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義理の姉と一緒に回る学園祭は、ドキドキの連続かもです
夏休みも明けて一か月が経って。
木々は徐々に色づくのと同時に、放課後の校内も色めきだったような騒がしさが出てくる。
廊下でアルノと話していても、周囲が浮足立っているんだろうというのがありありとわかる。
「やっぱ、去年もそうだったけどみんなそわそわしてるよね」
「まあ、学園祭だからな」
みんなが色めきだっている理由なんてのは単純明快で、学校行事の中でも一、二を争う行事。
それに、俺たち二年生は学園祭からほどなくして修学旅行も控えている。
まさに、行事尽くしの秋なのだ。
「でも、○○はそんな感じしないよね。学園祭、楽しみじゃないの?」
「いや、楽しみじゃない訳じゃないんだけどさ」
しかし、そんな秋を純粋に楽しめないのにも理由がある。
「学園祭が終わったらすぐに秋季大会があるんだ」
「だから、ちょっと深刻な顔してたんだ」
チームの柱だった三年生が抜けて、始めこそよかったけれど、最近の練習試合の結果は正直芳しくない。
どこか攻撃も守備もチグハグさが目立っている。
「そう言えば、○○のクラスは何やるの?」
「なんか、チュロス売るって言ってたっけ。アルノは?」
「うちのクラスは……メイドとは違うんだけど、コスプレカフェ?みたいなのやるんだ」
「へぇ。アルノはどんな格好するか決まってんの?」
「決まってるけど、秘密。当日にお客さんとして来てください」
「はいはい。じゃあ、俺そろそろ行くわ」
アルノに一言断って教室に戻る。
部活のない今日はクラスのために準備を手伝う時間。
「○○、段ボール貰ってきてくれね?」
「わかった。何枚くらい?」
「できるだけ!」
階段を下りて、そう遠くない倉庫の扉を開く。
積み重なった山を抱きしめるようにして、段ボールを抱え込む。
足で器用に扉を閉めて、教室に戻ろうとしてふと頭をよぎる不安。
こんなことしてていいのかな。
大会も近いのに練習もせずに学園祭の準備なんて。
・・・
「○○、こんな時間にどこ行くの?」
「ランニング」
時刻は夜の十一時。
○○の日課のランニングは学校から帰ってすぐにしていたのに、これからまた行くと言っている。
「さっき行ってきたのに?」
「部活なかったし、一本増やしても問題ないよ」
「でも……」
それじゃあ、身体が休まらない。
休みとさぼりは違う。
○○はさぼってなんかないから、少し休む時間も必要なのに。
「○○……」
「ん?」
「なんでも……ない……」
「じゃあ、ちょっと行ってくる。鍵は持ってるから、戸締りして寝ちゃってていいよ」
そう言って、○○の姿は夜の闇に消えていった。
「行くな」とは言えなかった。
「はぁ……」
焦ってるのかな。
最近、練習試合から帰ってきてもどこか暗い顔をしてることばっかりだし、努力に結果が着いてきていないんだと思う。
だから。
だからもっと努力の量を増やして。
どうにかして、○○に息を抜いてほしい。
このままじゃ学園祭も楽しめないんじゃないかなって不安になる。
「よし……!」
だったら、私が○○が息を抜けるように頑張ればいいんだ。
学園祭、絶対○○にも楽しんでもらうんだ。
私はひそかに決心を固めた。
・・・
「おい、○○!集中してるのか!」
「すみません!」
翌日の放課後。
クラスのみんなが学園祭の準備をしている中の練習。
昨日はあれだけ練習していない自分が不安だったのに、今日の俺は誰から見てもわかるように精彩を欠いている。
ボールが手に付かないし、フットワークも重い。
イメージに体が追い付かないし、視界も若干狭く思えてくる。
「○○、一回抜けてろ!」
「え……はい。すみません……」
終いには、チーム練習からはじき出される始末。
一番怖いのは、自分でもこの不調の原因がわからないという事。
「○○くん、ドリンクいる?」
「あ、井上……ドリンクは……いいや」
「そっか……」
「ごめん……」
井上にも余計な心配をかけているみたいだ。
不甲斐ない。
「今のパスいいね!」
「俺の方使ってもいいぞ」
「もっと打ってけ!」
自分が抜けたコートの外から見るチームの雰囲気は存外、悪いものでもないのではないかと思えてくる。
だとしたら、今のチームの不調は俺のせい?
俺がいない方が、チームがうまく回るのかも。
「井上」
「どうしたの?」
「やっぱ、ドリンク貰ってもいいかな」
「うん……今持ってくる」
べた付いた松やにがうっとうしい。
風に乗ってくる、散り際の金木犀の匂いがうっとおしい。
全部がうっとおしい。
いっそ秋の大会も、俺がいない方が……
「はい、ドリンク」
「ありがとう」
ボトルに入ったスポーツドリンクを流し込んで、乾いた体に水分を行き渡らせる。
ベンチに座った体はどんどんと冷えていく。
・・・
「○○」
「…………」
「○○!」
「あぁ……なに?」
夜、家のソファに寝ころびながらスマホをいじっていると、アルノがのぞき込むようにして俺に声を掛けてきた。
「今日、何かあったの?」
「別に……何もないよ」
「嘘つきだ」
「嘘なんて……吐いてない……」
アルノは、変に察しがいい。
それに、多分逃がしてくれない。
「話してよ」
「ちょっと、部活で調子が悪いだけ。俺がいない方が、チームが上手く回ってるように思えて……」
「そっかそっか」
「何か言うことか無いの?」
「特に」
「ひど」
何だよそれ。
ひどくはあるけど、笑えてくる。
「あ、笑った」
「アルノが変なことするから」
「息抜きも大切だよ。今はうまくいってないかも知れないけど、練習してない訳じゃないんでしょ?」
「うん」
「でも、○○は息抜きと言いつつも休むようなことはしたくない」
「それも、うん」
「だったらさ、立ち止まらずに一旦下見ながら歩いてみよ」
下見ながらか……
立ち止まって、息を抜くっていうのとやってることは何ら変わらないのかもしれない。
だけど、心持ちが幾分か変わる。
「まずは学園祭を楽しむところから始めるか!にしても、アルノってたまにいいこと言うよな。それに……」
「それに?」
「……やっぱなんでもない」
それに、俺のことよくわかってる。
とは、少し恥ずかしくて言えなかった。
・・・
「買い出し、誰か頼める?」
「俺、行こうか?」
「おぉ、○○。じゃあ、頼んでいい?」
「私も行く~」
そう言って追加で立候補したのは井上。
「じゃあ、二人共頼んだ」
財布を持って、学校を出る。
頼まれたものはホームセンターで大体揃う。
ホームセンターも近いし、二人いれば運ぶのも楽だろう。
「なんか、○○くんたった一晩で表情変わったね」
「あー……そうかも?」
「何かあったの?」
「ちょっとアルノに喝を入れられまして」
「そっかぁ……」
「……井上?」
何かを呟きながら微笑んで、俯いた井上。
それ以降、買い出しのための最低限の会話を除いて俺たちの間に会話は無かった。
・・・
日は流れて、学園祭は明日に迫る。
アルノのおかげで調子も完全にではないけど取り戻せてきたし、それに付随して学園祭の準備も積極的に手伝った。
「学園祭、楽しみだね」
「うん。アルノは何時くらいにクラスのカフェのシフト入ってるの?」
「始まってからお昼すぎまでかな。○○は?」
「俺は始まってすぐだけ。俺たちのクラスは仕事少ないし」
「じゃあ、終わったらうちのクラス来てよ」
「あぁ。行く行く」
しかし、シフトが終わってからは結構暇だな。
誰かと一緒に回るなんて予定もないし。
適当にふらつくくらいか。
「そ、それでさ。○○は明日……先約はいらっしゃるのかなと思いまして……」
「先約?」
「せっかくの学園祭じゃないですか。それで、○○も楽しむって決めていたことなのですでにどなたかと一緒に回る約束とかしてるのかな~……って」
「いや、何にもないけど。その話し方、何?」
「これは気にしないで!そっか……まだいないのか……」
「ぼっちなのを聞いてニヤニヤするんじゃない」
失礼な。
どうせぼっちですよ。
「じゃあ、私が一緒に回ってあげようか?後夜祭も含めて」
「いいの?友達と回ったりとかは」
「桜とは入れ違いになっちゃうから、私も回る人いなかったんだ」
「ぼっち仲間じゃん」
「私のは計画的ぼっちだから!」
なんだか訳のわからないことを言っているが、これで明日は暇じゃないな。
「じゃあ、明日楽しみにしてて!おやすみ!」
そう言ってアルノは階段を上って行った。
・・・
当日。
うちのクラスのチュロスは思いのほか盛況で、まだお昼の時間でもなければおやつの時間でもないというのに校内外からのお客さんで賑わっていた。
「意外と売れるもんだな」
「多分、手軽に食べられるからじゃないかな。これ、持ってっちゃうね」
揚げたてのチュロスを三本、井上がキッチンからお客さんのところに持っていく。
「○○、お疲れ~。交代の時間だぜ~」
「ああ、ありがとう」
学園祭を回ってきたであろうクラスメイトにエプロンを預けて、俺はアルノのクラスのカフェに足を運んだ。
その道中、
「四組のカフェ、やばかったな!」
「早めに行っといてよかった~」
などと言うのを耳にして、下手に緊張し、心臓がバクバクとなっていた。
「いらっしゃいませ~。一名様ですか?」
受付の男子生徒に案内されて、二人用のテーブルに着く。
コスプレカフェと言っているだけあってみんな、ナースや警官、定番のメイドと言った衣装に身を包んでいる。
「ご注文お決まりですか?」
「じゃあ……」
手元のメニューを開く。
お菓子のようなメニューがずらっと記されている。
「ワッフルと……コーヒーで」
「かしこまりました」
どことなく甘い香りが漂い、期待を膨らませる。
「お待たせしました……」
しばらく待つと、聞きなじみのある声。
俺は視線を声のする方に向けた。
「ワッフルとコーヒーです」
声の主はもちろんアルノ。
「えっと、その格好は?」
「ゴスロリ……なのかな……?クラスメイトに似合うって言われて……」
「うん。めっちゃ似合ってる」
「そうかな……」
「そのぬいぐるみは?邪魔にならないの?」
「これも衣装の一部らしいから」
ワッフルをテーブルに置いて、アルノは俺の向かいに座り、くまのぬいぐるみをぎゅっと抱きしめて頭の上に顎を乗せる。
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「み、見てないで早く食べてよ……結構おいしいから」
「いただきます」
サクサク、ふわふわっとして。
程よい甘みが口いっぱいに広がる。
「美味しい?」
「美味しい。なんか、ホッとする味」
「でしょうでしょう。だって、○○のやつは私が作ったんだから。生地からね」
だからか、と腑に落ちた。
だから、なんとなくホッとしたのかと。
食べ慣れてる感じがしたからか。
「私、あと十分くらいで終わるからここで待っててよ」
「あ、じゃあ結構ギリギリだったんだ」
「そうだよ。来ないかもって思って不安だったんだから」
眉をひそめるアルノ。
これは悪いことをしてしまったと、少々申し訳なくなる。
「じゃあ、ちょっと待っててね」
そう言い残し、アルノは他に来たお客さんのところに向かった。
「二名様でよろしいでしょうか」
「はい」
「こちらにどうぞ」
二人組のお客さんは俺の近くの席に案内される。
アルノは注文を受け取って裏に行った。
「あの店員さん、めちゃめちゃかわいくね?」
「それな。あの先輩笑った顔エグイな」
恐らく後輩なのであろう近くの二人組からそんな声が聞こえてくる。
アルノが褒められているはずなのに、どうしてだか胸の片隅がもやもやとする。
ワッフルを食べ終え、ゆっくりとコーヒーを飲んでいると、制服に着替えたアルノに肩を叩かれた。
「お待たせ」
「行くか」
コーヒーを一気に流し込み、食器を返してアルノと一緒に教室を出る。
「どこ行くの?」
「お楽しみ」
行き先を教えてくれないアルノについていくと、目の前にはお化け屋敷と書かれた看板。
三年生の先輩が作ったやつ。
通りでここに来る途中青ざめた生徒たちとすれ違ったわけだ。
「目的地って、ここ……?」
「そうだよ」
アルノめ。
この前遊園地に行った時のお化け屋敷で俺がビビり散らかしてたの気づいてたな。
「俺が外で待ってるって選択は……」
「ないよ」
「ですよね~……」
小さくため息をついて、心を落ち着ける。
学生レベルだ。
怖くない、怖くない。
「ほら、行くよ」
どこか声の踊るアルノに手を引かれて教室の扉をくぐった。
・・・
「もう無理……帰る……」
「楽しかった~!」
学生レベルだなんて言って舐めていた。
笑顔のアルノとは対照的に、俺は恐怖と安堵でおかしくなってしまいそうだった。
「ドキドキした?」
「し、した……」
怖すぎて。
「次はどこ行こうか」
「三年生のクラスに劇やってるクラスなかったっけ?」
「いいね。そこ行こ」
足取り軽く、アルノが廊下を歩きだす。
まだおぼつかない足取りで俺はそれに着いていく。
「なんか、これから行く劇、演劇部の脚本担当の人が作ってるんだって。他にも部員の人もいっぱいいるらしい」
「うちの高校の演劇部って凄かったよね?」
「うん。だからめっちゃ楽しみなんだよね」
「私もそれ聞いて楽しみになった」
俺たちが着くと、ちょうど次の公演が始まる時間だったようで、俺たちは慌てて空いていた隅の席を並んで確保した。
「人、多いね」
「それだけ面白いんだろうな」
電気が消され、幕が上がる。
さすが、演劇部を多く抱えているだけある。
小道具とか、セットにもこだわりが見える。
『僕らはどうしていがみ合わないといけないんだ!』
演技も脚本も聞いていた通り素晴らしい。
やっぱり、これは来てみて正解だった。
『君にもいるんだろう!大切な人が!思い浮かべてみろよ!』
劇の終盤。
そんなセリフが耳に入った。
俺は反射的に右隣を向いてしまった。
「あ……」
電流が走ったようだった。
俺が見た先。
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アルノの視線もこちらを向いていたから。
「…………!」
俺は慌てて視線を逆に逸らした。
アルノはどうしたのかな。
心臓の音で、劇のセリフが入ってこない。
体温が一気に上がったように感じる。
首の後ろにも変な汗が伝っている。
「ありがとうございました!」
いつの間にか、劇は終わっていて。
ラストの内容もなんとなくしか覚えてない。
「な、何か食べよっか」
「だ、だね……!」
会話も、どこかぎこちない。
・・・
日も暮れて、肌寒くもなってきた。
文化祭の日程も終わり、残すは後夜祭。
後夜祭はグラウンドに集まってファイヤーストームを眺めたり、ダンス部とかも盛り上げてくれるらしい。
俺たちは一番大きな輪からは少し離れた場所に並んで座っていた。
「やっぱ十月後半だね」
「寒い?」
「ちょっと」
火が点き、歓声も上がる。
夜が照らされる。
「俺のブレザー貸そうか?」
「○○、文化祭楽しめた?」
「楽しめた……けど?」
うん。
ちゃんと楽しめた。
しかし、アルノの不敵な笑みが気になる。
「誰のおかげ?」
「それは……もちろんアルノのおかげだよ」
「じゃあ、私のわがまま一つ聞いて貰いましょうかね」
そう言うことね。
笑みの理由が分かった。
「いいよ。なんでも」
「じゃあ……」
アルノの頬がほんのり赤く染まったような気がした。
「後ろから……ぎゅってして温めてよ……」
それは、燃え滾る炎の所為かもしれない。
それは、ある種の防衛本能なのかもしれない。
手が震えて、視界もどこか揺れている。
背後に回って、小さく息を吐く。
「じゃ、じゃあ……失礼します……」
炎に照らされる小さな背中をやさしく抱きしめる。
アルノの細やかな息遣いと、それに合わせて微かに上下する肩。
吐き出すたびに震える息を何とか押し殺す。
「ど、どうですか……」
「熱い……でも……」
アルノが回した俺の腕にそっと触れる。
「もうちょっと……このままでいて……」
歓声の輪の外。
陽炎が分かつ世界にたった二人。
「…………」
「…………」
少し、気まずくて。
だけど、どこか落ち着く、たった二人だけの世界。
「お、終わり……!」
「む……」
何か言いたげなアルノだったけど、俺の根負け。
これ以上は、俺の心臓が爆発してしまう。
「じゃあ、そろそろ帰るか」
「そうだね」
炎の勢いは次第に弱くなり、月の光が目立ち始める。
「やっぱブレザーも貸して」
「はいはい」
ワイシャツ一枚のはずなのに、帰り道に肌寒さを感じることは無かった。
………つづく
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