
女性  (少女)あっはは、子供みたい
バス停  むぅ…
女性  (学生)とにかく。雨降って地固まるって言うでしょ
バス停  ずぶ濡れは十八番(おはこ)だからねぇ、キミは
女性  (中年)ふふっ、バス停さん、大分調子がもどってきたみたい。
バス停  ……。どうなんだろうね。ここは私の意識の中。
     彼女の姿をしたキミたちとの会話は、ただの自問自答だよ
     都合のいい解釈にすぎないかもしれない
女性  (学生)その割には、随分すっきりしてるように見えるけど
女性  (少女)むずかしいことはわからないけど、元気になってよかったね
バス停  「ああそうだね、掃除をしてもらわないとな。いつものように」
     日はすでにとっぷりと暮れていた。
     今は、秋、だったか
     そんなことも覚えていないだなんて
     気が付けば、頭の中の彼女たちは、いなくなっていた
     鈴虫の鳴く声が心地よい
     「初めてのケンカと、仲直りか」
  
  
 ( 間 )
  
  
バス停  それから、彼女はしばらく姿を見せなかったが、
     ある日、子供を連れて
     いつぞやに見た、バツの悪そうな顔をしてやってきた
女性  (中年)バス停さん、ただいま。この間は、ごめんなさい
バス停  私は、きっと今笑っているのだろう
     振り子が揺れるのを小さく感じる
     しかし、彼女の両手にいっぱいの掃除道具を見て
     どうやら私の振り子は、より大きく揺れだした。
女性  (中年)さあ! ピッカピカにするわよ! 私の神様を!
バス停  小さな砂は、また降っているのだろうか
女性  (中年)ほらほらっ! ちゃんと手伝って! まずは錆を落とすのよ!
バス停  この声が届かなくてもいい。
     言葉など交わせなくてもいい。
     私たちはきっと、通じ合っている
女性  (中年)主婦をなめないでねバス停さん。
        必ず新品みたいに綺麗にしてあげるわ
バス停  「おかえり、こちらこそ、ごめん」
     風になど、頼るものか
  
  
 ( 間 )
  
  
女性  (老女)懐かしいわねぇ
バス停  「そうだね」
     懐かしい、か。ふふっ。
     「無茶ばっかりしてたからなぁ。昔のキミは」
女性  (老女)せっかく、バス停さんが錆びないように動かしたのに
    (老女)ひどい人たちもいたものだわ
バス停  「無茶言わないでよ。仕方ないでしょう、バス停なんだから」
女性  (老女)あのときは……
    (老女)あのときは、さよならなんて言っちゃってごめんなさいね
    (老女)またね、って言えばよかったって、ずっと後悔していたんですよ
バス停  彼女は、小さく左の手の甲をさすっていた。
女性  (老女)ここに帰ってきたとき。
    (老女)なんだか、バス停さんに嫌われた気がして
    (老女)また足を運ぶのが怖かった
バス停  彼女が落とした視線を追うと、随分と影が長い
     こんなに話し込んだのは久しぶりだった
女性  (老女)でも、娘がね
    (老女)お母さんの神様なんでしょ、
        謝ったら許してくれるよって、笑うんですよ
    (老女)それで、勇気を出して、仲直りをしに行ったんです。
バス停  「キミの娘らしい。いい子だね」
女性  (老女)バス停さんには、昔から何でも話してきたのに
    (老女)この話だけが、怖くて、ずっと言えなかった
バス停  「そんなこと、気にしなくていいのに」
     しばらく、伸び続ける影を見つめていた彼女は、
     何か決意したように、とても晴れやかにこちらに向き直った
     このころころと変わる表情も、いつもの彼女だった
女性  (老女)ねえ、バス停さん。
バス停  「なにかな、お嬢さん」
女性  (老女)どうして私は、あなたを神様だって信じてると思います?
バス停  「おばあさんに言われたから、でしょ。覚えてるよちゃんと」
女性  (老女)これは誰にも言ったことがないんだけれど
バス停  彼女のキラキラとした目は、まるで少女の頃のまま。
女性  (老女)あなたにお礼を言いに行った、あの日…
バス停  彼女の言葉は、大きく振り子をゆらす
バス停  それを望んではいけないと、自分を戒めて(いましめて)きた
女性  (老女)あなたを初めて綺麗にしたときに、私は、
バス停  通じ合っていると信じられれば、それでいいと、自分を納得させてきた
  
  
女性  (指定なし)「ありがとう」って聞こえたんです
  
  
バス停  …………届いて、いたのか……っ…
  
  
女性  (指定なし)私の声はあなたに届いているのでしょうか
バス停  …キミに、ちゃんと…届いていた
女性  (指定なし)出来ることなら、もう一度、きちんとお礼が言いたくて
バス停  私は、キミにずっと謝りたかった
女性  (指定なし)あの時からずっと、ずっと、ありがとうございました
バス停  私が言いたいんだ、ありがとうって、キミにっ
女性  (指定なし)いつか、
          あなたと本当にお話が出来るんじゃないかって
バス停  いつも話していたとも。いつもいつも、話してきたとも
女性  (指定なし)このバス路線も、廃線になると聞いて
    (指定なし)いつ、あなたがいなくなってしまうかわからないと知って
    (指定なし)もう、これ以上我慢できません
    (指定なし)もう一度。もう一度でいいんです。
          声を、聴かせてくださいっ
バス停  きっとこれが、最後の会話に、なるんだろう
     でも大丈夫。怖がることなんかないんだ
     私の声は、届いていた。
  
バス停  「お嬢ちゃん。ほら、笑って。いい子だから」
  
バス停  彼女は、ゆっくり目をつむり、小さく頷いて(うなずいて)いた
女性  (指定なし)バス停さん、ありがとう
バス停  思い出の砂が降る音か。やっと聞こえたよ
  
バス停  「どういたしまして」
  
  
  
  
バス停  夕暮れの三番通りには
     穏やかな風が、吹いていた。
  
  
  了
  

 台本を選んで頂きありがとうございました。
もしご縁がありましたら、またお願いいたします。
  
  


いつもサポートありがとうございます。 頂いたサポートは、皆様に還元できるよう頑張りたいと思います。 が、お金は大事です。サポートする前に、もう一度よく考えて…