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ギガデス

 渋谷、スクランブル交差点。
 その中心に男はいた。
 誰もが目を見張らずにはいられぬ美丈夫である。艶のある隆々とした巌の如き筋骨はミケランジェロの彫刻を想起させる神々しさすら漂わせており、古代の超人英雄の再来を思わせた。
 だが何より目を引くのは、全裸の上から股間に被せたペストマスクである。
 男の周囲には彼を公然猥褻罪容疑で現行犯逮捕を試みた警官達がのびていた。さらに離れた場所には増援の特殊急襲部隊SAT50人が同様に地に臥している。敵意を持って男の半径5m以内に近づいた者は総じて知覚を絶する高速で意識を刈り取られていた。
「遅い」
 仁王立ちで腕を組み静止していた男はそう呟くと、手首に巻いた日本製CASIOの文字盤に目を落とし、苛立たしげにペストマスクの鼻先を上下させた。
 そして再びある方角を凝視する。
 その視線は眼前の野次馬や彼を包囲し銃の照準を合わせた自衛隊の面々ではなく、それらを越えた遥か遠く──太平洋上へと向けられていた。

 空母「ぶっころ」から飛び立った航空自衛隊のF-X戦闘機は大赤斑の如き巨大颱風を遠巻きに観察していた。
 眼前の砂時計を思わせる壁雲は壮大というもおろかで暴力的な威容を放っており、かつて開闢した天地を再び繋ごうとしているかのようでもあった。
 数時間前、気象庁は太平洋上に颱風28号の発生を確認。気圧850hPa。最大風速90m。
 そして移動速度──時速0km。
 異常事態である。
 敵対国家の新兵器か?或いは天変地異の前触れか?
 即時偵察機が現場に急行したが強風で近づくことすらままならぬ。
 空母へ帰投するため機首を翻そうとした瞬間、それを知覚に捉えたパイロットの目は驚愕に見開かれた。
 身を震わせる、冥府の奥底から漂ってきたような歌声。

 いる・・──颱風の中に、何かが。

 その時、これまで不動を貫いていた颱風28号が突然、渋谷のスクランブル交差点──その中心に向けて進行を開始した。

【続】

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