花より料理スキル10のシチュー

極寒の地、シルベル地方には1年に1度花祭りが催される。

極寒の地といいながら花祭りだなんて洒落が効いている。シルベル地方にしか咲かないシルビアナという花がこの辺いっぱいに自生している。だか、見た目にはわからない。ただの雪が積もっただけの平地に見えるが、1年に1度だけ、こんなところに咲いていたのかと実感するのだ。
シルベル地方の周囲は巨大ミミズ虫80匹分以上の高さを持つ高い山に覆われていて、この山々にももちろんシルビアナが潜んでいる。花祭りの日には、山々が淡いピンクに染め上げられ、圧巻の景色を堪能出来る。もちろん村の周りも全てピンク色なのだから、言うなればロマンチック。プロポーズに使われる村ナンバーワンである。

さて、花祭りが1週間後に迫ったノスムス村の人々は大忙しだった。旅館は満室、備蓄倉庫も端の端まで食料が詰め込まれ、屋台の準備や、行商人との取引、観光客向けのぼったくり商品の開発など、村中の人々が準備に明け暮れていた。
ノスムス村には、イエティが住んでいる。あくまで自然に、村人たちと楽しげに会話をしながら資材を運ぶイエティ。彼の名はゴンタロス。人間と料理が大好きすぎて、山を降りてきてしまった変わり者のイエティだ。

この村に住む以上、イエティに遭遇する確率は、他の地方の人間より高い。イエティの生態系に異様なほど詳しく、襲われた対処法として、死んだふりをすると言ったデマを一蹴し、両手の中指だけを立てて、お尻を振るという新しい撃退方法を編み出したのは、かつての村長ワンダ。イエティ研究家として名を馳せたかつての村長のおかげで、ノスムス村ではイエティの知識は常識であり、恐れる存在ではなかった。人間好きのイエティはワンダの研究書に記述はなかったが、ゴンタロスの人柄、ああ違ったイエティ柄もあり、すぐに村人たちと打ち解けあったのだった。

ゴンタロスはイエティではあるが、料理の腕はなかなかのものだった。料理好きを豪語し、いつも手土産で持ってくるタピオルジュースは絶品だった。黒い小さな団子状のタピオルと甘い味のついた雪解け水とよくマッチしている。そしてタピオルジュースは若い女性に人気となるのだがそれはまた別の話。

ゴンタロスは、幻のコック、ザルバの弟子になるために、ノスムス村へとやってきた。ザルバは、港町ウィルダーでレストランを営んでおり、近々引退し故郷に帰ってくるという情報をキャッチしたのだ。行列の絶えない人気レストランで、ザルバの料理を求めて国王まで足を運んだという腕利きのコックであり、世界でも数少ない料理スキル10、つまり幻のコックという称号を獲得した男である。

情報通り、長年の料理人人生を引退し、故郷へ戻ってきたザルバはいつの間にか住み着いていた不思議なイエティに弟子にしてくれと嘆願されるようになる。もう弟子は取らないとたくさんの依頼を一蹴していたザルバであったが、まさかイエティからも懇願されるとは思いもしなかった。建前上、弟子を取らないと言って引退した以上、イエティであろうと弟子を取るつもりはなかった。だが、何度断り続けてもゴンタロスは様々な料理を作っては、家の前に置いていく。へたくそな文で一応それらしいメニュー名まで書いていた。イエティは文字まで書けるのかと驚いたものだが、ゴンタロスは村長の家で文字まで習っていたようだ。
届けられた以上、料理人として誰かが作ったものをないがしろにはできない。食べてみれば、おいしいとは言えないものもあったが、斬新で思いやりのある料理だった。何度かそのやり取りが続き、結局ザルバはゴンタロスを弟子にすることにした。単純にイエティが作る料理に興味が湧いたのだ。

念願叶ってゴンタロスとザルバは師弟の契約をした。見届け人は現村長ウルシャ。ウルシャもゴンタロスの作る料理を楽しんでいた一人である。村長はゴンタロスを偉く気に入り、毎夜炊事場を貸し、文字を教え、ある日は一緒に寝ることもあった。イエティの体毛が暖かすぎるのが悪い。いやいやその話は今はいらない。
さて、師弟の契約を結び、見届け人になった以上、ウルシャもゴンタロスを村人として迎え入れることを決めた。また泊まりに来てほしいとの条件付きで。

晴れて師弟契約を結び、更にはノスムス村の住人となった日からの料理スキルの上達スピードは目を見張るものだった。スキルは魔力も関係なく、師弟契約を結ぶと上達スピードもあがる。元々の才能と、天才師匠のおかげで異様な速さでレベル9まで到達した。師弟契約をして2年。幻のコックの称号が見えてきたゴンタロスだったが、それから5年。ゴンタロスの料理スキルのレベルは9のまま最高レベル10に到達することはなかった…

そしてゴンタロスがこの村で暮らし始めて7回目の花祭りを前に、今日も、ゴンタロスは花祭りで振る舞う料理の試作を続けていた。

「よし、できた。俺様特製イエティシチューだ。今日はまた違った隠し味だぞ。なんだかわかるか?」

すっかり親子のような関係になった二人。毎晩同じ食卓を囲み、料理の研究に明け暮れていた。

「ふむ。なんと。これはよいコクと甘さがでておるな。そうだな…これはスライムの核をおろしたものだろう。しかも、ラボンの森しか生息しないグリーンスライムの核。どうじゃ?当たってるじゃろ」

「残念!どうしたザルじい!グリーンスライムは確かに当たってるが、キンググリーンだよ。ただのグリーンスライムより、キンググリーンの方がさらに甘さがでる。しかも一回湯通ししてからの方がうまいんだぜ!この間来てた行商人から買ったんだ。新人みたいでさ、俺様にビビッて少し負けてくれたんだよ。…でもな確かにうまいんだけど祭りで売り出すとなると、値段が釣り合わねえんだよ。やっぱり少しコクが落ちるが安価なファタク草にするか…いやいや今度はプーリッツ岩糖とか…いやあれだと…」

「ガハハハ。どうやらわしも年かのう。もうわしが教えることはなさそうだな、ゴン。立派な料理人だ。あ、料理イエティって呼んだほうがいいか」

ザルバは最後の弟子のつもりで、ゴンタロスに全ての技術と知識を教えた。あとは自分で食材と向き合い、より高みを目指していく。目の前のイエティはもうそれができると確信した。あとは自分で探してく道だ。誇らしさと寂しさが入り混じった、複雑な感情。衰えていく自分の舌にも情けなさが見えた。ゴンタロスと二人で毎年シチューをだしてきた花祭りもこれで最後だなと料理人人生の終わりを感じていた。

ぶつぶつと思案していたゴンタロスが我に返り、食ってかかった。

「いやいや、俺様はまだレベル9だぞ。まだザルじいと師弟関係を解消する気もねえよ。俺様は死ぬまでザルじいと師弟だ!ふざけたこというなよ」

ゴンタロスは怒りを含んだ物言いをした。しかしザルバはいつもとは違う真剣な面持ちでゴンタロスを見上げた。

「よく聞け、ゴンタロス。いつかは師匠を超える日が来るんだ。その日は何よりも喜ばしい。師匠にとって最高の日なんだ。そしてそれは確実に近い。お前もわかっているだろう」

神妙な顔でゴンタロスはザルバを見つめた。イエティらしからぬ、悲しげな瞳。何か言いたげだが、黙ってザルバの言葉を聞いていた。

「少し昔話をしようかの。わしはな、人生最高の日をよく覚えている。敬愛してやまない前々国王のゴパンドリア様がわしの飯を求めて、はるばる港町まで来てくださった日のことだ。あの方は素晴らしい方でな、心が広く、感情豊かで、どの種族にも分け隔てなく接しておられた。ゴパンドリア様のおかげで救われたこともある。
あの日、辺りをキョロキョロしながら、誰が見ても怪しい客がわしの店にきたんじゃ。わしは警戒してその客の顔を覚えようと盗み見た。そう、それがゴパンドリア様じゃった。ざわつく皆に気づいておられるのかはわからないが、あの方はどこ吹く風。メニューを見ながら楽しそうにしておられた。わしは考えた。挨拶をするべきなのか、王にふさわしい別メニューをお出しするべきなのか、あの時ほど考え抜いたことはない。しかし、お供も連れず、ただの客を装っている王に恥をかかせるわけにもいかず、わしたちはいつも通りを心掛けた。給仕のやつらも変な言葉遣いになったり、手が震えておったがただの客として接した。
あの方はメニューを閉じると、魚介のスープを注文された。わしもさすがに手が震えたよ。じゃが、変に気張らず、いつものわしの料理を食べていただこうと思った。心臓が飛び出しそうじゃったがな。出来上がったスープを見ると果たしてこれでよかったのかと考え込んだ。そんなわしの気負いむなしく、給仕はさっとあの方のテーブルへとスープを運んだ。
するとあの方は、待ってましたとばかりに、スプーンを持ち上げ、一口食べた。…さぁどうなったと思う?」

「そんなの喜んだに決まってるじゃないか。ザルじいの料理がまずいはずないからな」

「そうじゃ。確かに喜んでおられた。あの顔は、王であることを忘れるほど無邪気な笑顔だったのう。じゃがな、あの方はそのあと泣き出したのだ。さめざめと、泣きながらわしのスープを食べている。何かまずいことがあったのだと思ったわしは急いで王のもとへかけよった。『何かお気に障ることがございましたか?』とわしは尋ねた。料理人人生が終わったと思った。するとあの方は、笑顔でわしにこう言ったんじゃ。『違うんだ。遠い昔に食べた思い出の味とそっくりで、つい涙が止まらなくなったんだ』と。
わしはその言葉を噛みしめ、喜びに震え上がった。あの方にとって最高の料理を作ることができたんだと。…わしの人生で最高の日じゃった。そのあとスープを2回もおかわりしてのう。上機嫌になったあの方は思い出話も聞かせてくれた。そして倍以上のお代を置いておいしかったと言って帰っていった。噂どおりの素晴らしいお方じゃった。あの時の誇らしさは未だに忘れられんよ」

「へえ。ゴパンドリアは変わったやつだとは聞いていたが、本当に変わってんだな。俺様もいつかそんな最高の料理を作ってみたいもんだ」

「そうじゃよ、ゴン。わしたちの使命は、その人にとって最高の料理を食べてもらうってことなんだ。いつまでも師弟でいたいなんて甘えがあってはダメだ。…なあゴンタロス。わしはいい弟子をもった。お前の料理は人を笑顔にさせる。レベルにこだわるんじゃない。あの日を超える最高の日をわしは楽しみにしているからな」

「そんなこと…急に言われてもな…」

微妙な空気の中、ゴンタロスはザルバの家をあとにした。様々な思い出がかけめぐる。厳しくも優しい師匠。越えられない幻のコックの手腕に何度驚かされたことか。
だが、最近の師匠の衰えをゴンタロスは知っている。知っていながらも見ないふりをしていた。ずっと俺の越えられない人であってほしいと思っていた。
嬉しそうに語っていた遠い日の記憶。ゴンタロスもいつかそんな最高の日を迎えてみたい。だが、このまま師匠とずっと料理について考えていたいという気持ちも嘘ではなかった。
師弟契約の解除は双方の同意がないとできない。ゴンタロスが拒否する限り続くはずだが、そろそろ限界なのかもしれない。最後の日は花祭りの日であると確信している。あと一週間。

「こうなったら絶対にレベル10になって、師匠の最高の日を演出してやるぜ!こうなったら研究だ。花祭りで最高のシチューを作ってやるぞ」

決意を新たに、迫る師弟契約の解除の日までゴンタロスは研究に研究を重ねた。5年かかっても未だ到達できない頂点。ザルバは知らないうちに到達していたというレベル10の壁。条件があるのだろうか。自分の技術に足りないところがあるのか、知識が足りないのか。ゴンタロスは焦っていた。あの組み合わせはまだ試したことがない、いや、あの食材図鑑も最後まで読んでいない。焦れば焦るほど、時が過ぎるのは早い。

そして、花祭り当日をむかえる。

あの日以来、ゴンタロスはザルバに姿を見せなかった。家にいるのはわかっていたが、最後の師匠の仕事だと言い聞かせ、見守るという選択をした。村では露店の準備で慌ただしく、イエティの特製シチューの屋台もすでにできあがっていた。花が咲く時間まであと一時間。一本道のゲート前にはすでに長蛇の列ができていた。
ザルバは屋台に腰を下ろし、ゴンタロスが今日のシチューを運んでくるのを待っていると村長のウルシャが慌てた様子で駆け寄ってきた。

「大変じゃ!今日の花祭りには国王様が来られるらしいぞ。全く姿を見せないと噂される王がなんだって今年の花祭りに来られるんだ。ザルバは昔国王様と話したことがあるんじゃろ?ちと来てくれんか。お部屋も用意するべきか。わしの家片付けるんか?いや旅館か!いい部屋なんかあいとるわけなかろうが!どうしたもんか、どうしたもんか。」

「落ち着け、ウルシャ。わしが会ったのは前々国王だ。今の国王と会ったこともないわい。それにそこまで気を遣う必要もないだろう。ほら、今の国王はあれらしいから」

「あれじゃから困っとるんじゃ。わしらの常識が通用せんのじゃぞ。お前さんあれ系にも会ったことあるんじゃろ。とりあえず手伝え」

返事を言う前に慌ただしいウルシャに引っ張られていくザルバ。その頃ゴンタロスは大鍋いっぱいの特製シチューを家から運び出すところだった。

「くそ。結局レベル10にはたどり着けなかった。でも今日のシチューは自信作だ。きっとザルじいも喜んでくれるに違いない」

「おーい。ゴン!そろそろ準備しねーと間に合わねーぞ!」

村人のひとりが誰もいない屋台を見て心配になったようで迎えにきてくれたようだ。開始まであと30分。

「あれ?ザルじいいなかった?いつもは俺のシチューが出来上がるまで店の準備をしてくれてたんだけど」

「いや、誰もいなかったぞ。だから早くしろ。俺が手伝ってやるから」

気になったが、まずは開店準備が先だ。急いで大鍋2つを持ち上げると走って会場に向かった。てきぱきと準備をこなし、手伝いに来た村人も慣れているのか仕事が早い。残りあと10分。準備が終わり、一息つくと、手伝ってくれた村人に礼を言って別れた。彼は自分の店に戻るらしい。
そこでようやく気になっていたザルバの居場所を聞いて回った。

「あぁザルじいね。村長が連れてったわよ。なんかすごい慌ててたみたいだったけど」

隣の屋台の女がゴンタロスの後方に目線を向けると、ゴンタロスも振り返った。ザルバとウルシャだった。後方には男女二人が談笑しながら辺りを見回っている。誰だ?あの二人は。

「ザルじいどこ行ってたんだよ。もう準備終わっちまったぞ」

その声に驚く後方の二人。そうそう。最初はそんな感じだ。イエティと人間が親しげにしゃべってたら大体の人間はびっくりする。だが、驚きはしたものの、男の方はやけに落ち着いていた。女の方は男の影に隠れるように身を潜めていた。

「いやいやすまんな。ちと客人を案内しておってな。まだ開店前なのはわかるが、どうしてもこの方たちがお前のシチューを食べてみたいというもんで、連れてきたんじゃ」

「いやまだ開店前だぞ。そんなズルしていいのかよ」

「いいんだ。お前の今日のシチューはわしも味見しとらんからの。客が来る前に食べておきたい」

納得のいかないゴンタロスだったが、しぶしぶシチューをよそう。すると男の方が近づいてきた。少し面を食らったが客は客だ。精一杯の愛想笑いをしてシチューを差し出す。

「よだれがでそうだよ。いいにおいだ。ありがとう。ゴンタロスさん。あ、彼女の分ももらうよ」

どこか不思議な雰囲気をまとった男は女の分のシチューも受け取ると、屋台に腰かけた。まだ少し怖がっている女に優しくシチューを渡す。女も少し表情が和らいできたようだった。ゴンタロスはザルバとウルシャの分をよそうと席まで運ぶ。客人とは別の席だ。

「はい、おまちどうさま」

「おお!今年のシチューは素朴なにおいがするのう。毎年びっくり仰天シチューばかりじゃから新鮮じゃわい」

「確かに、いつものゴンが作る料理とは少し違うな。どうやらこの一週間、偉く頑張ったみたいじゃないか。わしも楽しみだ」

期待を向けてくれているのはありがたいが、ゴンタロスにとってこの選択が本当に正しいのかはわからなかった。斬新すぎただろうか。急に不安がおそう。そうだ。この一週間悩みに悩みぬいたこのシチューを絶対に認めてもらわなければ。ゴンタロスは複雑な思いで、ザルバが食べるの神妙に待っていた。

すると後ろから突然男の泣き声が聞こえてきた。

「タロウ様?どうかなさいましたか?」

女がタロウと呼ぶ男に声をかけている。男は泣きながら、シチューを食べていた。ウルシャが駆け出す。それはもう風のように。

「どうされましたか?お口に合いませんか?」

慌てるウルシャは寒いはずのこの地で汗をかいている。今にも倒れてしまいそうな勢いだ。ゴンタロスもショックを隠し切れない。やはり斬新すぎたのか。ゴンタロスも重い足取りで近づくと声をかけた。

「あ、あのお客さん。すまない。泣くほどひどい味だったか?」

タロウと呼ばれる男はゴンタロスを見て、泣き顔ながらも満面の笑顔で言った。

「違う、違うんだ。これはおふくろのシチューの味だ!二度と食べられないと思っていたシチューがこんな場所で食べられるなんて!うまい、うますぎるよ!」

泣いているような笑っているようなそんなくしゃくしゃの顔でシチューをむさぼる男の姿は、子どもさながらだった。あっけにとられた三人を尻目にザルバはゴンタロスのシチューを一口食べた。なるほど。隠し味とされている、異種系スパイスを一切使わず、食材本来の味を引き出すシチューを完成させたようだ。素朴な味わいに思わず唸る。異種系スパイスは多岐にわたるが、それを使わずに料理をするなど考えてみたこともなかった。確かに転生者であるタロウにはなじみのある一品だ。

「おふ…くろ?」

ゴンタロスは聞きなれない言葉とよくわからない状況に思考が追い付いていない。ぽかんとした表情のウルシャ、ゴンタロス、そして女。
ザルバだけが満面の笑みでゴンタロスを見つめている。
ザルバの最高の日を超えた日が訪れたのだ。

「おふくろというのは転生者の世界の言葉で母という意味だ。ゴン。お前は今、国王タロウ様に最高の料理を出したんだぞ。」

「え?国王なのこの人?あの転生者の?おふくろが母ってことは母の味って…
え!俺様今喜んでいいんだよね?ね?師匠と同じことが!今目の前で起こってるんだ!」

ゴンタロスは湧き上がる喜びを抑えきれず、何度も何度もおたけびをあげた。すると、心地の良い音が聞こえたと思うと、ほのかに一面が紫に色づき始めたのだ。山々もだんだんと紫に染まっていく。花祭りまであと5分。毎年同じ周期で咲いていたシルビアナが5分早く開花し、その色は淡いピンクではなく、紫の色をつけていく。妖艶で美しい景色に皆が言葉を失う。言葉では到底表すことのできない美しさ。皆がこの神秘に酔いしれ、思わず時間が止まっているような不思議な感覚を味わっているまさにその時、そんな景色に一切興味を示さないものがいた。シチューのおかわりを続ける、国王タロウ。それにこたえ大盛のシチューをよそうゴンタロス、弟子の成長に涙を抑えきれないザルバ。この三人には花よりもシチューだ。女と村長は訳がわからないといった表情を浮かべつつも、すっかり冷めてしまったシチューを食べる。

やがて、シルビアナは紫から淡いピンクの色に戻り、時間通り、花まつりが開催される。今年の花まつりは、例年以上にシチューが多く売られることになった。花そっちのけで。




どんな美しい景色よりも大事なことってあるよね。それが彼らにとってはシチューだったようだ。花よりシチューって言われてたんだけど、数年後、ある研究者が異議を唱え始めたんだ。花より料理スキル10のシチューの方がが、当時のスキルレベル10の貴重さを物語っているだって。僕も確かになって思った。ごめんなさい。
あのシチュー、確かに美味しかったな。行列すごくて60分待ちだったんだよ!イエティ恐るべし。


※50年後、スキルの解明がすすみ、料理スキル10の必要条件があかされる。それは王家の涙を加えた料理を誰かに食べてもらうことだった。ザルバとゴンタロスは偶然を勝ち得た幻のコックであり、今も料理界では二人の名を知らないものはいない。そんな史実も踏まえて、花よりシチューから花より料理スキル10のシチューと改変され、今日にいたる。

連れの女は怒った表情でこの景色を見ていた。てっきりプロポーズだと思っていた彼女と国王タロウにはこのあと、壮大な修羅場が待っている。タロウは確かにプロポーズをする予定だった。さあそれはいつになることやら。

ワンダの弟子、ポンタはこの様子をしっかりと記録した。ワンダの研究書の伝説の項目にあった記述が本当だと立証されたのだ。
ワンダ著、~イエティの生態について~伝説からの抜粋。イエティのおたけびは人間には聞こえない高音であり、一匹がこの高音を発するとそれにならい、ほかのイエティもおたけびをあげる。イエティのおたけびには神秘が宿るとされている。神秘とは不明、おたけびも不明。威嚇の際の咆哮とは違い、感じることができるものが伝えたものによると、花の産声と呼ばれている。

あと50年もすれば、スキルの解明がすすみ、料理スキル10の必要条件があかされる。それは王家の涙を加えた料理を誰かに食べてもらうことだった。ザルバとゴンタロスは偶然を勝ち得た幻のコックであり、今も料理界では二人の名を知らないものはいない。

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