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『時砂の王』小川一水 ◆SF100冊ノック#08◆

■1 あらすじ(ネタバレなし)

 西暦248年の日本―少女彌与は山の中で「もののけ」に出会ったところを、奇妙な風体の男に助けられる。「メッセンジャー・O」と名乗った彼は、会話する剣を持ち、はるか未来から遡ってきたこと、未来では大量の「もののけ」たちに地球文明と人々が滅ぼされたことを告げる。彌与は彼を補うことを約束しもう一つの名を名乗る―邪馬台国女王、卑弥呼、と。 
 26世紀の未来は、ET―Evil Thingーと呼ばれる謎の生命体によって危機に陥っていた。人類は人口生命体「メッセンジャー」を過去に送りこみ、人類の歴史を修正してETに対抗しようとする。しかしETもまた同様に、時間旅行を行い、人類とETは人類史10万年をめぐって果しない戦争を行うことになる。主人公のメッセンジャー・Oは数百の、数万年の戦いの果に西暦248年の日本での戦いへと身を投じていく。 
 小説の流れとして、日本の彌与の物語と、メッセンジャー・Oがそこへたどり着くまでの道のり、はるか未来の物語が順番に語られていく。

■2 和風ファンタジー×SF

冒頭からしてこんな描写がある

 省みれば二十年余り前まで、倭国は大乱のさなかにあった。奴国や投馬国などといった大国が、ほかの何十もの小国を巻き込んで、水を巡り、土地を巡り、相争った。多くの人が死に、多くの邑が焼かれた。

 あれ、読む本間違えたかなー……と思っていると、ターミネーターよろしく、未来人のメッセンジャー・Oが登場してもののけを退治! とはいえ、本書の半分くらいはこの倭国の描写で、和風ファンタジー的な雰囲気・描写が続けられていく。すぐ思い出すのは、日本和風ファンタジーの原点、「勾玉シリーズ」。

 『精霊の守り人』よりこっちでしょうね。基本的に、少女卑弥呼の視点が取られ、セリフも描写も上記のような和風な感じで物語が進む。彼女の奮闘と、これとは文体も単語もかなり異なる未来世界のメッセンジャーの物語……のマッチングがこの小説の一番の魅力、と思える。一粒で二度おいしい。

■3 果しない……

 先日読んだ小松左京『果しない流れの果に』へのオマージュがいくつか感じられる。メッセンジャーは「O」とイニシャルで呼ばれること、「10万年」を縦横無尽にジャンプし、その中で次第に精神と魂をすり減らしていくこと。起点である未来に残してきた女性の存在……

 まあ、内容を読んでいくとむしろ、圧倒的な力を持つ異星生命体と絶望的に戦う『マブラヴ・オルタネイティブ』や、『果しない流れの果に』で紹介したYU-NOやシュタインズ・ゲートなんかも思い出す。それはつまり、どこか「ゲーム的」ということでもある。『果しない流れの果に』が、追跡劇を取りながらもどんどん哲学的な認識論へと繋がっていたのに対し、本作は基本的には「ETという新説すぎるほど邪悪な敵」が設定され、彼らを打ち滅ぼすことこそが最終目標になっている。

■4 コンパクトさ

 サッと感想の類を探してみると、この小説の「コンパクトさ」を褒めるレビューを見つける。同意。これだけの壮大な設定を、これだけ短く……というより、一つの戦乱を描くことで10万年を外観させる、というプロットが素晴らしいと思う。それに「倭国」を選んだというのも面白いよね。これと同様に、ローマ帝国で、パリ百年戦争で、あるいは19世紀ロンドンで、様々な戦いがあったことを予感させる。(今挙げたのは、同様に過去の時間軸へ転送されるFate/goの舞台)

 時間の「因果効果」の説明も、ツッコミどころはありそうだけど楽しい。最終的に「時間軍」が未来からやってくることが勝利の証になる、というもの。一人のETを倒せば、そのETに殺されたはずの子孫が復活し、人類側の戦士も増える。

 一方でそのコンパクトさが仇になっている、という印象も。テーマのようなものは、メッセンジャーという人口生命体の葛藤、メッセンジャーの書く児童文学、あるいは彼と交わるサヤカや卑弥呼という女性との間……あちこちでひらめきはするのだけれど、表面だけが語られて印象に残らない。

 また、個人的には「和風ファンタジー」の世界が、SFに従属した世界に見えてしまうことも残念だった。未来からやってくるETという生物、という「完全な説明」によって、卑弥呼たちの「過去の文明」は完全に説明されつくしてしまう。最終的な勝利は、卑弥呼という一人の少女の強い想いが結実した不屈の人間性―ではあるのだけど、そのほかの人々はと言えば彼女に従う愚かな過去人が大半だったため、説得力に欠けて見えた。むしろ、彼女たち側からの「もののけ」に対する説明、魔法的・呪術的な世界が、SFの解釈をも飲み込んでしまうような、科学と未来の世界を食い破ってしまうような、「幻想小説」としても読めるような物語を期待していたのだと思う。

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