グッバイ

あと1ヶ月ほどで制服が"コスプレ"になっちゃうんだって。信じられる?

私、飽きるほど制服着てないよ。ていうか、ホンモノの制服なんて中学卒業してから一度も着てないよ。高校生になったらいろんな着こなししたかった。パーカーをブレザーの中に着てみたり、放課後にこそこそスカート短かくしてメイクしてみたりしたかったよ。そうじゃなくても、集団の中にいることを、この時代にこの若さでいることを、制服という武器を身にまとって飄々と見せびらかしたかった。それだけだよ。

私はね、小学生の頃に制服を着るのが楽しみで仕方なかった。夢に近かったんだと思う。小学生でも大人でもそれっぽいのは着れるけどホンモノはどんなものであれ、その歳にしか着れない。中学は地元の中学に通うことになってたから前から制服は知ってたし、別に可愛くもないものだけど私にとっては特別なものになるだろうなって思ってた。さらに高校生になればもっと幅広い制服の中から自分の選んだ高校の制服を着るのだと思うと、それはそれは楽しみで仕方なかった。
でも現実は全然違くて。中学は前から知ってた通りに地元の中学に通ったけど、ダメだね、人間って。入学式に着た頃には袖を通す度にドキドキしてたのに、一年も経てば毎日おんなじでつまんないとか、毎日ボタン閉めるのめんどくさいなあとかそんなことばかりで。いわゆる"慣れ"だったんだろうね。その時の私にはその制服を着ることが当たり前すぎて、毎日毎日着る為だけの服に過ぎなかった。少しスカート短かっただけで悪い意味で先輩の視線が気になったり、セーターの色が校則に引っかかるとかなんとかで揉めたのも要因だったと思うけど。
そんな生活において、突然1ヶ月も制服を着ないなんてことが訪れるとは思ってもみなかったよね。制服に袖を通すのはおろか、起き上がることもできなくて。卒業式もよく覚えてない。ただみんなと一緒に卒業証書は貰えなくて、後で個別にもらったのは覚えてる。
結局、高校生もホンモノの制服を着ないままここまで来たね。なんだかんだ理由をつけて買ったスカートとリボン、ローファーは最後の悪あがきだよ。お葬式続きだったから役に立ったけど、親戚の人には上手いことバレずに済んだと思いたいな。でも全然満足しなかった。メイクして行ったって誰にも怒られることない世界ですっぴん(じゃなくてもすっぴんぽくみせる)に制服は最強だって痛いほど知ったよ。同じところに通っていて、同い年で、何がここまで違うんだろうね。

私は来年もここに通うよ。それでももう制服は着れないんだって、「世間体的に」。私の年は本来今年の3月でこの服とさよならをするらしい。かつての同級生たちも同じようにさよならする中で私の制服だけはやけに新しい。みんなが光差す方向へときっぷを片手にそれぞれ歩き出す。私はきっぷを買う場所ももらう場所も与えられる場所も知らないまま、ぼーっとその光差す方向を見つめる。それだけしか今はできない。
変にひけらかすわけでもなく、私はこの先、この輝かしくあるべき時間と引き換えに何を与えられたとしてもこれはコンプレックスでいようと思う。その方がずっと楽な気がする。ずーっとずーっと付きまとうそれとはいっそのこと箱にしまって時々眺めるのがいい。まるで宝箱のように。

そういえばせくぞがAOKIのスーツのCMに選ばれたんだってね。チラシが入ってた。今度喪服でも見に行こうかな。なんてね。