見出し画像

『 』との想い出だけが 《後》

柏手が鳴って、電流が流れたように、私に衝撃が走る。

記憶、思い出……

私の、本当の。




==========




古びた、誰も寄り付かない神社。

参拝に来る人も居ない。

なんなら、誰の目にも映っていない。

神様は忘れられたときに死ぬ。

日に日に、体に力が入らないことを実感していて。

私はもうすぐ、死ぬんだろうな。

そう思っていたある日。


「……………………」

小さな、男の子。

四歳、五歳くらいかな。

じっと、鳥居の向こうから私の方を見つめていた。

正確には、私の姿は見えていないはずだから、この神社のことを見ているんだろう。

物好きな子だ。

そう思っていたら、徐々に徐々に近づいてきて。


「……ひとりぼっち、なの?」


真っすぐ、私の方を見ながらそう言った。


「また明日来るね」

その日は、そう言い残して少年はどこかに駆けていった。

そして、言った通り次の日もやってきた。

次の日も、そのまた次の日も。

私のことはやっぱり見えてないようだったけど、今日は遊戯会の練習をしただとか、最近泳げるようになっただとか。

毎日のように近況報告をしに来てくれた。

ここ百年くらい一人だった私は、応えることこそできないけれど、少年の話を聞いている時間が楽しくて。

毎日、いつ来るのかなって楽しみにしていた。

ある、桜の咲いていた日。

男の子は真っ黒なランドセルを背負ってきた。


「明日からね!小学生なんだ!」

撫でたいくらい、愛おしい笑顔。

キラキラと、海よりも輝く笑顔。

「じゃあね!」と元気よく手を振る背中。

私は、その背中に触れられない。

その年の、とある夏の日。

神様らしい能力なんて無くなったと思っていた私だったけど、久しぶりに胸の奥がざわついた。

なにか、危ないことを感じた。

何十年ぶりに、鳥居を跨いだ。

あの少年が、海に沈みゆくのが見えた。

人の世への過度な干渉はご法度。

それでも、私の体は動いていた。


「だれ……たすけ……」


今にも海に飲み込まれてしまいそうな彼の手を握る。


「君は、私の恩人だから」


こんな言葉、君には届いていないかも知れないけど。


「たとえ君が私のことを知らなくても」


この世界に私を繋ぎとめてくれたから。


「君のことだけは助けて見せるから」

少年を海から引き上げると、どうやら気を失っていたみたいで。

都合がよかったから、ちょっとだけ加護を与えてその場を去った。

いいことした。

神様なりの恩返しだ。

あの子も大きくなったら、私のことなんて忘れちゃうんだろうな。

それはちょっと、悲しいな。




・・・




なんて思っていたのに。

彼は、それからも毎日、毎日神社にやってきた。

それどころか、賽銭箱を置いてなかったからって、掃除をしてからお参りもしていくようになった。

お願い事、全部筒抜けだったんだよ。

《俺を助けてくれたあの人に、もう一度会えますように》

なんてさ。




==========




枕に顔を埋めて、大きくため息を吐く。

なんでいつもいつも、○○は変に勘がいいんだか。

胸が痛い。

涙出そう。

私は、○○が好きだ。

でも、意気地なしの私のせいで。

チャンスなんて幾らでもあったはずなのに、その一歩を踏み出せなかった。

今のままが心地いいと思ってしまっていたから。

なんだかんだ、私はずっと、○○の隣にいるんだろうなとか、甘い考えをしていたから。

ほんとに、涙出てきた。

アルノと話してる時の○○の顔は、なんだか柔らかくて。楽しそうで。

私じゃ、○○のあんな表情引き出せない。

誰がどう見たってあの二人はお似合いだ。

応援するんだ!なんて、決心したはいいけれど、○○のことが好きな気持ちはこれっぽっちも消えてくれなくて。

どうしたらいいのかな。

窓の外の月は、輪郭がぼやけていた。




・・・




「おはよう……」
「お……はよ」


結局、あまり眠れなかった。

気が付けば、眺めていたはずの月は沈んでいて、徐々に空が明るくなっていた。

でも、クマはメイクで隠したし、私に度々ある朝異常に元気のない日って思ってくれるでしょ。


「…………」


しかし昨日同様、○○は訝しむような視線を私に向ける。

そして、何か納得したように頷いた。


「よし、今日の午前中は学校サボろう」
「え!?どうして!?」

「いいから。行くぞ」


そう言って、○○は学校と反対の方向に歩き出した。

着いていった先は海。

まあ、知ってた。

○○が連れてってくれるところなんてここくらいだよね。


「いやー!学校サボってくる海もいいな!」
「どうして海……?」

「駅前とかは制服のままだとやばそうだろ?」
「あー、確かに」


実際、午前八時の海は爽やかさとちょっとした背徳感で普段とは違った旨のざわめきを起こさせる。


「あと、時間つぶしたいときの海はいいぞ。眺めてるだけで悩みも飛んでくし、いつの間にか夕日が昇ってたりする」


いつものベンチに座ると、波の音がさらに近くに聞こえる。


「はぁ……やっぱいいな」


隣に座った○○との距離は、拳三つ分くらい。

これなら、うるさいくらいになってる心臓の音も○○には聞こえないかな。


「……聞かないんだね」
「話したくないことなんて、誰にでもあるだろ。俺にだって一つや二つあるんだし」

「そっか……」


波は、不規則に心地よく寄せ返す。


「ふわぁ……」

ぼーっと海を眺めてると、昨晩の影響もあってか眠気が一気に襲ってくる。


「……ねえ、○○」
「ん?」

「眠くなっちゃった」
「一回帰る?」

「ううん」


私の立てた誓いなんて脆いもので。

結局、私は○○の隣をあきらめきれない。


「肩、貸して。枕にするから」
「寝心地悪いぞ?」

「いいから!」

私は強引に○○の右肩に頭を乗せて、ゆっくりと目を閉じた。




・・・




一週間たって、姫奈の元気もすっかり元に戻ったし、クラスメイト達もざわつきだしている。

娯楽の少ない田舎町。

明日は年に一度のどでかい夏祭り。

貴重な行事の一つだ。


「今年はさ、アルノも一緒に行こうよ」
「いいの?」

「毎年姫奈と二人で行ってるし、まあ何の変哲もないお祭りだけど、行かないよりは楽しいと思うんだ」
「なになに?なんの話してるの?」


どこかに行っていた姫奈も戻ってきて、途端に騒がしくなる。


「明日の夏祭り、アルノも一緒にどうかなって」
「いいんじゃない?たくさんの方が楽しいし!」

「毎年二人だもんなぁ……」
「ちょっと!失礼じゃない!?」

「ふふ。やっぱり仲いいよね、二人」


姫奈と軽い言い合いをしていると、アルノが微笑まし気に俺たちのことを見ていた。


「まあ、物心ついた頃から一緒に居るしな……」
「なんだかんだクラスも別になったこと無いよね」

「もう運命だね」
「いやいや、ないない」

「はい、また失礼!」
「お似合いだね、二人」

そのアルノの言葉を聞いて、姫奈が急に黙りだす。

そんなことされると、まるでアルノの言葉が満更でもないみたいじゃないか。


「と、とにかく……!明日、集合十八時でいいな!」


それからというもの、今日一日はなぜか姫奈の方を直視できなかった。




・・・




七月になってから、夜になっても蒸し暑い日が続く。

今日だって例外じゃなく、二人を待つ俺の額には汗が滲む。


「時間すぎてんだけどな……」


浴衣や甚平に身を包んだ人たちが続々と町はずれの大きな神社の方に流れていく。

そろそろ姿を見せてもいいはずの二人が中々来ない。

事故とかじゃないといいけど……


「ごめん、おまたせ!」

心配は杞憂に終わり、夏らしい浴衣に身を包んだ二人が来た。


「ごめんね、着付けに時間かかっちゃって……」
「どうせ、姫奈が浴衣着るって言ったんだろ?」

「違いまーす!アルノが先に着たいって言いましたー!」
「でも、姫奈だって絶対着るって言ってたじゃん!」

「で、どう?」
「どうとは?」

「私たちに言うことあるんじゃないの?ってこと」


言わされるのは癪だが。


「ふ、二人とも……似合ってて、綺麗だよ」


こればっかりは事実なのでしょうがない。

並んで歩く二人の後ろを着いていきながら、花火の時間まで屋台を回る。

田舎町なのに。

いや、田舎町だからこそ、屋台は充実している。


「次どうする?」
「そろそろ花火始まるし、場所取っとこう」

「はーい」


川岸の土手には、たくさんの人が集まり、今か今かと花火が上がるのを待ちわびる。


「花火、まだかな?」
「そろそろ……」


夏の空、一筋の光が筆ですっと引かれたように立ち昇る。

一瞬の静寂。

そして、地響きのような音と共に、空には大輪の花が咲く。

赤、青、黄色。

鮮やかな光が夜空を彩り、放射状に広がる無数の粒は、まるで星々が一斉に舞い踊るかのようだった。

その光景は、人々を魅了し、誰もが空に視線を釘づけにされる。

間髪を入れずに、二つ、三つ、四つと花火が上がる。

儚くも雅なその光に魅了され、俺はただ立ち尽くしていた。


「きれい……」

しかし、轟音が響く中、俺の耳にはその声が確かに届いた。

右隣。

アルノのつぶやき。

それは、一筋の涙と共に零れていた。

散りゆく光の一粒一粒が、星の様に瞬いて、風に吹かれて、微かに煙の臭いを運ぶ。

第一部終了のアナウンスと共に、再び屋台に人が散っていく。


「二部までちょっと時間あるけど、どうするか」
「どうしよっか……って、ん?」


多くの人が、一斉に空を見上げた。

花火が上がったわけでもないのに。

その理由は、全員がすぐに知ることになった。


「雨だ」

ぽつぽつと、アスファルトに沁みが広がる。

だんだんと勢いを強くした雨。

夏祭りどころの話では無くなって。


「一旦、コンビニの方に避難しよう!」


コンビニの店先。

雨雲に満たされた空。


「とりあえず、傘買ってきた。一本しかなかったから、二人で使って」


ビニール傘を二人に渡して、俺たちは再び雨に晒されながら帰路についた。


「花火、もっと見たかったなぁ」
「しょうがないよ。今度手持ちの花火買ってやろうよ」


雨が気持ち悪い。

帰ってすぐシャワー浴びないと、風邪ひくな。


「誰か!」

ひどく焦った様相で、女の人が傘も差さずに叫んでいた。


「どうかしましたか?」

慌てて駆け寄って、姫奈がそう聞いたけど、状況は聞くまでもなかった。

眼下、増水して流れも速くなった川。

子供が一人、何かにしがみついていた。


「助けないと……!」

姫奈がそう言ったのと同時に、男の子は限界を迎えたのか、その手を離してしまった。

俺は、考えるよりも先に体が動いていた。

ようやく思考が追い付いた頃には、全身を水が打ち付けていた。

流れに乗って、男の子に追いつくのは容易だった。

男の子の手を握り、流れながらも突き出た木を掴む。


「一人で上がれる?」

頷いた男の子を先に岸に上げて、自分も木を使ってと思った時だった。

体重に耐えられなかったのか、元から半ば朽ちていたのか。

再び俺の体は水に投げ出された。

ああ、このままだと死ぬな。

頭は至って冷静だった。

冷静だからこそ、自分がもう助からないんだろうということを悟った。

花火みたいだな。

なんて、ふざけた考えも頭をよぎった。

結局、一度もあの人には会えなかったな。

意識ももう途切れようかという時。


「死ぬなんて、ダメだよ」


声が聞こえた。


「○○、好きだよ。じゃあね」

そして俺の意識は、暗闇へと沈んだ。




・・・




どうにかして助けないと。

考えた。

だけど、私が考えているうちに、○○は川に飛び込んでいった。

流れの激しい川に、自ら。

○○が死んじゃう。

私の頭の中は一瞬でそれに埋め尽くされた。

でも、私には何もできない。

見ていることしか……


「姫奈、傘お願い」
「アルノ……?」

「これで、お別れだね」
「何言ってるの?」

「楽しかったよ、姫奈と過ごした時間」
「どうしちゃったの、急に」

「私にとってはほんの一瞬だったけどさ、消えるまでの、一生の思い出になったよ」

ぼんやりとした光に包まれて。

散り際の花火の様に、アルノは光の粒になって私の前から消えた。

残ったのは、閉じられた傘だけ。


「○○ー!アルノー!」

名前を呼んでも、二人から返事は帰ってこない。

私は急いで川岸に降りて、川下に向けて走った。

追いつけば、私にも何かできるかも。

○○の助けになれるかも。

 ル にも追いつけるかも。

………………?

あれ?

『  』の名前が思い出せない。

大切な人だったはずなのに。

○○のことはちゃんとわかる。

だけど、もう一人。

『  』の記憶が、私の中からごっそりと抜け落ちたみたいで。


「なんで思い出せないの……!」


風に吹かれて、傘が裏返る。

雨が手荒に涙を洗い流す。


「…………!〇〇!」

走った先、橋の下で雨が当たらない場所に横たわる○○。

駆け寄る私の手に残ったのは、骨の折れた傘と、閉じられた傘。




・・・




「ゲホッ……!」

びしょ濡れの体。

蒸し暑い夏の夜。


「○○……!よかった……」


目を覚ますと、傍らには姫奈がいた。


「今度こそ死んじゃったかと思った……」
「俺も、死んだと思った」


だけど、誰かが助けてくれた。

いや、あれは誰かじゃない。

あれは……


「『  』が、助けてくれて……。あれ……」


『  』のことが思い出せない。

忘れちゃいけない。

忘れたくない人のはずなのに。

どうして、『  』のことが思い出せない。


「なあ、今日の花火大会、何人で来た?」
「三人……」

「もう一人のこと、思い出せるか……?」


姫奈は、首を横に振った。


「………………」
「今日は、帰ろう?」

「あぁ……」

一晩経とうが、二晩経とうが、『  』のことを思い出せない日々が続いた。

何か月経っても、『  』のことを思い出せない。

海に潜っても、もう何も感じない。

夏も、秋も、冬も過ぎた。

もどかしい感情のまま、季節は巡った。

「わざわざ、新幹線のとこまで見送り来なくてもよかったのに」


春が来て、俺は進学のために地元を離れることになった。

姫奈は実家から通えるところに進学したから、初めて離れ離れになる。


「また夏休みとか、お正月とかは帰ってくると思うけどさ。それでも、見送りはしたかったから」
「ありがとう。じゃあ、行ってくる」


改札を通って、新幹線に乗り込む。

潮騒は、聞こえない。



==========




一年生の時は、忙しくて。

というのを言い訳にして、帰省することはしなかった。

戻ったらまた、思い出せない『  』のことを想ってしまうから。

だけど、二年生の夏、ようやく決心がついて一度帰ることにした。

特に姫奈に連絡とかをするでもなく、実家に荷物を置いた俺は久しぶりに地元の海を見たくなって、海岸へ足を運んだ。


「すぅ……はぁ……」

懐かしい匂い。

変わらない、浅縹色の海。

太陽を反射してキラキラと輝く。

そう言えば、泳ぐためのものを持ってくるのを忘れたと思い、振り返ると。


「帰ってきてたなら言ってよ」
「姫奈……」

「帰るの、遅い」
「悪い」

ジトッとした目で見られて、俺は思わず目を逸らした。

ここを離れてわかったけど、姫奈って結構かわいいほうだ。


「……ちょっと歩くか」


前もこうして……

あの日は夜だったけど、誰かと。

それこそ、『  』と海岸沿いの砂浜を歩いた気がする。


「暑いね~。東京はどう?」
「そりゃ暑いよ」

砂浜に、足跡が二つ。

他愛のない会話と共に続く。


「勉強はどう?」
「ぼちぼちって感じかな。その点でいえば姫奈の方が心配だけどな」

「ギリギリついてってるし!……それとさ、彼女とか……できた?」
「ぜーんぜん。できる気もしないわ~」

「そっか……」
「なんでちょっと嬉しそうなんだよ」

「い、いや、別に!?」

一年会ってなかっただけだし、メッセージでのやり取りもちょこちょこしていたはずなのに。

晴れた空のせいか、それとも寄せ返す波のせいか。


「今日は泳がないの?」
「ウェットスーツ、家に忘れてきたんだよ。この後取りに戻るつもり」

「それ、見てよっかな」
「楽しいか?」

「楽しいかと言われると……ねえ、こんなところに鳥居なんてあったっけ?」

姫奈が指をさす先。

くすんだ赤の鳥居。


「さあ……ちっちゃいけど、神社みたいだな」
「十九年ここに住んでても知らないところってあったんだね」

「だな~」
「ちょっと行ってみようよ」

姫奈に手を引かれて、海岸線沿いの鳥居をくぐる。

神社みたいだな。

何て言ったけど、鳥居をくぐって思い出した。

俺は、この場所によく来ていた。

誰かに、会うために。


「不思議な雰囲気……」
「ここ……」

「○○……?」


思い出せ。

『  』のことを。

『 ル 』のことを……


「『アルノ』……」
「アルノ……?『アルノ』……!」

記憶からひねり出したというより、頭の隅にあった単語が零れて落ちた感覚。


「○○、姫奈」
「…………!」

微かに声がした。

姿は見えないけれど、確かにその声は『アルノ』のもの。

どうして今まで忘れていたのか。

あの時も、あの時も。

俺を助けてくれたのは『アルノ』なのに。


「そこに、いるのか」
「いるよ。ビックリしちゃった。思い出せるものなんだね」

「どういうこと……?」
「二人の知ってる『中西アルノ』は、元々はこの神社の神様で。私が私自身に誓約を課すことで人間になった姿なの」

「…………?」
「難しいよね。理解しなくてもいいよ。そう言うものだって思ってくれれば」

「わかった」
「ありがと。誓約を破った私は、人間から神様に戻って。みんなから忘れられて、もうすぐで消えるところだったんだ」

「それは、死ぬってこと……なのか?」
「同じようなものと思って。私たちにとって死ぬって言うことは、忘れられること。どうして、二人は私のこと思い出せたんだろ?」

「さあ。神の加護とかじゃない?」

気が付かないうちに、頬には涙が伝っていた。

ぼんやりと、木漏れ日が集まる。

瞬きの後、一瞬にして、彼女の姿が現れた。

「もう、泣かないでよ」
「アルノ……!」

涙を流して、動けないままの俺とは対照に、姫奈はアルノのところへと飛び込んでいった。

しかしというか、やはりというか。

触れることは叶わないらしく、抱き着こうとした腕はすり抜けていった。


「やっぱ、触れないよね」
「アルノ……」

「もう、姫奈まで。そんなだと、私まで泣いちゃうよ……」


そう言って、アルノは目元を拭う。


「アルノが……助けてくれたんだよな……」
「助けたつもりはないよ。一回目は……助けたけど。でも二回目は、”神様”として当然のことをしたまでだよ」

「ありがとう……。やっと、伝えられた」


ぼんやりとしていた光が、徐々に霞んでいく。


「もうすぐ、お別れだね」
「もう、会えないの……?」

「多分、会えない。でも、私はずっと、二人のこと見守ってるから」


なんとなく、そうだろうなと察していた。

きっと、これが最後なんだと。


「姫奈は、ずっと元気な姫奈でいてね」
「うん……!」

「○○。〇〇は、ちゃんと姫奈のこと幸せにしてあげるんだよ」
「おい……!それどういう……」

「じゃあね、二人とも。元気でね!」


現れた時と同様に、瞬きをした一瞬でアルノの姿は見えなくなった。

姿は見えないけど、きっと、ここに来ればまたアルノのことを感じられる。

まだまだ、聞きたいことなんて山ほどあった。

でも、あの時の言葉の真意だけは、聞かないでいいかなって思った。

もう会えない、君との想い出だ。


「海、泳ぐか……!」

鳥居をくぐると、潮風が肌を撫でる。


「ねえ、○○」
「どうした?」

「私から、伝えたいことあるんだけど」


さっきのアルノの一言のせいで、無性に緊張してくる。

波が、強くなった気がした。




・・・




もう、私は長くないな~。

とか思っていたのに。

あの二人が覚えていてくれるうちは、私はこの世界に存在できる。


「やっぱ……」

未練も何もないと思っていたのに。


「好きだなぁ……」

もう少しだけ。

もう少しだけ、このままいさせて。

想い出の中の、心地いい場所で。





………fin

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?