ツイッターに書いたつぶやきの補完つぶやき的な8

「タダ券があるので日中スパ銭をきめる」

昼前にスーパー銭湯に赴き、ほてる身体で松屋へ行きチキンカレーを食べ、帰りの道中美容室へ寄り髪を切った。身体の血行という血行が活性化されていたのでめちゃくちゃ汗ばんでいて、こんなベタベタな皮膚に触らないといけない美容師さん申し訳ないなぁという気持ちになった。


「狐塚さんすき」

「潮が舞い子が舞い」は本当に良い漫画だと思う。作者の阿部共実は今まで、思春期の年頃の男女が抱えるどうしようもないやるせなさや誰も望まない行き違いの切なさを、読み手の心をじわりと確実にえぐってくる描写で、たくさんの漫画を描いてきた。そして、そのほとんどが傑作といっていい完成度があった。そんな作者が(男女の成長に対する未来へ向けた若干の喪失の予感を端々に描写しつつも)ほとんど完全にコメディに振って描いているのが、この漫画だ。コメディなのだ。ばりばりの。しかも、完成度が非常に高い。この人は、単にエグい心理描写がうまいんじゃなくて、思春期の男女そのものを描くのがうまいのだ。「空が灰色だから」にもコメディ色の強い回はあったし、そりゃそうだろ今更なに言ってんだみたいに思うことは簡単だけど、それでもやはり「空灰」を読んでからこの漫画を読んでいると、作者の才能の豊かさにしびれる。


「久しぶりにキャラ落書きして精神の満足度が高い」

リゼを描いたのはとあるグループラインでそういう話になったというか。要は自分から描くキャラを決めるというのもエネルギーのいる行為なので、指定されるのは気楽という状態を優先したのであった。ポーズも「明日ちゃんのセーラー服」から引用したし。ゼロから何もかも書けるほど僕は上手くない。そういう絶望感の自覚は大事だ。


「窯出しをするとするか」

絵付けイヤイヤモードで日々をなしくずしに過ごしてきたけど、窯出しが終わったことによっていよいよ現実に向き合わねばならなくなった。


「光を求めて、より強く光が反射する白を求めて、ちっせえちっせえ羽虫がコーンスープに三匹浮いてた」

皮肉なものね、希望の光を求めて降り立ったはずなのに、そこは私たちが最も生きていくことが出来ない、毒の沼だったなんて。


「アートという言葉を使った造語たいがいヤバいみたいなのあるな」

今まで見てきたなかで一番怒りがわくくらい気色悪いなと思ったのは、どっかの番組でやってたアーホってやつですね。アートを真剣にやる人はアホに見えるかもしれないけど、そんなことを気にしない彼らは素晴らしいんや!みたいなコンセプトで学生とか駆け出しの若手作家を紹介する番組だったと思う。じゃあアホって呼ぶなや。というか結局番組側が美術界隈の見た目の奇異性にしか注目してないからそういう言葉を選んだんだろうなあと思う。そもそも僕自身アートって言葉を自分に対して使うの嫌みたいなところがあるので、そんなこと言ってる僕こそがアートフォビアに片足突っ込んでるかもしれないのであった。


「わあ~~」

磁器土の扱い方を探ってるうちに、まるでどっかの学生が作ってそうなよくわからんものが出来上がってしまった。でもせっかく久しぶりに作った小型オブジェだし、今度の展示に出してみるか……と考えてみたりしている。どうなることやら。


「完全なる謎枠になってしまった…」

某展示、いろいろ不穏すぎるし僕が居ていい展示なんかいって場所になりつつあり、しかし招待されたポジションの手前そして招待してくれた方が展示から抜けてしまった手前きちんと仕事してから消えるのが僕の責務かなぁ〜となってる。DMの僕の浮きっぷりにもはや笑ってしまい、でもまぁこれはこれで良いか。と思いつつ。でもやっぱり面白い。お前がここに入ってるのおかしいやろ、と言われても、僕はアリだと思います。でもさすがに今回限りかもね。


「小さい皿立て買わないとな」

皿を立てて展示することは、もちろん皿を絵が主役のキャンバスとして見せることを目的としてするわけで。自分以外の周りの作家が全員絵の人だった場合、自分は陶芸と紙ドローイングを分けて展示するべきかと思ったけど、皿をイラスト作品として扱い、絵付けコップを陶芸として扱えば、陶芸作品だけで自分の作品を周りの作家たちとの中に溶け込ませることができるかなと思った。でもまだ現段階では脳の中のアイデアでしかないので、今月末になるころには全然違うこと言ってるかもしんない。人間は愚かなので。

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