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大森靖子 コーヒータイム

大森靖子のコーヒータイム
1番の歌詞が流石だなと感じる

野球は好きだけど
野球中継は見ない
あたしがチャンネル回した途端に
岸が 打たれたら どうしよう

友達のことも好きだけど
友達のブログは見ない
公園のベンチの内緒話だけ
おばさんになっても信じてる

他人からしたら本当にどうでもいいことにどうでもいい理由でグズグズこだわり続ける

逆上がりも できないまま
大人になっちゃって あたし

ここだよここ、友達に逆上がりができないことを馬鹿にされながら帰った小学生のあの時を痛いぐらい思いだす。
ここの歌詞の前と後ろはここの為に存在していると感じるほどすごく刺さる。
もう高校3年生にもなったのにまだ逆上がりはできない、鉄棒が上手い子や妹に何回教えて貰っても補助して貰ってもくるんとまわれない。
この先どんだけ歳をとって逆上がりを披露する機会がなくなっても(既にない)、あの劣等感は消えない気がする。逆上がりができない運動神経がない何してもトロい自分が嫌だと思うな。それは私がjkだからまたこんなどうでもいいことにこだわり続けているだけ?
人生のToDoリストに逆に劣等感でチェックされた逆上がりの項目

ファッション誌なんか
読んじゃって
やられた ってかんじだ

青はもう溶けた
春にもう溶けた

jkも残り数ヶ月になって青春という言葉を使うのが許されない年齢になってきた。
逆上がりなんてみーんなできたことができないまま大人になって、大して面白くない青春をぼんやりと過ごして、今更になってもう戻れないんだと感じる。

春はまた来る

最後の歌詞、春はまた来るなんてせいこちゃんほんと?本当に来るのかなあ、、

という風にまたこだわってみたり過去の事をおもいだしてみたりして時間を浪費してしまった。



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