見出し画像

或る昼夜の出来事

 14時。私、曇手は朝から用事で外出をしていた。午後にはバラしになる事が分かっていたので、折角だからと作業道具を持って来ていた。
 解散場所から少し歩いた所にファミリーレストランがあると気付き、ちょうど良かったので軽食を取りながら原稿の下書きを進めようと思い立った。

 ピーク時にしては殆ど待ち時間もなく席に案内されたのでとても幸先が良い。案内されたのはパーテーション沿いの2人席。4人席に案内されたら長居に萎縮してしまいそうだが、これ幸いである。

 昼食を取っていなかったので一先ずお腹には何かを入れたい。余りにも無難だがとりあえずハンバーグとドリンクバーを注文してから、やおらノートと筆記用具を広げる。こうして外で何か作業をするのが初めてという事もあり少し落ち着かない。

 ふと、店内に目を向けると待ち時間なく入れたにしてはそれなりに賑やいでいた。然りとて激しく混んでいるという訳でもなく席の半数が埋まる程度。これくらいの喧騒の方が返って過ごし易くあるのやも知れない。
 お喋りに夢中な数人組や家族で来ているファミリー層、気怠げにドリンクバーで混ぜ物をするジャージの少年らに、Switchも持ち寄って遊ぶ子供達、私と同様に筆記用具を広げて勉強をする学生服など。様々な顔ぶれが一堂に会している。それが何故だか嬉しかったのだ。

 料理は通常通り給仕さんが運んでくれた。今話題の猫型の配膳ロボットがこの店に居ない事がほんの少しだけ寂しく思えた。

ハンバーグ

 目玉焼きの乗るハンバーグ。ちょうど良く火の通った肉厚なそれは、刻んだ玉葱とソースを絡める事でより味に深みが増す。無論リーズナブルな値段相当の味であるのはそうなのだが、自身に充てられたその場の雰囲気によって、より美味しく感じられた。祭りの屋台で食事をする時と似た現象かも知れない。

 ハンバーグもそこそこに好い加減作業へと取り掛かる。今のところ筆記具を取り出し、店内を見渡しただけだ。
 今回の作業は所謂プロットや下描きなどと呼ばれる類の作業となる。この先執筆したい物語の骨組みやストーリーの流れなどを考えて行く工程。私の場合はプロットのついでにコマ割りやページ配分、セリフやキャラ配置なども一緒に考えて行くので、明確な線引きは曖昧だ。今日はハンバーグを突きながらこれを進めて行く。

 今回はミステリー作品でなければいけないという絶対の課題があった。自分が描きたくて描くモノなのだから当然苦ではない筈なのだが、それでも苦しい。理由は簡単でミステリーは好きだが、作った事はないからだ。
 加えて20ページ前後の漫画作品である必要があった。それでミステリー(仮に殺人事件だとする)をやろうとすると「事件概要」「謎・トリック」「謎を解く為の証拠集め」「謎の解法」「犯人の自白による答え合わせと動機の提示」この5項目を20ページに収める必要がある。作話が巧い人はこれをむしろ12ページに収めたり、不要な項目を削除して3項目でも成立するモノを作ったり出来るが、私はそうではない。技量がないのは当然ながら経験も知識もないのでそんな巧みさは生み出せない。それ故にやり方を変える必要があるのは自明の理だ。

 ミステリーと一括りに言っても殺人事件以外にも様々な手法がある。窃盗事件を解決するモノ、病院や大企業の不正を暴く社会派なモノ、日常で起きた不思議な事を解き明かすモノと挙げ連ねれば枚挙に暇がない。この中で強いて20ページで扱えるとすれば最後の日常で起きた〜になる。
 日常の謎やコージーなどと呼ばれるこのジャンルは長くしようと思えば幾らでも重厚に出来、短くパッと済ませたければその様に出来る場合が多い。筆者の力量には依存するが。つまり今回は必然的に日常の謎を扱い事になる。

 普段から書き溜めていたネタを振り返って、今回の話に使えそうなものを定める。
・雨の日のマグネシウム工場で発生した火災
・写真から場所を特定する話(元ネタ海外ドラマ『Numbers』、国内ドラマ『警視庁さがし物係』など)
・赤外線パルスを用いて信号やら何やらを自由に操作する話(元ネタ海外ドラマ『Numbers』)
・出し子を尾行して入った銀行で強盗事件が発生する話(現在並行して執筆中)
・犯人が紅茶(ブラックティー)過激派の人物になりすますも、アールグレイ(フレーバーティー)を紅茶として振る舞った事でなりすましがバレる回
・図書館で被疑者が借りた本の履歴を司書に要求するも図書館の自由に関する宣言に基づいて拒否される話

 日常の謎では使えないような代物ばかりだった。仕方がないので一から考える。既にこの思考で30分超掛かっている。思考はコスパが悪いのだ。腹は空いていないが何かのキッカケになればとソーセージを注文した。

ソーセージ

 シンプルなソーセージが届く。齧り付くとパリッと身を裂き、僅かながら肉汁が溢れる。微かに練り込まれた香辛料が単純なソーセージに抜群のアクセントを演出している。香ばしさの奥で顔を覗かせる辛味は強く印象に残るものだ。付け合わせのポテトも戴く。実は先程のハンバーグにもポテトが添えられていた為、既に飽きてはいた。チビチビとこれらを摘みながら再びプロットの作成に戻る。

 日常の謎と言っても大逸れた事はページ容量からも難しい。ミステリーの醍醐味であるどんでん返しを仕込めるか否かすら安定しないだろう。そういった私の技量不足から「落とし物の持ち主を探す」というありきたりなテーマを選ぶ事にした。
 考えなければいけない事はまだある。何を落としたのか、誰が落としたのか、落としたという事象自体に意味はあるのか、落とし物に不思議な点はあるか、どの様に持ち主を特定するか、何故主人公が持ち主を探す必要があるのか、など。こうした小さな謎の組み合わせで何とか体裁を保てるのだ。
 先程挙げた案の中に「写真から場所を特定する話」という案があったがこれは使えそうだろう。例えば元ネタの1つとして挙げている『Numbers』では同じバスケットゴールを時間差で撮影した写真に写る影から球面天文学を用いて座標を割り出したり、『警視庁さがし物係』では単純に特徴的な建築様式をヒントに場所を割り出したりと、手法としては様々だ。実際に写真から所謂「特定」をする手法も使えるだろう。マンホールの識別番号や電柱の住所、太陽の角度で国を特定する猛者も居るくらいだ。
 ではこれらの中で使えそうな手法はあるだろうか。球面天文学など説明されても読み手は置いてけぼりを喰らうし、マンホールや電柱はリアルだし探偵役の優秀さが描けるが言い様のない不気味さが際立つ。手段については改めて練り上げる必要があるらしい。

 図らずとも肉が続き、そろそろ野菜を取りたくなる。サラダを頼むにはボリュームが多く、青豆は味が若干しつこ過ぎる。ちょうど良いという訳ではないが、強いて手を伸ばすとしたらほうれん草煮込みを選ぶ他ない。それ以外には興味が湧かなかったというだけのことだ。

ほうれん草の煮込み

 くたくたに煮込まれたそれは予想以上に味がしっかりとした印象だった。シンプルな味付けの中にベーコンの塩味が絡まり強い印象を残したのだろうか。ジャンルとしては前菜にカテゴライズされてはいるがトロトロ具合からして半分スープやシチューに近い食感だった。

 ある程度の方針が決まった為、コマ割りと下描きに移る。テクニックが幾重にもあるらしいがそんなモノを使える技術力はないので思うがままに筆を走らせる。やれ視線誘導だの、次ページへに繋がる引きとなるコマだの、30度ルールだの。理解はしていても実践は適わない。描きたいシーンを適当に散らして何とかその間を成立させるのに精一杯だからだ。
 初心者の描く漫画は往々にして「顔漫画」になりやすい。私も御多分に漏れない。背景やらパースやらの本格的な作品はそれこそプロに任せよう。今の状態は音楽で言う所の初期衝動を理屈もなしにアウトプットするだけに他ならない。それが身の程なのである。
 筆が乗ると2倍3倍の速度で下描きをこなせる様になる。ここまでダラダラ描いていたモノを一変するかの如く、18ページの下描きがあっという間だった。さて、ここ筆がピタリと止まる。オチである。ここまで仕上げて来たがオチが決まらない。話の流れとして問題の解決自体は16〜17ページ辺りで行われるのだが、そこからの上手く話を締める事が難しい。

 甘味でリフレッシュする必要がある。

プリンとティラミス

 コレが1番美味しかった。キメの細かさともったりとした甘味のプリンと微量ながらウィスキーの染み込んだティラミス。この疲れたタイミングで食すのは幸甚であるとさえ言えるのかも知れない。デザートでケーキの類を選択する機会はあまり無いのだが、これは特別に好きな部類に入るだろう。

 話を戻す。デザートを突きながら、オチについてを考える。そもそもプロット全体を通して物語を構築する必要があるのに、オチが決まらずにとりあえずで走り出す方が悪いのである。シナリオ構成の黄金比とも言える三幕構成はこの段階では最早使えない。第一、20ページで『Save the cat』は天地がひっくり返っても不可能だ。
 夢オチやデウス・エクス・マキナなどはあまりにも荒唐無稽過ぎるしそこまでの過程をゴミ同然に投げやる事になる場合が多い。夢オチに似て非なるものとして作中作オチがあり、物語が実は作中ドラマであり、登場人物達が演者としての素顔を晒す形式だ。これはそもそも登場人物達が芸能人ないしそれに類する存在(スターシステム作品)である事を、読者が認識し了承している必要がある。これも下手をすれば冷や水を掛けるオチとも言えよう。
 その後ティラミスを食べながら何とかオチを絞り出したのだが、このオチに説得力を付ける目的で道中を多少弄る必要が生まれる。伏線を張るというのはこういう事だ。既にオチがあり、その為に道中に潜ませる。オチが決まってからの逆算はある種の確かめ算にも似て、特段簡単なものなのだ。コマ数が足りないという点を除けば。

 疾うに時間は21時半を回り、随分と長く居たものである。そのおかげかは知らないが少しはマシな話が作れたのではないか。しかし本番はこれからでアナログなノートからクリスタで改めて描き起こし、ペン入れ及び清書の段階へと移る。今から帰宅の必要があるのは心が折れそうだが、それもまた一興だろうか。

※記事タイトルは 『或る夜の出来事』のオマージュ

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?