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魔法少女アルル 《後》

「アルノ、迎えに来たよ」
「窓から来なくてもいいのに」

くすくすと笑うアルノ。


「ちょっと失礼」

俺は、そんなアルノを抱えて、窓から飛び降りる。


「やっぱり○○はすごいね」
「鍛えてるからな」


夜の散歩。

体の弱いアルノにとっては貴重な外出。


「さあ、お姫様。お手を」
「私のこと姫なんて呼ぶの、ちゃんとした式の時だけのくせに」


街を囲うようにぐるりと建てられた壁。

その中心に聳え立つ城を背にしながら、酒場だけが盛り上がる夜の街を二人で歩く。


「フードははずしちゃダメだぞ。お姫様が夜に城を抜け出してなんてなったら大騒ぎだからな」
「わかってるよ」

「あと、危ない人たちもいるかもしれないから俺から離れちゃダメだぞ」
「騎士様から離れないようにするね」

「わかってればよろしい」


一層、俺の手を握るアルノの手に力が入る。

俺もそれに応えるように握り返す。

子供のころから、こうしてアルノの手を引いていた。

騎士の家系の俺と、王族のアルノ。

身分の違いこそあれど、俺たちは幼いころから仲が良かった。


「こうしてると、お付きの騎士が○○でよかったって本当に思うよ」
「その一言で救われるわ……。俺、死ぬほど頑張ったんだよ……」

「頼りにしてるよ、騎士様」
「お任せください、お姫……」

「敵襲!」

野太い声で、街が一気に騒がしくなる。

酒場で飲んでいた奴も、寝ていた奴もみな飛び出してくる。


「多分、他の国から攻めてきた奴らだと思う。アルノは、先に城に戻ってて。俺は行かないと」
「気を付けてね」

「大丈夫。俺は負けないよ」

大見得を切って、アルノを城の方に走らせて。

俺は城壁の外に待ち構えている敵軍を見据える。

他国からの軍勢だとばかり思っていたが、そうでもないらしい。

ふよふよと、影のような"怪物"がぐるりと壁を囲っていた。


「おお、○○。お前がいれば百人力だな」
「バカ言え。囲まれてるんだから、俺一人じゃどうしようもない。全方位、突破されないことだけ考えろ」


烽火が上がって、おびただしい数の敵軍が城壁に向かってくる。


「こっちも負けてられねーぞ!」


長い夜だった。

血もたくさん流れた。


「南側が突破されました!」

「○○は城の方に行け!」

いつの間にか、雨も強くなっていた。

守るために戦った。

守るために傷ついた。

守るために、たくさん殺した。

流れた血は雨が洗い流し、喧騒はいつの間にか止んでいた。


「アルノは……城に帰れたのか……」


わからない。

市街地に転がる仲間の骸を避けて、城の方に向かう。


「アルノ……」

目の前がチカチカする。

何人殺したか。

何人の市民を守れたのか。


「アル……」

血の匂いがした。


「なんで……」
「遅いよ、○○」

「ユーリ……」




==========




「……アルノ!」

口の中に砂が入っている。

倦怠感が鉛の様にのしかかる。

しかし、今はそんなことも気にしていられない。


「アルノ、しっかりしろ……!」


俺は急いで横たわったままのアルノに駆け寄る。

いつの間にか変身は解けていて、綺麗な洋服は砂だらけになってしまっている。


「リリィ、いるか?」
「いるッス」

「アルノ、一回うちに連れてくけどいいか?」
「いいッスけど……。サエキは大丈夫ッスか?」

「自分のこと労わってる暇なんてない」

俺はそっと、アルノを抱きかかえる。

思い出した記憶にも、折り合いをつけないと。




・・・



「ん……あれ……ここは……?」
「おはよう、アルノ」

「○○……」

アルノは一晩中眠り続け、目を覚ましたのは朝日が昇ってからだった。


「ケガはない?」
「うん……。ここって、○○の家?」

「運ぶところ、ここしかなかったし」
「あの時と逆だ」

「俺が守れればよかったんだけど……」
「…………○○、思い出したんだね」

「アルノも、思い出したの?」
「まだ、断片的にだけど……。雨の日の夜のこと、ちょっとだけ」

「そうか…….」

アルノがお姫様で、俺がアルノを守る騎士で。

あそこはどこだ?

明らかに現代ではない。


「俺たちは、生まれ変わって、また出会った」


リインカーネーションという言葉がある。

輪廻転生、永劫回帰とも呼ばれるそれ。

俺は、今度こそアルノを守るために生まれ変わったのか?


「○○……」
「アルノ……」

視線が交わる。

痣が熱を持つ。


「守れなくて、ごめん」
「いいの。こうして、もう一度会えたから」

「今度こそ、守るから」
「○○、ちょっとごめんね」

「ん……?」

アルノが、右手で俺の視界を遮る。

そして、唇に柔らかくて温かい感触。


「…………」

手が離されて、開けた視界に映ったのは、耳まで赤くして顔を背けるアルノ。

その姿を見て、今起こったことを頭が理解する。


「ちょ……いまの……!」
「や、約束……だからね……!今度はちゃんと、守ってよね……!」

「……顔、真っ赤だぞ」
「ばか……」

「二人とも、僕がいるの忘れてないッスか?」


パタパタと、これ見よがしに俺とアルノの間で羽ばたくリリィ。

いつもの調子のいい声色とは違って、半ば呆れたようなもの。


「わ、忘れてないよ……!」
「俺は忘れてたけど」

「サエキは薄情なやつッス。二人とも記憶を取り戻しつつあるのは結構なことッスけど、何一つとして解決してないッスからね」
「悪い。そうだった」

"怪物"の出どころ。

俺たちの記憶。

何も、解決なんてしていない。


「一つ、疑問に思ったことがあるんだけどさ」
「なにッスか?」

「なんで、アルノに力を与えたんだ」
「サエキは、剣の扱いは上手くても魔法の扱いはからっきしだからッス」

「……言い返せないのがムカつくな」
「でも、事実ッス」

「なら、俺が戦えればいいんだな」
「でも、それだと○○が……」

また、ふりだし。

やはり戦うなんとことが無いように原因からつぶすのが一番なんだろう。


「原因について心当たりがあるッス」


リリィがアルノの肩に停まって、羽を手入れしながらそんなことを言い出す。


「それは、本当か」
「本当ッス。サエキ、手を出すッス」


言われるがまま、俺は右腕を伸ばす。

そこに、リリィの羽が触れる。

痣が熱を持つ。

頭が、痛む。




==========




気が付いた時には、空を飛んでいた。

自分が何者なのか。

どうやって生まれて、どうやってここに来たのか。

そんなこともわからないまま、雨の降る夜空を飛んでいた。


「アルノ……」

そして、一人のニンゲンを見つけた。

他人とは思えない男。

その男は、きっと自分にとって大切なニンゲンだったはずなのに。

それなのに、その男のことを何一つ思い出せない。

羽を動かして、その男の頭の上を旋回してみることにした。

そうすれば、なにか思い出せるかもしれないなんて思っていた。


「俺は……弱いな……」

青紫になった唇と、力の抜けた腕。

男に抱えられた女は、もうすでに生きてはいないように見えた。

その女だって、自分にとってかけがえのないニンゲンだったはず。


「なんで、何も思いだせないッス……」


それがひどく、悲しかった。

そう思うと、涙が止まらない。


「あ……」

二人の傍に転がった息のない男。

それに感じるものだけは、二人とは違って。

引力の様に吸い寄せられる感覚がして。

刹那、真っ赤な光に街が包まれる。

膝を着いていた男の右腕が眩く輝く。


「今度こそ……俺がアルノを守るから……」

その呟きに呼応するように、エーテルが暴れ出す。

ここに居たら巻き込まれる。

どんなことをしようとしているのかなんて皆目見当もつかないけれど、現実離れした何かを行使しようとしているのは明白だった。

もがく様に羽ばたくけれど、意味をなさず。

赤い光に吸い込まれて、そのまま意識を失った。




==========




「これは……リリィの記憶……?」
「僕は、お前たち二人のことを見ていたッス。そして、サエキが使った魔法に巻き込まれたッス」

「お前は、何者なんだ」
「僕は……。僕が、黒幕って言っても過言じゃないかも知れないッス」

「どういう意味?」
オレは、弾き出された善の心。アルノを守って、○○と強くなりたかった頃の、ユーリだ」


ユーリ。

悠里。

その名前に、再び頭が痛む。




==========




「ユーリ……」

市街地に入り込んでいた影をあらかた片付けて。

アルノの無事を確かめようとした俺の目に入ったのは、見まがうほどに禍々しい何かをまとった親友の姿だった。


「なにしてんだよ……」
「お前が遅いからこうなったんだぞ、○○」

「答えになってねーよ……。お前、アルノに何したんだよ……」


邪悪な何かを孕んだ目。

こっちを見てはいるけれど、俺なんて視界に入っていないかのように話し続ける。

ユーリは、幼馴染で、親友。

騎士になる前も二人で研鑽を重ねて、正式に騎士になった後だって二人で国のため、アルノのために戦った。

そんな親友が、どうしてあんな目で俺を見る。


「アルノは、俺が殺したよ」

視界がきゅうと狭まる。

痣が痛む。

体中を、エーテルが巡る。


「ユーリ!」
「○○!」

鋭い刃が雨粒を切り裂き、鋼のぶつかり合う音が木霊する。


「今回の騒動、黒幕は俺だ」
「どうしちまったんだよ、ユーリ!」

「全部、お前のためだよ!○○!お前のその絶望して、怒り狂った顔が見たかったんだよ!」

振るわれた剣を、間一髪受け止める。

鍔迫り合いも、そう長くはもたない。


「俺たちは、親友じゃなかったのかよ……!」
「そんな気持ち、俺は七つの頃に忘れたよ」


涙が伝った。

想い人の死、親友だと思っていた男と命のやり取り。

俺の心はもう限界だった。


「俺が憎いか?」
「…………」

「憎いなら、殺す気で来いよ」
「うあぁぁぁぁぁぁ!!!!!」


鳥の声が聞こえた。

生暖かい何かが手を伝った。

親友の顔がすぐそこにあった。

親友の腹には剣が突き刺さっていた。

その柄を持っているのは、俺の手だった。


「これでお前も、一緒だな」


そう言い残して、ユーリは水たまりに身体を沈めた。




==========




「これが……あの夜の記憶……」
「なにか思い出したの?」

「アルノは……ユーリに……」
「ユウリ?」


理屈はない。

それでも、誰かに呼ばれたような気がして窓の外を見る。


「行かないと」
「○○……!」

飛び出そうとした俺の腕をアルノが掴む。

その目には、微かに涙が滲んでいた。


「行っちゃ、ダメ……」
「でも、きっとこれで終わらせられる」

「行ったら、もう○○が帰ってこない気がするの……」


俺の腕が、さらに強く握られる。


「アルノ」

俯き、涙を目に溜めたアルノが顔を上げる。

俺はそっと、アルノの頭を撫でる。


「大丈夫。俺が、全部終わらせるから。だからアルノは、幸せになってよ」


一瞬だけ緩んだアルノの手を振り切って、俺は家を飛び出す。

呼ばれてる場所は、さっきと同じ場所。

学校から。

息を切らして、グラウンドを視界にとらえると、その中心に一人佇む影があった。


「遅いよ、○○」
「ユーリ」

その影の正体は川村悠里。

友人だと思っていた男。


「川村悠里じゃない俺のこと、思い出してくれた?」
「…………」

「リインカーネーションって言うんだっけ?これ、面白いよね。お前たち二人が結ばれるのを、運命はよく思ってないみたいだ」


ケタケタと、気味悪く、楽しそうに笑うユーリ。

しかし、その目はどこまでも冷たい。


「なんであの時、お前はアルノを殺した」
「お前が絶望する顔が見たかったんだよ。今日だって、もう少し来るのが遅ければお前に愛する人の二度目の死を拝ませてやれたのに」


痣はなんの反応も見せていないはずなのに、全身が熱い。

これは、怒りだ。


「なんだよ、意外と冷静じゃん。突っ込んできたらそのままグサッてできたのに」

何処から取り出したのか、ユーリの右手にはいつの間にか細身の剣が握られていた。

刀身が、月光を反射して不気味に輝く。


「ユーリにとっても、アルノは幼馴染で、かけがえのない人だったはずだろ」
「どうだったかなぁ。でも、自分の手で殺したって、何も感じなかったなぁ」

「本当に、変わっちまったんだな」


涙が、零れた。

目の前の男は本当に自分が親友だと思っていた男と同じ人物なのか。

それを肯定するための材料が、外見しか残っていない。


「俺も、お前も、変わってなんかいないさ」
「戦うしかないのか」

「それしかないね。でも、お前は自慢の剣を持ち合わせていないようだけど。ほら、これやるよ」

足元に滑らされ、月明かりを反射した銀色の光。


「取れ。今度こそ、証明してやる」


俺はその剣を右手で拾う。

懐かしい、訓練の時。

その時に使っていたものと同じ型だ。


「構えろ、○○」


深い夜。

一瞬の静寂を切り裂く様にユーリが地面を蹴る。

閃光のような刃が襲い掛かり、俺は紙一重のところでそれを受け止める。

甲高い金属音が響き、火花が飛び散る。


「やっぱり、腕が落ちたんじゃないか!」
「くっ……!」


ジリジリと刃が眼前へと迫る。

かと思ったところで、ユーリは一歩引いて、胸元めがけて剣先を突き出す。


「…………っ!」

これもまた既のところで剣先を弾く。


「どうして、こんなことしなくちゃならないんだ」
「それは、俺とお前がもう仲間でも、親友でもなんでもないからだ」




==========




騎士として、名家に生まれた俺は成功を義務付けられていた。

幼いころから剣を取り、娯楽はすべて断ち切った。


「あの家も、ユーリと同い年の男の子が生まれたらしいな」


○○のことを知ったのは、五つの時だった。

お互いの家は、王家とのつながりも深く、初めて顔を合わせたのは同じ五つの時の社交会。

親父に連れられて行った城のベランダでだった。


「君がユーリくん!」

社交的で、馴れ馴れしくて。


「アルノ~!ユーリくんいた!」


王族であるアルノにすら生意気な口を叩く。

騎士の風上にも置けないようなやつだと思った。


「俺たちみんな、同い年!おさななじみってやつだな!」
「二人とも、騎士になるの?」

「当然だろ!アルノのこと、俺たちが守るからな!」


そう言って、○○は俺に肩を組んでくる。

今まで、剣のみが俺の人生で、友人と呼べる人は一人もいなかった俺にとって、初めての経験で。


「でも、俺の方が強くなるから……」
「負けないぞ!」

「…………!」

差し出された拳に、自分の拳を突き合わせた時、これからはこいつと一緒に上を目指して頑張るんだ。

ライバルができたんだ。

なんて思っていた。

差を感じ始めたのは、十二の時。

初等訓練を終え、ついに本格的な戦闘訓練へと移行するタイミング。

初めて、○○と本格的に手合わせをすることになった時だった。

俺は、その差に絶望した。


「…………」


手からはじけ落ちた訓練用の木刀が遠くに転がり、俺は地面に尻をつき、汗一つかいていない○○のことを見上げる。

五つの時からずっと同じ訓練をしてきて。

育ってきた環境だって、そう変わらない。

それなのに。


「いい勝負だったな」


俺は地べたに這いつくばり、○○はさわやかな笑顔で手を差し伸べる。

今後一切、こいつには勝てないかも知れない。

そんな風に思った自分が嫌で、翌日の訓練を休んだ。

初めてサボって、どうすればいいのかわからなかった俺は、寄宿舎を抜け出して、城下町で一番長めのいい時計台に足を運んだ。

そうして広い世界を見れば、自分の悩みなんかちっぽけに思えるのかななんて思ってのことだった。

でも、いい景色を見たところで、俺の心は晴れなかった。

俺の心を晴らしてくれたのは、


「あれ、ユーリサボり?」

他でもない、アルノだった。


「姫様がなんでこんなとこに居るんだよ」
「抜け出してきちゃった」

「悪い子だな」
「それを言うなら、サボって寄宿舎抜け出してきたユーリも悪い子だね」

「うるせぇ」

こうして話していると、ちょっとだけ心が軽くなった。


「俺は、今後○○に勝てないかも知れない」


聞かれてもいないのに、口から零れ出ていた。


「うーん……そうかなぁ……。ユーリは強いって、わたし知ってるよ?」


子供だった。

こんな一言で、やってやるなんて思った。

こんな一言で、俺は、惚れてしまった。


「俺、頑張るわ」


努力した。

手の皮がめくれて血が出るまで剣を振った。

足腰が震えるまで走り込んだ。

やれることは全部やった。

それでも、絶望を叩きつけられたのが十六の頃。

俺たちの代の成績最優秀者は、姫様のお付きの騎士になれると知った。

ここで力を示せば、○○を超えたって言うのが事実として刻まれる。

そんな考えは、甘かった。

たった一度、剣を合わせて全部分かった。


「やるな、ユーリ」


そんな風に、楽しそうに笑った○○は、俺にとっての絶望の象徴だった。

目の前のこいつが努力をしていない訳じゃない。

それどころか、人一倍の努力を重ねている。

俺だって、努力の量では負けていないつもりだったし、実力だってそれに比例して上がっていった。

それでも、覆せないほどの才能。

俺の頭に一瞬、思ってはいけないことが浮かんでしまった。


【いいなぁ】

そんなことを思ってしまったから、悪魔になんて取りつかれてしまったのかもしれない。



==========




「俺はな、お前のことがずっと羨ましかった。妬ましかった。全部手に入れたお前に嫉妬してた。お前なんかいなければって。お前とアルノが楽しそうに笑ってるのを見るのがつらかった」
「ユーリ……」

「なら、全部壊しちゃえって思った。この力は天から授かったものだ。死者の魂を操れる。それどころか、体中にエーテルが漲るんだ。今なら、お前にだって勝てる!」

また、ユーリが俺に切りかかる。

金属音と火花。

そして、


「やめて!二人とも!」


アルノの、叫び声。


「ははっ!のこのこ来やがったよ!」


その声を聞いて、ユーリが身を翻す。

標的は、アルノ。

速さも、鋭さも、全部ユーリの方が上。

これじゃあ、アルノを守れない。

痣が、熱を帯びる。

痛みを伴って、赤く輝く。

願いは、一つ。

俺に、"アルノを守れるだけの力"を。

痣が消える。

体中に力が沸き上がる。

視界が狭まって、気が付けば、地面を蹴りだしていた。

ユーリの振り下ろした剣を弾く。

幾度目かの金属音。


「○○……」
「そんな顔するなよ、アルノ。今度こそ、俺が守るから」

「英雄気取りかよ!」


不思議と、剣筋が見えた。

受け流しも、受け止めもしないで良かった。

ただ、躱して。

俺は"友"に向けて剣を振るった。

月明かりを反射しながら、剣が舞い上がる。


「クソがぁぁぁ!」


ユーリは最後のあがきと言わんばかりに拳を握って向かってくる。

咄嗟に腕を占めて防いだそれは、痛かった。

でも。


「ユーリ!!!」

"親友"を殴った、拳の方が痛かった。


「ははっ……。結局、こうなんのかよクソ」


倒れ込んだユーリは、乾いた笑いと、恨み言を吐いた。

なんとなく、察した。

俺はここで、ユーリを殺さないといけない。

剣の柄を両の手握って、ユーリの胸に突き立てる。


「最期まで……お前に勝てたことなんて、一度もなかったなぁ……」
「ユーリ」

「あぁ、殺せ」
「ごめん」

「そういうとこが、嫌いなんだよ」


突き刺した時の感覚は、気分のいいものでは決してなかった。

血も飛び散らず、流れもせず。

ユーリは、夜の闇に溶けて消えた。

最初から、この世界になんていなかったかのように。

銀色の剣だけが、グラウンドに転がったまま。


「よくやったッス。これで……」
「リリィ」


リリィはきらきらと、体が崩れていく。


「リリィ……」
「アルル様がそんな顔するもんじゃないッス」

「でも……」
「いいんス。こうなるのが、一番いいんス」

「ありがとな、リリィ。アルノのこと、守ってくれて」
「最期は結局〇〇だったッスけどね」

「じゃあな、ユーリ。来世で、また友達になろう」


空に光が昇る。

一羽の鳥が、大空に飛び立つ。


「帰ろう、アル……」

急激に地面が近づいた。

体に力が入らない。

そりゃあ代償もあるか。

暗いなぁ。

もう少し、一緒に居たかったなぁ。




・・・




激しい剣戟の後、決着は一瞬だった。

剣を胸に突き刺されたユーリは、その存在自体が夢だったかのように消えてしまった。

そして、ユーリが消えるということは、リリィも消えるってことで。


「リリィ……」
「アルル様がそんな顔するもんじゃないッス」

「でも……」

ぽろりと、地面に涙が落ちる。


「いいんス。こうなるのが、一番いいんス」

自分のことを思い出したのがいつかわからないけど。

それでも、記憶を取り戻した時、この結末になるというのはわかっていたんだと思う。

だからこそ、最期に目が合った時。

私に微笑みかけてくれたんだと。

空に光が昇って、彼の存在がこの世界から消える。

その光が完全に消えたのを見届けて、○○が私の方に手を伸ばす。


「帰ろう、アル……」


その手を、私は握れなかった。

○○が私の視界から消えた。

力なく、○○は倒れた。


「○○…….!」

慌てて○○に駆け寄って、声を掛けるけど返事はない。

胸も上下していない。

あの痣は、○○にとって命のようなもので。

それが無くなって、○○は力を使い果たしてしまったんだ。


「○○!○○……!」


ユーリも、○○も、いなくなっちゃう。

私は何ができる?

私は……

《お姫様のキスで目覚めるなんて》

私は、膝を着いて。

○○の頭をそっと抱き上げて。

その唇にそっと。

キスをした。

繋がっていたパスが光を放って私たちを包む。

命の息吹。

生命の輝き。

大きな力を持って、○○の中になだれ込む。




・・・




温かい夢を見た。

誰かと、晴れた草原に寝ころんで。


「俺、このまま死んでもいいかもなぁ」
「バーカ、何言ってんだ。お前までいなくなったらあいつ悲しむだろ」

「あー……そうかなぁ」
「俺に聞くなよ。むなしくなる」

「悪い」
「謝んな。謝るくらいならはよ立って走れ」

「【   】は?」
「俺はもういいよ。立つ力も残ってない」

【   】は、手で俺を払うような仕草をし、俺は立ち上がって行き先もわからず走り出す。

走って。

走って。

走って。

走って。


「こっちこっち!」

姿の見えぬ声が、俺を呼ぶ。

何処からともなくの声なのに、俺はその方向がわかって。

その声に向けてもう一度走り出す。




・・・




「う……ん……」


頭の下が柔らかい。

それに、温かい。


「○○……」

涙を流すアルノの顔が目の前に。


「俺……生きてる……?」
「バカ!死んじゃったと思ったんだから!」


締め付けんばかりに、アルノが抱き着く。


「く、苦しい……」
「もう!心配ばっかさせて!バカ!」

アルノが俺を抱きしめる力がどんどんと強くなる。

しかしそれだけ……


「ごめんな、心配させて」
「違うでしょ……!」

アルノが離れて、ムスッと頬を膨らませる。

「そうだな」

こういう時は、ごめんじゃない。


「ありがとう、アルノ」
「うん!どういたしまして!」


もう一度。

今度は優しく、アルノは俺を抱きしめる。

俺もそれに応えるように、抱きしめ返す。


「アルノ」
「なぁに?」

ずっと、伝えたかった言葉。

言えなかった言葉。

顔は見えないけれど、息遣いが感じられるだけでよかった。


「好きだ。アルノのことが、好きだ」
「私も。私も……○○のことが好き。ずっとずっと、大好きだったの」


体を離して、どちらからともなく、俺たちは唇を重ねる。

二度、三度と離しては重ねた。

どうしてだか、涙が止まらなかった。




・・・




パスは、もう繋がっていない。

痣ももうないし、力ももうない。

アルノと再会する前の普通の高校生に戻ったみたいだ。

記憶すら、ウソの出来事なのかと思うほど。

だが、そうではないことを日常が教えてくれる。


「おはよ、○○」
「おはよう、アルノ」

新しい日常。

待ち望んだ日常。


「ねえねえ、一つお願い?があるんだけど」
「とりあえず言ってみなよ」

「このまま学校サボって、デートの続きしようよ」
「お姫様はお転婆でわがままですねぇ」

「それくらいの方が可愛げあるでしょ」
「お口も達者になられて。でも、サボりってワクワクするよな」

「さっすが○○」

学校とは方向を変えて。

映画館の方に足を向かわせる。


「見る映画は前見れなかったやつね」
「りょーかい」


青い空。

どこか遠くで、一羽の鳥が鳴いた。

俺たちは、顔を見合わせて。

きっと、その鳥だって大きな空を羽ばたいているから。




………fin











あとがき

雑な作品でごめんね

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