『7秒でモテるコツ』

という本は勿論架空の産物なのだけども、元ネタがある。

高校生のとき、日本中の陰キャラを集めて大会を開いても決勝まで残りそうな谷口くんという男がいて、彼が急性盲腸炎で入院したためお見舞いに行った時の話。

正確なタイトルは失念してしまったのだけど、ベッドの傍らに『簡単に彼女ができる方法』みたいな本が置いてあった。僕に見られて彼は慌てて本を隠したのだけど、こっちも相応に気まずいわけで。盲腸で痛むのか心が痛むのかわからない苦悶の表情を浮かべて彼が言うには、どうやら彼の母親が女の子の友達がいない息子の行く末を案じて差し入れた書籍らしかったのだけど、自分で買ったという展開よりもむしろ哀愁度合いが格段に跳ね上がってしまうことに。

本の中身をパラパラと見させてもらったところ、要するにナンパ術とか「照れは禁物、自信を持て」みたいなあるあるノウハウが書かれた内容だったと記憶しているのだけど、目玉コーナーがなんと袋とじで「出会って7秒で女性と親しくなれる極意」という題がついていた。思春期真っ只中である僕もさすがに興味津々、彼の性格通りに綺麗にハサミで切られた袋とじの秘密を学習する作戦に変更した。

しかし、やはり出会って7秒となるとこれはもう普通のコミュニケーションのレベルを遥かに逸脱しているので、きっと袋とじの中には催眠術のかけ方かあるいは黒魔術の術式がびっしり書かれていると予想したのだけど、なんと「極意:出会って6秒以内にガムを渡せ」と書いてある。

ガ、ガム…???

出会って間もない見知らぬ男に6秒以内でいきなりガムを渡されて、それを気持ちよく受けとる女性って世の中にどれだけいるのだろうか。更にはそれきっかけで会話に花開く珍事などあるのだろうか。また、突然の出逢いに備えて常にガムをポケットに忍ばせておかねばならない男性サイドも大変だと思う。この本が書かれた時代背景を考えると、この場合のガムはボトル入りタブレットタイプではなく板ガムのはず。板ガムとなると、長期間ポケットや鞄に入れておいたものは歪曲して怨念を体現した物体になってしまうことは明白なので爽やかな出逢いを彩るアイテムにはならない。つまり、何日かに一度はガムの在庫更新は必須になるんだろうな…。いやいや待て待て、…ガム?著者はロッテの関係者?などと考えながら病室をあとにした。

20年後、高校卒業後は疎遠になった谷口くんと道でバッタリ会った。彼は素敵な奥様と可愛らしい子供を連れていた。ガムすごい。

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