木村草太『憲法という希望』(講談社、2016年)

主題…憲法や立憲主義は生活と深く関わっている。「個人」としての自由を保障する日本国憲法が、日常生活にかかわる問題を考えるうえで視座を与えてくれるのかを考える。

 1章では、憲法や立憲主義の基礎について説明がなされている。
 木村氏は立憲主義を説明するにあたり、「中世立憲主義」と「近代立憲主義」の相違を取り上げる。「身分」を前提とした自由を保障する中世立憲主義に対し、「身分」から切り離された「個人」としての自由を保障するのが近代立憲主義であり、現代の憲法を理解する上での出発点となるという。
 また、木村氏は権力を制限する憲法の説明をするにあたり、国家権力が成立するに至る三段階を説明する。その上で木村氏は、憲法の役割を国家の失敗を省みることにあると位置づけ、その国家の失敗とは、「無謀な戦争」「人権侵害」「権力による独裁」の3つを挙げる。これら3つの国家の失敗を繰り返さないよう、権力のあり方を定めるのが憲法の役割であると木村氏は指摘している。

 2章では、家族に関する法と憲法の関係が問題になった事例について取り上げられている。
 家族関連の法は、憲法制定以後の社会の変化に伴い、憲法上の規定と法の定めに齟齬が生じる傾向があるとされている。その例として、近年の非嫡出子相続分違憲判決や再婚禁止期間違憲判決などが挙げられるが、ここでは2015年の夫婦同姓の違憲性が争われた訴訟の解説がなされている。
 2015年の夫婦同姓訴訟の最高裁判決において、原告は「同姓を強制されない権利」に基づき同姓を強制する民法の規定は平等条項に反すると主張した。しかし最高裁判決は、民法の規定は性別による差別をしておらず、結婚の同意により姓の変更への同意がなされているとして、原告の主張を最終的に退けた。木村氏は本判決の敗訴の原因として、原告の主張の仕方に問題があった点を指摘する。木村氏によれば、平等条項に反することを主張するならば、同姓になることを許容するカップルと許容しないカップルの間の差別を挙げるべきであり、性別による差別の問題とするべきでなかったのだという。

 3章では、普天間基地移設問題と憲法の関係について論じられている。
木村氏は辺野古における基地移設の問題性は、法的根拠の少なさにあるとする。安全保障や地方自治に関する問題であるにもかかわらず直接的な法的根拠が2つの閣議決定でしかない点に問題があるのだという。その上で木村氏は、憲法との関係から基地移設を議論する上での「木村理論」を提唱する。木村氏によれば、第一に、憲法41条により国政の重要事項は立法によらなければならないとし、さらに憲法92条が規定するように沖縄の自治権にかかわる問題であることからも国会での法制定が求められるのだという。そして、基地移設は住民の生活に負担を来すことから、憲法95条による特別法の住民投票も不可欠であるとされる。このように上記の憲法上の規定から、基地移設を進める上では国会での法制定と住民が意思表示をする場面としての住民投票を経なければならないということである。

 4章では、元キャスターの国谷裕子氏と木村氏の対談が収められている。ここでは1・2・3章の内容を踏まえて「憲法を使いこなす」という視点に基づき対談がなされている。

一行抜粋…憲法は、まったく違う価値観の人と共存しながら政治社会を作っていく試みです。全然違う価値観の人と生きていくというのは、非常に無理をしているわけですね。しかし、それをやっていかなければ、すべての個人が尊重される社会はできません。ですから、異なる価値観が共存するということが、憲法を作り運用していく際の、最も重要なポイントだと思います(165頁)。

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