隣の席の中西さんは、ハムスターにも似てるかもしれない
隣の席の中西さんは、猫みたいな人だ。
何を考えているかわからなくて、気まぐれで。
だけど、猫を撫でる姿はどこか子供っぽくて。
そんな中西さんとようやく挨拶を交わせる関係になったと思っていたのに。
「全員いるか~?中西は……欠席か?誰か知ってるやつ~」
隣の席は今日、えらく見通しがいい。
机に突っ伏している中西さんも、ぽやっとしながら窓の外の木にとまった鳥を眺めている中西さんも今日はいない。
なんだか、寂しいな。
・・・
放課後、僕は日直の仕事を教室で一人残ってこなしていた。
本来、日直は二人でやるんだけど、もう一人のクラスメイトは友達との予定があるって言って先に帰っちゃった。
窓際に置かれた花たちに水をやって、黒板も綺麗に消して。
日誌も付け終わって、僕は職員室にそれを持っていく。
「おぉ、ありがとな」
「では、失礼します」
「ちょっと待ってくれ。このプリント、中西の家まで届けてほしいんだけど、頼めるか?」
「家までですか!?」
「頼んだぞ~。じゃあ、先生は会議あるから」
職員室に残された僕。
手にはプリント。
中西さんの家の場所、知らないのに。
連絡先も持ってないし、中西さんの家の場所を知ってそうな人も知らないし。
とりあえず教室に帰って帰りの支度をしながら対策を考えるけど、特に思いつくものはない。
これは一度帰って、明日の朝にでも渡せば……
「あるの~!帰ろ……」
鞄を背負って帰ろうとした時、騒がしく教室の扉が開かれる。
その主は一人の女子生徒。
たしか、隣のクラスだった気がする。
「あれ、あるのは?」
「中西さん、今日は休みだよ」
「うそ、そんな連絡……きてたわ!あっはは、ごめんごめん!」
携帯に休みの連絡が来ていたのだろう。
それに気が付かなかったことに大爆笑している。
なんだか、にぎやかな人だ。
「そうだ、えっと……お名前は?」
「わたし?私は岡本姫奈!ねえねえ、連絡先交換しようよ!」
「あ、うん……。岡本さん、中西さんと仲いいんだよね?」
「うん、めっちゃ仲いいよ」
「じゃあ、中西さんの家にプリント届けなきゃなんだけど、お願いできないかな?」
「いいけどさ、君も一緒に行こうよ!」
岡本さんは教室に入ってきて、ガシっと僕の腕を掴んだ。
「さあ、れっつごー!」
僕は岡本さんに引っ張られて、学校を出る。
「中西さん休んでるのに、二人で行ったら迷惑にならないかな?」
「大丈夫でしょ!」
中々、離してくれる気配はない。
引っ張られていくうちに、もう僕も観念してそのまま岡本さんに委ねることにした。
「着いた~」
ようやく岡本さんが僕の手を離してくれたのは、閑静な住宅街の中、ごくごく普通の一軒家の前。
ここが、中西さんの家……
岡本さんは、何も臆することなくインターホンを鳴らす。
しばらく待つと、スピーカーから中西さんの声が聞こえてくる。
「ひな?何しに来たの?」
「プリント届けに来たんだけど?」
「今開けるからちょっと待ってて」
バタバタと音が聞こえて、玄関の扉が開かれる。
「やほ~」
「どうも……」
「あれ、結城くんもいる」
「プリント、預かってて」
「届けに来たのひなじゃないじゃん」
「彼を案内したの私だから、私も届けたってことでいいじゃん!」
この数ラリーだけ見ても、中西さんと岡本さんの仲がいいんだろうなって言うのがすごく伝わる。
「まあ、とりあえず上がってよ」
「でも、体調不良とかじゃ……」
「え?あ、ごめん。今日、起きれなくて休んだだけなんだよね」
……何とも、中西さんらしい理由だ。
「おじゃましまーす」
「お邪魔します」
「私の部屋、二階の奥。ひなが知ってるから、案内してもらって。お茶だけ取ってくる」
「こっちこっち」
岡本さんに案内されて、僕は中西さんの部屋へと入る。
基本的にはシンプルなんだけど、アメコミキャラクターのフィギュアだったり、お守りだったりが棚に並べられている。
机の上にはハムスターもいて、勝手な想像をしていた中西さんの部屋って感じなんだけど、最も異質なのが……
「カチンコ……?」
「適当に座っちゃって~」
「岡本さんの部屋じゃないよね……?」
「まあ、私の部屋みたいなもんだし!」
「ちがう」
「あるの冷たい~!」
抱き着く岡本さんと、お茶とお菓子の乗ったお盆を持ったままそれを引きはがそうとする中西さん。
見れば見るほど正反対な二人。
だからこそ仲がいいのかもしれない。
「二人は、どんな関係なの?」
「私とあるのは小学校の頃から一緒なんだよね~。高校もあるののおかげで合格できてさ」
「あれは大変だった……」
二人の間に流れる独特な空気の正体がわかった。
幼馴染ゆえの信頼感みたいなやつなんだろう。
「あ、わたしワーク学校に忘れた!」
「ちゃんと持って帰りなよ」
「取り行ってくる!」
風の様に、岡本さんは部屋を飛び出す。
部屋を、飛び出す?
「そう言えば、結城くんはプリント届けに来てくれたんだよね?」
僕はすっかり、帰るタイミングを逃してしまった。
「あ、うん。これ……」
「ありがと。お礼にうちのハムスター触らせてあげるよ」
プリントを渡すと、それを机に置いて中西さんは代わりに真っ白なハムスターを手のひらに乗せてやってきた。
「手、だして」
僕は言われるがままに手をお椀のような形にして差し出す。
その用意した舞台に、モフっとした白いハムスターがやってくる。
「うちのハムスター、顔がいいでしょ」
そう言われて、顔の前まで手を上げてまじまじとハムスターの顔を見る。
むんした口周りと、クリっとした目がかわいらしく、どこか既視感すら感じる。
「どう?」
「すっごいかわいいね」
「でしょ?」
ハムスターをかごの中に戻してやると、コロコロと回し車を駆け、中西さんが渡したペレットをもきゅもきゅと食べる。
頬を膨らませながら食べる姿もかわいらしい。
そしてハムスターは僕に何見てるんだと言わんばかりの視線を向けてくる。
「ちなみに、この子結城くんが来てくれたからか、ご機嫌なんだよ」
「そうなんだ……」
「なんとなくというか、勘というかだけどね」
「名前はなんて言うの?」
「ロールスロイス」
「ろ……。……?」
真顔でそう言い放ち、ハムスターに構い出す中西さん。
その様子を見ていると、また風の様に岡本さんが戻ってきた。
「つかれたー!」
「帰ったんじゃなかったの?」
「あるのに聞きながらやろうと思ったの!」
「じゃあ、僕はこれで……」
「なんで?君もいっしょにやろうよ!」
心が揺らぐ。
でも、あんまり長居するのも中西さんに悪いし……
「いいじゃん。ほら、座って」
「うぅ……」
押しに押されて、僕は結局もう一度腰を下ろした。
・・・
その日の夜。
ご飯も食べて、お風呂にも入って。
もう寝られるって状態でベッドに寝転がって、冷静になった僕は今日一日を振り返る。
「僕、とんでもないことをしてしまったのでは……?」
頭の中を悶々とした何かが支配する。
流れに流されてとはいえ、女子の部屋。
それも、あの中西さんの部屋に……!
頭を抱えてベッドを転がっていると、僕の携帯に一通のメッセージが届く。
『これ、結城くんの連絡先であってる?ひなから貰ったんだけど」
差出人はまさかの中西さん。
そう言えば、今日岡本さんと連絡先を交換していた。
それ経由で中西さんと繋がれるとは。
『結城くんが帰ってからもしばらくご機嫌だったうちのハムさん送ってあげる』
メッセージと共に添付された動画。
カラカラと回し車を回すロールスロイス。
動画を取られていることに気が付いたのか、回し車に飽きたのか、じっとカメラを見つめるところで動画は終わった。
『今度は結城くんと一緒に暮らしてる猫さんも撫でさせてよ』
『もちろんだよ!』
なんだか、メッセージからも中西さんを感じる。
いや、実際に送ってきてるのは中西さんだから当然のことなんだけど、メッセージ越しでも中西さんの温かさを感じるというかなんというかだ。
僕は、興奮する心のまま、とりあえず壮太に今日のことを報告することにした。
・・・
翌日の僕は、ドキドキと鳴る心臓のまま学校に向かった。
しかし、教室の僕の席。
その隣に中西さんの姿はない。
普段は僕よりも早く来ていることの方が多いのに。
今日こそ本当に体調不良だったり……
「あ、おはよう、結城くん」
なんてことは無く、背後から中西さんが僕に挨拶をして自分の席に座ると、鞄からコッペパンを取り出して頬張る。
「%&$#%$#$#%……」
「…………?」
もごもごと、口いっぱいにパンを詰めながら何かを話している中西さん。
その姿が、あのときの既視感と重なる。
むんとした口周り、クリっとした目。
ペットは飼い主に似るとはよく言ったもので、頬張る姿までロールスロイスそっくりだ。
「どうかした?」
パンを飲み込むと、中西さんは首をかしげて僕の方を見る。
やっぱり、似てる。
「なんだか、そっくりだなと思って」
「…………?まあいいや」
中西さんはいつものように机に突っ伏して睡眠モードに入ってしまった。
僕が中西さんに感じていた愛らしさの源泉が分かったような気がした。
………つづく
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