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今日、帰宅して夕刊のテレビ欄をにふと目をやると、そのすぐ下の大きな広告部分に「ふぐ料理コース5000円」と書いてあった。

高校生くらいの頃だったか、祖母がふいに今日と同じような広告を母と僕に差し出してきて、「3人でフグ食べに行かへんか?私が御馳走するさかいに」と言ってきた。一人4500円だったと記憶している。祖母は、母と決して仲が良かったわけではないことも手伝って普段家族に自分から何かを提案してくるような人ではなかったし、特段フグが好きでもなかったはずなので、ちょっと驚いたのだけれど、せっかく言ってくれたのだから…ということでなんとなく行くことになった。

当日、広告に書かれた店の前に着くと、そこは古びた公民館のような施設の一階にある、サービスエリア内の飲食スペースに毛が生えた程度のレストランだった。正直、母も僕も「4500円でフグは厳しいはず」という思いを祖母が誘ってきた時から持っていたのだけれど、さすがにそれを祖母に言うことはなかった。

きっと勇気を振り絞って家族をご飯に誘ってくれたであろう祖母を悲しい気持ちにさせたくないという願いも込みで、もしかしたら店はこんなのでも実際にコースを食べてみれば何かの間違いでアタリもあるかも…という淡い期待が少しだけあったものの、やはり淡い期待は外れるから淡い期待なのだと思った。ファミリーレストラン的な和食コースに焼きフグが申し訳程度に付いていて、そのフグもお世辞にも美味しいと言えるものではなかった。

ただでさえ明るい人ではない祖母の表情は店に着くなり曇りがちになり、料理が運ばれてくる度に更に沈んでいったのをよく覚えている。母もさすがに気の毒に思ったらしく、焼きフグが運ばれてきた時に、似合わない着物を着たお運びのおばさんに「これはどこのフグ?」と尋ねたのだけど、さすが場末レストランだけあって「ワタシ今日だけのアルバイトなので全然わかりません、すいませんねえ」という百点満点の回答。嘘でも下関的な回答を引き出せたならちょっとは場の雰囲気も回復したかもしれなかったけれど、まさかの逆の手。そのままなんとも言えない空気を纏わせながら食事は終わり、祖母の「やっぱり5000円くらいじゃあかんのねえ…」の言葉が本当に切なく余韻を残した。

絶望的なストーリーという捉え方をしているわけではなくて、月の小遣いのやりくりをしてたった2人の家族にフグを御馳走してあげたいという祖母の思い、店のと女中さんの場末感、祖母と仲の悪かった母のちょっとした気遣い、祖母の残念そうな顔がブレンドされて、なんとも形容しがたい深い思い出になっている。

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