自分の狂気を知ること、抑えること、理性的であるということ
凡人には狂気しかないというけれど。
映画やドラマを見る、本を読むということは新たな自分に会えるということでもあるし、なんというか、新しい引き出しを見つけた感じなんだよ。四六時中モヤモヤと暴れ回ってる自分のの頭の中を別な場所、本という引き出しにその部分をちぎってぶち込んでおくみたいなね。悪意はフィクションに押し込んで。 フィクションは自分の絶対にヤバい部分を収納させてくれるね。囚人が獄中暮らしで本に目覚めるのも分かる気がする。
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