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ひまわりと月明 『第10話』

正直、焦りはあった。

自分は何を成しえているのか。

自分は何者になれるのか。

先週の○○のコンクールでの演奏を見るまでは、○○だってきっとそう思っているんだって、心のどこかで安心していた。

だけど、あの日。

あの日、間違いなく○○は何者かになろうとしてた。

昔の○○の姿を見た。

いつもいつも俺の前を止まらずに駆けていく○○の背中が、より一層遠くになった。

俺も、何か成し遂げないと。

その結果がこれだ。

地面を見失い、気が付けば救急車に乗せられて病院に運ばれて。

右肘の靭帯断裂と、左足首の骨折。

ウインターカップ予選準決勝、決勝までに間に合うはずなんて欠片もない。

チームの雰囲気もよかったし、俺自身のコンディションもよかったはずなのに、またしても自分のせいで全国への道が閉ざされてしまう。


「なんで……なんで、今なんだ……」


シーツを固く握りしめ、噛み締めた唇からは血がしたたり落ちる。


「なんで……俺なんだ……」


曇り空が滲んだ。




・・・




「すみません、失礼します……!」


試合が終わって、私はすぐに学校を飛び出した。

○○が運ばれたのは、学校からそう遠くない大きな病院。

あれだけの事故だったから、××の体はもちろん心配。

だけど、一番心配なのは××の心の方。

もし、今回のケガが大きなものだったら。

控えてる大会にはきっと、××は出られないし、××抜きで勝てるほどうちの高校は他に比べると選手層は厚くない。

全国大会には、出られない。

それは選手として戦ってる××が一番わかっているだろうし、××が抜けて意気消沈してしまったチームのみんなも痛感していると思う。

だから、一番心配なのは××の心。


「はぁ……はぁ……。すみません、面会したいんですけど……!」


エントランスで××の病室を聞いて、混んでいるエレベーターを避けて階段を駆け上がる。

なんて言葉をかけよう。

なんて言ったら、××は元気に応えてくれるだろう。

病室の扉に手をかけようとした時、微かに。しかし、鮮明にその奥から声が聞こえた。


「なんで……今なんだ……」


私の手は、思わず止まってしまった。

あの夏の日。

インターハイ予選の時とは、比にならない無力感。

改めて突きつけられる。

自分には何もできないのだと。

また……


「また……何もできないの……」


病院の床に涙が落ちる。

結局、私はその扉を開けられないまま家へと帰った。




・・・




「××が病院に運ばれた!?」
「うん……。ごめん……ほんとは昨日のうちに伝えるつもりだったんだけど……」

いつも通り、一緒に登校するためにアルノと集合場所に向かうと、そこには咲月の姿しかなかった。

××は寝坊でもしていやがるのかと思ったけれど、話を聞く限りそうではないらしい。

××は試合中のアクシデントで病院に運ばれたとのことだった。

隣のアルノは、驚きのあまり言葉を失っている。


「それで、ケガはどんな具合だったの?」
「わからない……。私も聞けてないの……。だけど、今日の午前中に手術するって言ってた」

手術が必要なほどのケガ。

大会には間に合わないか。


「じゃあ、明後日の放課後くらいにでも、みんなでお見舞いに行こう。あんま早く行き過ぎると迷惑になるかもだし」
「うん……」

「咲月……?」

やっぱり、アルノは心の機微に敏感だ。

咲月の表情から何かを読み取ったらしい。


「正直……私は行きたくない……。私が行っても、何もできない……」
「咲月……」

「二人で……」
「何言ってるの。咲月が行かないとだめでしょうが」

「アルノ……」
「そうだよ。咲月が行って、顔見せてあげるだけで、××は多分元気になるから」

「○○……」
「だから、一緒に行かないなんてなしだからね」


咲月は強く頷いた後、勢いよく自分の両頬を叩いた。

何か、吹っ切れたようで、それ以降の咲月の表情はどこか心強いものに変わっていた。




・・・




二日経った放課後。

ちゃんと、三人で××のお見舞いに向かった。

病室に入る前、「ちょっと、もう一回心の準備させて」と言って、咲月は深呼吸していた。


「××、来たよ」
「おー。悪いな、わざわざ」

「果物ももってきたよ」
「サンキュー。その辺置いておいてくれ」

ベッドの傍らに椅子を三つ用意して腰を下ろす。

病院着に身を包んだ××。

点滴も繋がれていて、手術の痕も残っている。


「いやーこんな大事な時期に大ケガしちまうなんてな。これじゃ予選は確実に無理だし、全国に進んだとしても俺は出られないな」


××は、どこまでも『やっちまったよ~』とでも言うような口ぶりだった。

しかし、その目はやはり『やっちまったよ』なんてものでは済まない悔しさがあるようで、目の奥だけが表情とはかけ離れていた。

そして、僕の両隣りに座る二人も、そのことに気が付いているようだった。


「そ、そうだね!みんななら、××が抜けた穴もなんとか埋めて頑張ってくれるよ、きっと!」
「だよな!あいつらなら大丈夫だよな!」


××も、僕たちが××の笑顔の奥底には底知れない悔しさがあると察していることに気が付いている。

それを知っていて、明るい空気を初手で作ろうしたんだろう。

だから、その空気を維持することに勤めた。


「じゃあ、僕たちそろそろ帰るよ」


日も暮れてきて、外は寒さが増す。


「また来るからね」

いつの間にか、アウターが必要な気温になっていた。


「××、やっぱり無理して元気に振る舞ってるよね」
「そうでしょ。××のことをずっと見られてたわけじゃないけど、××はバスケに高校での全部を賭けてたじゃん」

「…………」

風が吹いて、落ち葉が宙に舞う。


「あ!僕ちょっと忘れ物しちゃった」
「え、じゃあ一回引き返す?」

「いや、悪いから僕一人で戻るよ。二人は先帰ってて」
「わかった。じゃあ、また明日!」

二人に断って、僕は病院への道を小走りで引き返す。

久しぶりにこんなに走って、汗は滲むし、息も切れる。

エレベーターは込み合っていて、ここからまた階段。


「いや、足パンパンだわ……」
「○○……。どうした?忘れ物か?」

病室に僕が戻ってくるなんて思ってもいなかったであろう××は、目を丸くして驚いている。


「なんも忘れ物とかなかったと思うけど」
「忘れ物じゃないよ。ちょっと、二人で話したかったんだ」

僕は、さっき片づけた椅子をもう一度取り出して、それに腰かける。


「最近、こんな機会もそうなかったじゃん?」
「だな」

さっきまでの強がりの表情は××になく、どこか肩の力も抜けて、リラックスしているような気がする。

多分、アルノが居てもそうだったんだろうけど。


「僕しかいないからさ、正直に吐き出したいこと吐き出しなよ」
「…………この先、どうすればいいかわかんねーんだ」


××の本音。

やっぱ、好きな子の前では強がっていたかったんだよな。

××は、両の手を固く握り、うつむく。

きっと、僕の番が来たんだと思う。

前に出たコンクール。

僕がピアノを弾くまでに至れたのは。


「××」

だから、今度こそ僕の番。


「僕、今度開かれる結構大きめのコンクールに出ることにしたよ。だから、僕を見てて。僕の音楽を聞いていて。僕は、××の試合を見てもう一度ピアノに向かい合う決意を貰った。だから、今度は僕の番だ。僕は、××に夢をあきらめてほしくないから」
「○○……」

「じゃあ!」

言い切って、ちょっとだけ恥ずかしくなった僕は、逃げるようにして病室から飛び出した。


「っし、頑張るか!」

もう、後には引けない。

後になんて、引かない。




・・・




「てことでさ、二人に僕のピアノを聞いて問題点とか課題をバンバン言ってってほしいんだよ」

翌日から、課題曲の練習に二人を呼んだ。

出るかどうかは前から迷っていて、密かに練習もしていた。

前回のコンクールは、自分で弾いて、自分で聞いていた。

それはあまりにも弾く側の主観が入りすぎてしまう。

今回は、聞く人の客観的な意見も取り入れたい。


「アルノはともかく、私でいいの?音楽ど素人だよ?」

「その視点からしか見えないものってのもあるでしょ?」
「そう言うことなら、私も頑張るよ!アルノほど的確なこと言えないかもだけど」

「いやいや、私も○○のピアノに意見なんて、結構おこがましいと思ってるからね?」

なんて会話から始まった僕のピアノの練習会。


「なんかここさ、駆け足過ぎない?」
「あー確かに」

「そこ、音途切れがちだよ」
「了解っす」

アルノはもちろん、ズバズバと意見を言ってくれる。

そして、


「ちょっと息苦しいかも!」
「息苦しいとは?」

「もっと音を広くするみたいな方がいいのではと……」
「ほうほう……」


咲月も、抽象的ながらその意見はどこか的を得ているようにも感じられた。

毎日のように二人に手伝ってもらって、演奏も詰められるまで詰めた。

そして、コンクールの日がやってくる。




………つづく

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