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避けられぬ懐疑〈善がり〉

※お祓い済みです。

我々は心霊確認班。
この世には様々な事情が交錯し、パラレルワールドのような事象が巻き起こる。
ただ一つ言えるのは、我々の世界はたった一つだけということ。

浦泉奈はオフである。
たった一人の空間を満喫するのも大切なことなのだが。

前回

◎あの日、置いてけぼり

 高校一年生での生活も終わりに差し掛かる。
これといって思い出はない。
中学時代までの友人とは交流がある人と無い人に別れる。
大抵はそうだ。
俺の場合は試合もあるし、歌の練習もしたいしやる必要のあるものと自分のやりたい趣味がある。

そういえば思い出ならあるか。
廃墟でトレーニングしてる怖い雰囲気の同い年と一緒に、謎の事務所に投稿したっけ。
それが何故だかバイト先になっている。
ボディガードを任されたり、カメラを回すように言われたり、インタビューしたり。
あまり続けたい仕事ではない。
ただ上司に当たる演出補達は怖いくらいに口出しをしない。
俺も結構怖い目にあった。
それに俺は兄の存在もあって、出歩くのも結構苦労する。
高校で友人も出来たから、別に暗いグループではないけれど。
まあ、俺がヒトカラするのは婚活する女性陣みたいにカラオケで全ての曲を歌えるようにしてどんな相手が来てもいいように準備するあれと一緒だ。
孤立をしない為のスキルじゃない。
孤独を楽しむ為の趣味だ。
集団で遊ぶ時には一目置かれるし、選択肢が増える。
ヒトカラはその練習と言えば誰も変わり者だなんて言ってこない。
いや、人の趣味にどうこう口出すようなら距離を置かせてもらう。
俺はSNSもやらないし。

「はぁ。ブログなんて俺達の世代じゃないけどやってみるもんだな。」

アカウント名が記載されないブログをカスタマイズ中。
このバイト経験でコンプラに当たらない程度の話作りはちゃんとやらないとな。
コアなファンにヒトカラの魅力とデメリットを伝えて収益を獲得し、いつかファイトマネーも合わせて完全な個室をゲットする。

本当は兄に頼んで別荘を貰っている。
だが違う!そういうことじゃなかったんだ!
自分の望みは自分で叶えるからこそ達成感がある。
そもそも家庭環境や霊やらミステリアスな格闘家兼バイト仲間、俺よりも修羅場をくぐっている演出補達に囲まれて退屈はしていない。
授業もそんな興味ないけど、仕方なくやる程つまらなくはないし。

「成績を上げれば舐められないし。」

ぐらいには意識出来る。
俺は戦績にムラがあるから本職に自信は持てない。
だけど散々言ったバイト先は居心地の良さを感じている。
ヒトカラ経験が活きてからバイト仲間である艶衰という全てのきっかけであり俺を巻き込んだ男子高校生に、息抜きの為にカラオケに誘ったらカメラを回すように指示されたり。
彼自身は棒読みで流行りの曲を歌ってたし。
奢りだったけど面白かったからいいやと思ったのが最後。
仕方なくカメラを回しながらカラオケ店に行くという職業病に蝕まれた。
仕事かつ別の収益に繋がるしな。
カラオケ店にも曰く付きの部屋が必ず存在する。
といっても、バイト以外で霊関係に会うことはまずない。
もしかしたらあるかもしれないけど、あいつらにもタイミングがあるみたいで安心して日常生活を送れる。
オカルトなんてそんなもんだ。
神も仏も、霊も宇宙人もフィクションだけ。
俺、アニメ嫌いなのやたら神やら人の愛とか豪語する製作陣が気持ち悪いし遅れているから一緒に居たくないんだよなあ。
兄と一緒にホラー番組出た事があったけど大体はブック通り。
あと煽ってばかりで嫌気がさした。
あの人達が語ってる最中に都合よく特撮みたいにオカルト的存在がやってくる演出があったら信じかけたが。

「なぁに歌おっかなあ。」

出るわけもないのにカメラを回す。
バイト仲間に割とお喋りな霊らしき存在が可視化されちまったからな。
あれ幽霊なのかな?
バイトでの取材で何か企んでる連中もいたし、投稿者と一緒に撃退した霊もいたがあの類は先人が言う幽霊とは明らかに違う。
取材すればする程、人の技術を感じる。

「あの曲はやっぱり入ってないか。」

どれだけ探しても、高校生になっても追加されない曲。
リクエストを何度もしたが、こういうのは多数決で決まる。
あの曲を歌いたいと思わないタイプが多くを占めているとはつまらねえ奴らだ。
逆に言えば多数決もあてには出来ない。

戦闘力と対霊技術を持つ俺は個室を作り、そこで好きなものを飾り、Wi-fiだけ繋いでインターネットは合理的な理由に頼るだけにしておいて死ぬまで歌い続ける。
人間関係なんて高校か大学か専門、試合とバイトで充分だ。
一年後には成人を迎えるには経験値が多過ぎる。

萎えた。
考える事がこの若さで多い。
それに今回は高校で気になる事もあった。

端的に説明すればひと月前、下校時に俺の前で一人の女子高生がイケメンにフラれて泣きながら去っていった。
俺はイケメンに詰め寄った。

「おい!今のはなんだ?」

本当に恋愛沙汰がどうか調べる癖がついたのは職業病の後遺症だ。
それで100%女子高生の失恋だと知った。
いやあ、俺達の世代でああも綺麗なフラれ方があるんだな。
イケメンってのは見限れる時も大切にされるようだ。
そんな事を呟いたら恐れられた。

「忘れろ!色んな意味で頼むから!」

その後、女子高生をフッたイケメンが俺の視界に映る事は無かった。
けど、あの子は暫く出席をしていないらしい。
俺達の年齢でそんな経験をしたら、誰にも止められない危ない事をしそうだ。
誤解しないで欲しいがその子に惚れた訳じゃない。
フラれた方を見送って、フった方を調べてインタビュー形式で話してしまった以上は安否の確認だけでもしたかった。
だが一人になりたいだけかもしれないし、ストーカーのようになる訳にもいかなかったから大人しくヒトカラをしているだけだ。

今頃何しているんだろう。

するとスマフォが鳴り響いた。
艶衰えんすいからだ。
こっちはプライベートなのに。

「何だよ。」

ぶっきらぼうに出たが艶衰は用件を伝える。

「女子高生が廃工場で取り押さえられている。
これは霊や超常現象じゃないが、手助けをお願いしたい。」

「それは俺達の専門外だろ?警察に言えよ。」

「一つ加える。霊や超常現象では無いがお前が以前、野谷さんと調べていた種族らしき存在が不良達を集めている。」

「なるほど。そんな古典的なやり方をするのなら間違いなく謎の種族だ。
相変わらず人間を下に見ている。
だが何故そんな事が分かった?」

「野暮用で調べたい事があってな。
そうしたら、俺達と同世代の女子高生と俺に憑依している今までの概念の霊とは違う不定形の奴が手を組んでいるらしくてね。
大方、メンタルにダメージを負ったかも知れない女子高生を利用しようと裏で手を引いてる人間の気配がする。」

「でも核心には至らないか。
多分、艶衰が潜入している事バレてるぞ?
お前にしてはザルじゃないか?」

少しだけ沈黙があった。
まさか?

「やあ。
仲間から君達の存在を教えられていてね。
嗅ぎ付かれたから、いっそここで撃退しようと思って。
勿論来てくれるよね?」

おいおい。
本格的にピンチじゃねえか。
俺は急いで艶衰が送ってきた住所に向かった。

◎今日、ここで変わる

種族。
全てが不明で仮の名前だ。
俺達、「避けられぬ懐疑」スタッフのみが知る超常現象をモデルに産まれた存在だ。
暫く動きが無いから人間に関わるのを諦めたのかと思った。
それくらい大人しく期間を空けていた。
艶衰が何故巻き込まれたのかは分からないが女子高生…もしかしてあの子じゃないよな?
SNSでもやってれば手掛かりがあったかもしれない。
仕事でもそれらを利用して投稿映像を送ってきたからな。
何が目的だ?

廃工場。
たった一人で来る事になるとは。
準備に時間がかかったというのもある。
艶衰が簡単にやられるなんて。
そして俺があいつの心配をする日が割とすぐ来るとは。

「貴方、浦泉奈うらいずな君?」

相手に名前が知られているのは情報社会で地上波に出た俺なら仕方のない事。
それは別として嫌な予感が的中した。
私服姿だが紛れもなくあの時、泣いていたあの子が俺の前にいる。

「仲間が言ってた油断しない方がいい相手って奴?
十代じゃないか。」

露骨に半透明にしている霊的な存在。
前は人間に憑依していたが、確かに艶衰に取り憑いている方とは違う。

「たった一人で友人を助けに来たのか。
こちらの情報じゃ、そんな情に熱いタイプじゃないと聞いていたけど。」

艶衰を助けに来たというより、緊急事態だからやってきた。
俺が助けたいのは彼女の方なのだが。
いや、結果は一緒だ。

「その子を離せ!」

俺は種族めがけて拳を振るうと奴は女子高生を身代わりにし、艶衰の情報にあった不良集団をいつのまにか呼んでいた。
全員血が出ている。

「この人達何を?」

種族は高らかに叫んだ。

「闘争心を煽っただけ。
そこの女子高生はここで自殺を図ろうとしていてね。
丁度良かったから利用させてもらったんだよ。
そこの連中の本能を刺激させてね。」

もしかしたら彼女の自殺を止めようとしつつ襲おうとしたのを種族に利用されたのか。
ったくなんでロクでもない事だけは連鎖するんだ?
いや、それよりも女子高生と一緒に艶衰の所で行かないと。
艶衰に変わって通話してきた奴は人間の可能性が高い。
俺達が攻撃できない事を知っているのか?
コンプラもクソもあったもんじゃない。
すると不良集団が攻撃してくる。
まだ生きてはいる。
でもあの種族に操られている。
この数に体格差、そして生きた人間。
俺に出来る事は限られている。

「詳しくは後で話す。艶衰…厳つい若者の場所は分かる?」

女子高生は返事はせずに俺の腕を引っ張って走った。
理解がはやい。
なら死なせない程度にこの不良集団から遠ざける。

「脚技で抵抗してやるか。これぐらいの正当防衛は許してもらおう。」

この不良集団は目が覚めた後に俺達の事を思い出しはしないだろう。
手加減をしながら的確に攻撃する。
女子高生は若干驚いたが臆せず俺を案内する。
自殺したかった人とは思えないくらいに逞しい。
何故あのイケメンは彼女をフッたんだ?
とは思うが人の気持ちは分からないもの。
誰も責めはしない。
今は生存本能に従わせてもらう。

そうして廃工場の奥へ入ると艶衰が吊るされていた。
そこには一人の青年が立っている。

「流石だ。と言いたいが、死にたがっていた女子高生が随分と変わったな。」

歳上の男性。
見た所、二十歳前後か。
俺達と同じように実用的な肉体美が衣服を身に纏っていても見て分かる。

「同僚意識か?DVDを見ていると仲良くは無さそうだったけど、ああ言うのも台本通りってわけ?」

いや、違う…そうじゃない!
けどここは下手に動けない。

「何故艶衰を捕らえた!」

すると彼は理由を話した。

あの女子高生がこの場所を自殺する場としてSNSで仄めかしたのを艶衰が知り、助けようとしたらしい。
だが此処は彼の縄張りらしく、そこで彼女を利用して「避けられぬ懐疑」スタッフをおびき寄せようとしたらしい。

「何故種族があんたに協力している?」

彼はさっきの種族を呼んだ。

「人間との協力も必要と思っただけ。
憑依ってやつも気力を使うから。
そう彼に話しただけ。」

いつの間にそんなコミュニケーションを?
じゃあこの不良集団は一体?
次は彼が話した。

「君が撃退した連中が、俺と手を切りたいと言い始めてね。
それで争わせたんだよ。」

サイコ野郎め。
自殺しようとしていた女子高生まで纏めて利用したのか。
しかもこいつは一人でも充分な戦闘力があるようだ。
俺は久しぶりに震えた。

「君達に変わって俺がスタッフをやろうか?
面白そうな情報もありそうだし。」

身体が動かない。
よく見るとさっき気絶させた不良集団が俺を捕まえている!

「洗脳なんて生きている人間でも可能なんだから、我々霊体に出来ないわけがない。」

鬼に金棒か。

彼は俺に近付き、殴り始めた。

「かはっ!」

何を企んでるのか分からない。
恐らくさっきまでの言葉は嘘が多いのだろう。
冷静に考えようとする俺の思考を遮るように攻撃する。
強い!

生きている人間の方が怖いのは分かるが、第三勢力まで加わっているのは特殊だ。
このまま何も出来ず、誰も救えず、何も叶わないまま死ぬのか。

「くっ!」

艶衰がハイキックを彼にお見舞いする。
咄嗟に下がってガードした彼も恐ろしいが、俺を踏み台に油断させるとはな。

「何だよ。
思ったより元気そうじゃん。」

「あの女子高生に礼を言うんだな。」

さっきまであられもない姿をしていたのに。
やばいスタッフだ。
俺は不良集団の力が緩んだのを確認して軽く払った。

「せっかくのプライベートを犠牲にしたんだ。
いくら俺達のDVDを見てくれたとはいえ、あんたのした事は許さない。」

「いくぞ浦泉奈!」

「はぁ…。おっけい!」

すると種族が止めに入る。
謎の霧を発生させて。
俺達はアドレナリンを抑えて攻撃をやめた。

「思ったより、勘も頭も良いみたいだ。
今回は撤退する。
勿論、お礼参りなんて遅れた事はしない。
実に興味深い経験が出来た。」

何事も無かったように余裕でバイクに乗る彼。

「霊や超常現象以外にも気をつけた方が良いよ。」

語気には何も篭っていない。
感情も殺せるのか。
やっぱりサイコ野郎じゃないか。
彼は種族と共にバイクで去って行った。

✳︎

「まさか艶衰が助けられるなんて。」

こんな事もあろうかと救急箱は持って行った。
応急処置も完璧か。
それから女子高生は疲れたのか足から崩れ、俺が抱えた。

「浦泉奈君が助けてくれるなんて。」

そりゃあ目の前で失恋する所と去っていく場面を見たからさ。
フッた相手から強引に経緯まで聞いちゃったし。
そう思うと俺もあのサイコ野郎と変わらないのかもな。

「ただ名前を知られている関係じゃなさそうだな。
友達か?」

「ま、まあ高校が同じでさ。」

それより艶衰にもお礼を言うか。

「有難う。
偶々かもしれないけど、彼女の命を助けてくれて。」

艶衰は沈黙している。
色々とズタボロだからな。
種族の多彩な能力を見たら、迂闊に手は出せないか。
対策をさせないまま去った彼は驚異だ。

彼女は「ど、どうやって帰ればいいか。」

俺は艶衰を助けてくれた彼女に礼を伝える意味も込めて答えた。

「元来た道を辿ればいい。」

艶衰は軽く拷問を受けていたのにケロっとしながら帰り道を案内した。
所であの不良集団はどうなるのだろうか?
けど死んではいない。
それにこれ以上、彼等と関わりたくなかったので急いでこの場を去った。

◎この日も一人で

取り敢えず彼女は無事だった。
イケメンの事は綺麗さっぱり忘れたようで俺に話しかける事が多くなった。
だが、あんな状況でもしかしちゃったら?と考えたのも取り越し苦労で連絡先を交換しただけだった。
お互い全くアクションをする事はなく、友人が一人増えただけで終わった。
それはそれで味気が無い。
けど、これでいいんだ。

俺は今日も歌う。
他者が思い描く普通とは違う生活を送っているけれど、それは一人じゃ無い。

新たな脅威に怯え、ひと時の日常に安らぎを得る。
それが分かればいい。

だからこそ今日は一人で歌っちゃおうかな!
貴重な時間だから。
独り善がりかもしれない。
極まったらあのバイクの彼のようになってしまうかも。
だからこそ、目の前の現実を俺は大切に生きていく。
いつかリモートワークをし、個室の中に彼女とついでに艶衰を加えて。

一応カメラを回しながら歌い続けた。

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