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義理の姉が、家に一歩でも入った瞬間甘々になってしまって困るんですけど...

「○○いますか?」

二限が終わったころ、猫目でショートカットの女子生徒が教室の扉を開けて訪ねてきた。

「ん?何か用?」

その女子生徒は、

「お弁当、忘れてった」

水色のランチクロスに包まれた弁当箱を届けに来たらしい。

「ああ、アルノ。マジで助かったわ。昼抜きになるかと思った」

苦笑いしながら受け取ろうとすると、

「何か言うこと無いの?」

眉をひそめて、冷たくそう言う。

「お礼の一つも言えないの?」
「ありがとうございました」

いやいやながらもそう言うと、アルノは弁当箱を押し付けるように渡す。

「昼、一緒に食べる?」

怒らせただろうから、機嫌を取るための苦し紛れの手札を切る。

「何言ってんの?」

無念。

一蹴されてしまう。

「じゃあ、それだけだから」

そう残して、アルノは隣の教室に戻ってしまった。

「はぁ……」

漏れるため息。

「ああ、いつものか」

席に戻ると、友達が同情のまなざしを向けてくる。

「お前、嫌われてんの?」
「そう言うわけじゃないんだけどな……」

「あんなきついのと一緒に住んでると大変だな」

肩に手をポンと置かれる。

アルノは、幼馴染とかじゃない。

数か月前に、母さんが再婚した相手の娘。

誕生日が一日俺の方が遅かったから、アルノは俺の義理の姉。

学校で話したことはほとんどなかった。

なんとなく、可愛い子いるなってくらい。

まさか、

「にしても、お前の家の弁当っていつも凝ってて美味そうだよな」
「まあ……」

あんなだとは思わなかった。


「おい、○○!膝に手をつくな!」
「はい、すみません!」

今日の部活はいつもよりもキツイ。

練習着は汗でぐしゃぐしゃになり、もう着ているのすら嫌だ。

ボールも投げたくない……

シュートしたくない……

「お前、今日めちゃくちゃ怒られてんな」

同じように息を切らした部員の一人が俺のペットボトルを持ってきてそう言った。

確かに、今日は一段と怒られている気がする。

「ラスト一本!」

監督の大きな声が夜空に響く。

吐きそうなくらい辛かったが、何とか乗り切った。

今日の部活も無事に終わり、部室に戻る。

「汗えっぐ……」

着替えるためにシャツを脱ぐと、ズシリと感じる重量感。

「これからどっか飯食いに行かね?」

部室は何やら盛り上がっている。

「○○はどうする?」
「あー俺は……」

ポケットの携帯が震える。

俺は素早くメッセージに目を通す。

「いや、俺はいいや。今日は早く帰んないといけないっぽい」

すぐにワイシャツを着て、部室を出る。

「あいつ、彼女でもできたんかな?」
「いや、ないない。あいつに限ってはない」

無礼な声も聞こえるが、文句を言いに行くほどの体力も残っていない。

俺は、クタクタの足で真っすぐ家に帰った。


「あー……疲れた……」

住宅街を歩いて、カーテンの隙間から光の漏れた一軒家のドアに手を掛ける。

「ただいま……」

返事はない。

義父さんと母さんは、旅行に行ってしまったから当然と言えば当然か。

俺は二階の自分の部屋に鞄を置き、着替えを持って風呂場に直行。

「うわ、ベタベタ……」

42度のシャワーで汗を流す。

「痛っ……」

染みる箇所が一つ。

当たった時に転んで擦りむいてたかな……

薄ら赤いお湯が滴る。

ベッドとかソファに血がついても嫌だな。

あとで絆創膏でも貼っておくか。

手早く風呂に浸かって、早々に上がった。


脱衣所から出ると、リビングの方からいい匂いがする。

タオルで髪を拭きながら、その匂いの方に向かうと。

「○○、ご飯できてるよ!」

配膳を終えて、エプロンを外しているアルノの姿。

「親子丼……美味そう」
「でしょでしょ、自信あるんだ」

「じゃあ、いただき……」

手を合わせた瞬間。

「待って!」

アルノが制止をかける。

「腕、血出てる」

バレた。

「絆創膏貼るから、こっちきて」

アルノはソファに腰掛け、隣に座るように促す。

「いいよ、後で」
「だーめ。バイキン入っちゃうでしょ」

アルノは慣れた手つきで絆創膏を肘に貼る。

「はい、おしまい」
「ありがと」

「いいよ、お礼なんて」

救急箱を片付けて、席に着く。

「はやく食べよ」

あまりに学校の時と違うと思っただろう。

俺だって驚いていた。

普段の俺に対する態度はかなり冷たい。

しかし、家に帰った途端、

「あ、美味い」
「やった」

態度が豹変するのだ。


「ご馳走様でした」

食器をまとめて、キッチンに持っていく。

「洗い物、代わるよ」

キッチンでは先にアルノが食器や鍋などを洗っていた。

「え、いいよいいよ。食器、頂戴」

こちらに手を伸ばすアルノ。

「でも、作ってもらった上に洗い物までなんて……」

何もしてないみたいで、ちょっと気が引ける。

「じゃあさ、布巾もって」
「あ、うん」

俺は、引き出しから布巾を取り出す。

「私が洗うから、○○が拭いて片付けて」
「わかった」

軽く水滴を払ってある食器が、いくつか無造作に置いてある。

まずはそれから片付けてしまおう。

冷たい食器を手に取って、丁寧に残った水分を拭きとっていく。

「はい、これもお願い」

お椀、お皿、鍋。

次々と重なっていく食器。

「拭き終わったの片付けちゃうね」

傍らに重ねておいた食器をアルノが棚に戻していく。

「鍋はどこに置けば?」
「それは、下の棚かな」

「終わりました」
「ありがと、少し早く終わったね」

微笑むアルノ。

そして、

「なんか、夫婦みたい……なんて」

恥ずかしそうにそう言った。

「へ、変なこと……言うなよ……」

俺も恥ずかしくなってしまい、逃げるようにソファに座った。

アルノは、もう一人誰か座れるくらいの間を開けて隣に腰掛けた。

「なんか映画見る?」

テレビに配信サイトを繋げて、作品の欄をスクロール。

「あ、止めて」

アルノが指定したのは、ホラー映画。

しかも、結構怖いって有名なやつ。

「マジで?」
「これ見たい!見よ見よ!」

目を輝かせて、俺の手を握る。

「まあ、アルノが見たいなら……」

ホラー、苦手なんだよなぁ。

渋々再生ボタンを押すと、アルノが電気を消した。

「ちょっ……」

それはやばい。

暗い中でホラーとか生き地獄じゃん……!

数十分が経って。

「うわぁ……」

隣で目を輝かせるアルノを尻目に、俺は薄目で画面の見るのがやっとだった。

だから俺は、めちゃくちゃ怖い映画を見るのは諦めて、画面に釘付けのアルノの横顔を見続けることでこの事態を解決することにした。


「あー面白かった!」
「そ、そうですネ」

いや、怖すぎてほとんど見れてないけど。

時間は十一時。

もうそろそろ、寝てもいい時間帯かな。

「じゃあ、俺そろそろ寝るわ」

ソファを立つと、

「ちょっと、待って……」

手を掴んで止められる。

「明日、部活ある?」
「いや、無いけど」

「じゃあ、あと一本だけ、付き合って……ほしいな」

潤んだ瞳。

いや、そんなこと言われたら断れないじゃん。

「まあ、いいけど。何見んの?」

ホラーはごめんだ。

「これ見たいんだけど……」

アルノがそう言って再生し始めたのは、数年前に話題になってた青春恋愛映画。

「まあ、いいけど」

ホラーじゃないなら。

ソファに座りなおして、枕を抱きかかえる。

恋愛映画って、なんか好きだ。

恋とかそう言うのとは無縁で、ずっとハンドボールばっかりやってきたから。

ヒロインの子は可愛いし、ちゃんとキュンキュンできる。

ふと、体温を近くに感じた。

隣を見てみると、肩がぴったり着くくらい近くにアルノが座っていた。

「アルノ……?」

小さな声で聞いてみても、返答はない。

『だって、恥ずかしいんだもん……』

テレビから、そんなセリフが聞こえてきた。

ドキドキと鳴る心臓の音を何とか押し殺せないか頭を回しながら、映画を見終えた。


「ん……おはよ……」

週が明けた。

朝練のために、朝五時半に目を覚ます。

「おはよ」

キッチンに人影。

「アルノ……無理して俺の分の弁当まで作んなくていいのに……」

眠気眼を擦りながら、完成した弁当を見つめる。

「いいの、私が作りたくて作ってるんだから」

水色のランチクロスに包んで、手渡される。

「今日は忘れないようにね」
「了解です」

鞄の下に弁当箱を詰めて、家を出た。

のだが、

「筆箱!忘れてる!」

玄関先で、アルノが大きな声で呼び止める。

「ああ、ありがと」
「忘れないようにって言ったのに」

「学校でもこのくらい親切に渡してくれませんかね」
「それは……」

「冗談だよ、行ってくる」

手を振って見送るアルノに元気をもらいながら、部活に向かった。


学校内でアルノにすれ違っても、強めの眼力で睨まれてすれ違うだけ。

「怖……やっぱ、結構きつくね?あんな睨まれてるやつと一緒に生活してんの」

友人は誰も知らないんだろうな。

恥ずかしそうな笑顔。

ホラーなのに目をキラキラさせながら映画を見てること。

でも、恋愛映画になると少しだけ頬が赤くなってること。

俺よりも早く起きて、栄養バランスをしっかり考えた弁当を作ってくれてること。

手を振って、俺のことを見送ってくれてること。

「まあ、そんな悪いもんでもねーよ」

恥ずかしがりやな、猫目でショートカットの美少女のことを想いながら、俺は友人と移動教室に向かった。


…fin





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