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たまたま立ち寄ったお店の店員さんは、高根の花だと思ってたあの子でした

真っ青な空を窓の向こうに見ながら、授業間の休み時間は教室前の廊下が生徒で賑わう。

部活の仲間同士、同じクラス同士、中学が同じもの同士。

あちこちでグループが作られて、いろんな話が展開される。

多くのグループは他の生徒から注目をされるなんてことは無いと思うのだが、一つ隣のクラスの廊下前のある三人組の女の子。

校内では、誰が付けたか三人の名前の頭文字を取って『さつまいろ』なんて呼ばれている三人組。



かわいくて、スタイル良くて、人当たりもバッチリで。

それでいて飾らない三人は、まさに学校中の高嶺の花。


「やっぱさ、あの三人すごいよな」
「あー……確かにすごいな」

彼女たちのうわさをしているのは、僕たちだって同じ。

僕と仲のいい二人、長谷川××も、芳澤△△も、さっきからあの三人に目を奪われて敵わない。


「お前ら、あの三人の中だと誰派だよ」
「俺は……いろはちゃんだな。一回演劇部の舞台見に行ったんだよ。そん時に一目ぼれしちゃってよ。××は?」

「俺は五百城さんかな。スタイル抜群だし、優しいし。あ、咲月は無しだな」
「それは××が菅原さんと幼馴染だからだろ。○○は?」

「僕も、五百城さん。でも、話したこともないし、僕は見てるだけで十分かも」

そう、僕にはあの子を見ているだけで十分。

あの子と友達になんて。

ましてや、付き合えたらなんて高望みだ。


「夢がねーよ夢が」
「そうだぜ、○○。夢くらい語ってかないと」

「あはは、そうかもね。でも……流石にね」
「そうでもないって。特に咲月なんて……」

「はいはい、××くんの幼馴染マウントいいから」
「一回なってからマウントとか言え」

盛り上がる二人を尻目に、僕の視線は五百城さんに吸い寄せられる。


「でな?あそこの肉まんがめっちゃ美味しくてな!」
「えー!めっちゃ気になる!」

「こんど三人で行こうよ!」

ちょっとだけ聞こえてくる会話も、飾らない感じのもの。

そんな彼女たちに、みんな惹かれる。


「あ、次の授業始まるな」
「次なんだっけ?」

「現代文。早く準備しちゃおうぜ~」


この十分間。

十分間だけ、僕は彼女のことを好きでいられるんだから。




・・・




部活も終わって、空腹のまま帰り道を歩く。

今日はご飯をどうしようか。

父さんも母さんも今日仕事で遅くなるって言っていて、事前に夕ご飯のためのお金を預かっている。

簡単に済ませるならファストフードかチェーン店。

コンビニって選択肢もある。

だけど、それじゃいつも通りの部活帰りと一緒だ。

今日は簡単なものじゃなくて、がっつりと食べたいから今までは行ったこと無かったけど言ってみようと思っていたお店にでも行ってみよう。

いくつか、スマホにブックマークしていた行ってみたい店の候補の中から一つピックアップする。

ちょっと離れた場所にあるラーメン屋。

マップに住所を入力して、ルートを案内してもらう。

ぐうと腹の虫が騒ぐのを収めて、ルート通りに進む。

道中、ハンバーガーだったり、牛丼屋だったりと誘惑が多かったがそれらを跳ねのけて一直線にラーメン屋に向かっていた。

そう。

向かっていたのに。

ふと、僕を包んだ匂いに足が止まってしまった。

年季を感じる看板に、こじんまりとした店構え。

窓から覗く店内も昔ながらの町中華って感じ。

駅から離れているし、僕の行動圏外だったからこんな良さげなお店を知らなかった。

ラーメン屋に行くか、ここに寄るか。

頭を悩ませていると、社会人らしき二人組が店内から出てきた。


「やっぱここ、美味いよな~」
「だよな~!値段も高すぎるって訳じゃないし!」

「それになんと言っても……」
「店員さんがかわいい!」

その言葉を聞いて、僕はこのお店で夕飯を済ませることを決心した。

かわいい店員さんと言うのはどの程度のものなのか。

いや、五百城さんよりかわいい子なんてそうそういないんだけど。

だけど、どんな子が働いてるのか気になるし。


「いらっしゃいませ~」
「い……」


店に入って、僕は言葉を失った。

五百城さんよりかわいい子はいない。

僕の中で、かわいいの上限は五百城さんだった。

そして、僕が上限だと思っていた五百城さんが、目の前にいたからだ。


「こちらの席どうぞ~」


案内してくれる、エプロンを身に着けた店員さん。

向こうは多分知らないだろうけど、僕の心臓はうるさく鳴り始めた。


「ご注文お決まりになりましたら呼んでくださいね!」


彼女は、輝くような笑顔と、元気な声で僕にお品書きを渡すと、また別のお客さんの案内に向かった。

お品書きは、炒飯だったり、定食だったりと本当にどこにでもある中華料理屋という感じ。


「すみませーん!」
「はーい!ご注文お伺いします!」


五百城さんがエプロンのポケットからメモとペンを取り出す。


「レバニラ炒めと……餃子一つお願いします」
「ふんふん……かしこまりました!結構がっつりいくんだ……あ!」


五百城さんは慌てて大きく開いた口をふさぐ。

恐らく、無意識のうちに心の内が言葉になってしまって、しかもそれがため口になってしまったからだろう。


「す、すみません!お客さんにため口なんて……」
「ぜ、全然気にしないですよ!」

「あの……そのバッグ、うちの高校のバレー部のですよね?」
「そうですけど……」

「やっぱり!何年生なん?」


同じ学年で、隣のクラス。

名前を覚えられているかもなんて思ってはいなかったけど、突きつけられると少しはショックだ。


「一年生だよ」
「何組?」

「三組」
「え!?隣のクラスやったんや!」


目を丸くして喜ぶ五百城さん。

同じ学校、同じ学年だったのが嬉しいのだろう。


「そうだったんや~!あ、お料理、すぐ持ってくるな!」

そう言って、キッチンに小走りで向かう五百城さん。

小刻みに揺れながら注文を厨房に伝える姿がかわいらしい。


「お待たせしました!レバニラ炒めと、餃子一皿です!」


運ばれてきたお盆。

ホカホカと湯気の立つ料理たち。

一つ、気になるのは。


「これ……ご飯の量多くない……?」
「ああ、これ……」

山盛りに盛られた真っ白なご飯。

大盛りにした覚えはない。


「これな?おばちゃんが、茉央と同じ学校の子が来てるって言ったら大盛りで持っていきなって言ってくれて……」

おばちゃんの厚意で山盛りにしてくれたご飯。

気持ちは嬉しいけど、流石に申し訳なさもある。


「ほんとに、気にしなくてもええと思うから!いっぱい食べて!」

そう言って、五百城さんはまたお客さんの対応に向かってしまった。

残されたレバニラ炒めと餃子、山盛りご飯。

ぐうと大きくお腹が音を立てる。


「いただきます」

このお店のおばさんのご厚意に甘えさせてもらって、僕はレバニラ炒めを一口、口に運んだ。




・・・




今日も、普段の様に駄弁るために廊下に出る。

そして、いつものように彼女たちに視線を吸い寄せられる。


「で、最近私トマト食べられるようになって~」
「前まで全然食べられんかったやん!」

彼女たちの会話はいつも変わらない。

飾らない、等身大の会話。


「今日もかわいいな、あの二人。」
「三人だっつの……って、五百城さんこっち見てね?」

「ほんとだ」


ぱちりと、視線が交差した。

いつもは高根の花だと思っていた彼女と、目が合った。


「…………!」

そして、五百城さんは僕の顔を見て笑みを浮かべる。


「ちょっと待ってて」

彼女は輪を離れ、徐々に徐々にこちらに近づいてくる。


「おい、五百城さんこっちくるぞ」
「告白されたらどうしよ……!」

「いや、お前はねーべ」

彼女の視線は、真っすぐ僕の方を向いている。

僕は彼女のその視線から目を逸らせない。


「ねえ、きみ!」
「あ…….ぼ、僕ですか……?」

「そう、きみ!昨日お店に来てくれてたよね?」


覚えられてた……!

キラキラと輝く大きな瞳が僕のことを見つめる。


「あ、うん。覚えててくれたんだ……」
「もちろん!さっきパチって目が合って、あの時の子だ!ってすぐわかったもん!」

思わず、僕の目には涙が滲む。

こぼれるほどでは無いけど、間違いなく潤んでいるだろう。


「名前、何て言うん?」
「喜多川○○……です……」

「そしたら、○○くん!おばちゃん、めっちゃ喜んどってな~!『また来て~』って言っとったで」
「そう……なんだ……」

五百城さんの勢いに、思わず一歩引いてしまう。


「そうだ、茉央まだ自己紹介しとらんかった。五百城茉央、よろしく!」
「うん、よろしく」

知ってる。

五百城さんは、流石に有名すぎる。


「じゃあ、またお店きてな~。友達も一緒でええで!」

手を振って、五百城さんは二人の元に戻っていく。

その時も、輝くような笑顔だった。


「おい、どんな関係だよ」
「昨日、部活終わりの夜ご飯に中華料理屋さんに行ったんだよ。そこの店員さんにたまたま五百城さんがいて……」

「それどこだよ!今日連れてけ!」
「いいけど……五百城さんが今日もいるとは限らないし……」

「関係ないね!とりあえず部活終わったら二人ともグループに連絡しろな!」



・・・




そして、部活が終わった午後八時。

僕は二人を連れて昨晩行った中華料理屋に再び足を運んだ。


「おーここが……」
「昔ながらって感じで、なんかいいな」


暖簾をくぐって、店内に入る。

美味しそうな匂いに包まれる。


「いらっしゃ……あ~!○○くん!もう来てくれたんや~!」

僕らの方を見るや否や、駆け寄ってくる五百城さん。

と、同時に固まる身体。


「席、案内するな?」


入り口近くの角のテーブルに案内されて、お冷とお品書きがテーブルに置かれる。


「決まったら呼んで!」
「はーい」


△△の元気な返事と同時に、お店の扉が開く。


「茉央~!きたよ~」

お店の中に入ってきた二人。

菅原さんと、奥田さん。


「わ!二人も来てくれたんや!」
「二人も……?」

首を傾げた菅原さんが、こちらに視線をやる。


「あぁ、『も』って、××たちも来てたからだったんだ」
「おー咲月。一緒に飯食うか?」

「じゃあそうしようかな。いろはも、それでいい?」
「うん、いいよ」

足りない椅子を他の席から借りて、二人が僕らのテーブルにやってくる。

××はそうでもないのかも知れないけど、僕も△△も緊張して背筋が伸びてしまっている。


「××、いろはと話すのは初めて?」
「うん。初めて」

「じゃあ、自己紹介しちゃおっか!」
「それ、茉央も混ざってええ?」

五百城さんが僕らをのぞき込む。


「バイトは?大丈夫なの?」
「友達たくさん来てるから、今日はもう上がっていいっておばちゃんが言ってくれて」

「そうなんだ!じゃあ、茉央の椅子も持ってくるね」
「ううん、ええよ持ってこなくて。茉央は○○くんの隣に座るから」

荷物置きになっていた僕の隣の席を慌てて空けると、その席に五百城さんが腰を下ろす。

ふわりと、優しい香りが鼻孔をくすぐる。


「じゃあ、自己紹介××から」
「え、なんでだよ。咲月からでよかっただろ」

「いいからいいから」


突如始まった食事会。

あの『さつまいろ』の三人と、僕ら。

学校でこんな状況になってたら、きっと逃げだしてしまう。


「じゃあ、最後は○○くんやな」
「え、あぁ!えと……」

緊張で、みんなのやつ全然聞いてなった。

バクバクと、心臓が音を立てる。


「き、喜多川○○……です。バレー部です」
「バレー部なんだ!」

「いろはの言ったとおりだったでしょ?」
「茉央たち、○○くんのことおっきい人やな~って思っとったんよ!」

「だってよ、○○」


店内に、笑い声が木霊する。

なんだか、胸の奥がムズムズする。




・・・




「いや~美味かったな」
「今度もここ来よ」


××も、菅原さんも。

「ま、また一緒に行きましょう!」
「うん、もちろんだよ!」


△△も、奥田さんも。


「○○くんはどやった?」
「もちろん、すっごく美味しかった」

僕にも、五百城さんにも。

みんなの顔に笑顔が溢れてる。


「なんか、今日めっちゃ楽しかった~」
「もうすぐ二年生でクラス替えだけどさ、この六人で一緒になれたら楽しいかもね」

「せやな~」

また、五百城さんの視線と僕の視線が交差する。


「私と××、あっちだから」
「俺と奥田さんも帰る方面一緒なんだよね」

「○○くんと茉央も方向一緒やもんね~」


また明日と、僕らはそれぞれの帰路に着く。

丸い月が夜道を照らす。


「今日、すごく楽しかった」
「茉央も、○○くんたちと話せてめっちゃ楽しかった」

「僕、こっちの方だから」
「あ、待って!連絡先、交換しよ」

まさか、こんな日が来るとは。

僕の連絡先に、五百城さんの名前が追加されるなんて。


「ふふ、これでいつでも○○くんとお話しできるな~」
「お、お願いします……!」

「そんな固くならんでよ~。じゃあ、また明日!」


Y字路を別々の道に進む。

スマホを見れば、五百城さんの名前が連絡先の中にある。


「………………」

やっぱり、胸の奥がムズムズするな。


空気を吸い込んで、肺を膨らます。

吹き抜ける風は、どこか春を運んでくるようだった。





………つづき、作れれば作るね

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