隣の席の”にゃ”か西さん
高校入学直後で、まだまだ浮ついた空気がぼんやりと残る五月の教室。
隣の席になった中西さんは、なんだか猫みたいな人だ。
目つきとか、ツンとしたところとか。
見た目とか態度の部分もそうなんだけど、一番は行動の部分。
「中西起きろ~」
今日もまた、授業を睡眠時間に充てている。
窓際の一番後ろで、ぽかぽかの日差しが差し込む席で、日光を浴びながら背中を丸めて寝ている。
「えーじゃあここを……」
「はい、わかりません!」
なんて観察をしていると、中西さんが急に起きて当てられてもいないのにわからないことを自白した。
僕を含めたクラスメイトはみんなあっけにとられて言葉を失う。
「あ……。すみません……」
「ちゃんと起きてろよ~。じゃあ、結城~」
「は、はい……!」
先生はそんな中西さんの珍行動を軽く流して、僕に火の粉が飛んできた。
一方の中西さんはと言うと、何事もなかったかのように席に座りなおして窓の外をぼーっと見つめていた。
うちで飼ってる猫もよく窓の外を日向ぼっこしながら見つめてる。
かと思ったら、中西さんはまたしてもパーカーのフードを被って机に突っ伏してしまう。
そのまま授業が終わるまで目覚めることは無かった。
この気まぐれな、猫みたいな中西さんのことをもっと知りたい。
そして、あわよくば中西さんと……
・・・
「なあなあ、僕の隣の席の中西さんっているじゃん」
「あぁ、いるな」
「僕、あの子のこともっと知りたい!」
「ふーん……。え゛……お前が……!?」
「な、なんだよ……」
「女子とは無縁だったお前がか.……とは思って」
「壮太はいいよな!モテるんだから!」
僕が中西さんのことを相談したのは、僕にとって唯一ちゃんと心を開いて話せる人である太田壮太。
中学の頃からの友達。
サッカーが上手くて、勉強もできて、背も高くて、イケメンで。
クラスの人気者の壮太が何で僕なんかと友達を続けてくれているのかがわからない。
「そんなにモテてないって」
笑いながらさらりとそう言い放つ壮太。
この鈍感野郎は何にも気が付いてないのがおかしいんだよ。
「でも、○○だって中学時代からのイメチェン頑張ったじゃん?」
壮太に言われて高校デビューをするべく、中学の頃に掛けていたメガネをコンタクトに変えたし、一切気にしていなかった髪の毛だってセットして、なるべく猫背にならないようにも気を付けている。
しかし、それでも内面の内向的な性格って言うのは中々変わらず、おろおろと戸惑って誰にも話しかけられないうちにクラスには数々の輪ができてしまっていた。
「まあ、とりあえず話しかけてみればいいんじゃねーの?」
「話しかけるって、僕が……!?いやいや、そんなこと……!」
「でも、そうじゃないと何も始まらないぞ」
壮太の言うことは正しい。
話しかけることすらままならない今の僕では、中西さんと友達になるなんて夢のまた夢だ。
「だからさ、まずは共通の話題でも探して頑張ってみようぜ!」
「そうだね……。うん、頑張ってみる」
壮太の言葉に納得させられて家に帰った。
・・・
「って言ってもなぁ……」
結局、中西さんと話すための話題なんか一個も見つからずに翌朝を迎えた。
「のわぁ~」
「コロネ、学校行ってくるな」
準備をする僕の足に頭突きをする、飼い猫のコロネの頭をちょっとだけ撫でて家を出る。
今日も春の陽気が心地のいい日だ。
ぽかぽかの太陽と、程よく吹くそよ風。
桜の花びらがその風に舞い、絨毯の密度を上げていく。
そんな春を感じながら学校に到着。
教室の扉を開けると。
「すぅ……」
たった一人しかいない教室の窓際、日差しを浴びながら中西さんは今日も寝ていた。
いつもはフードを被って机に突っ伏す形だけど、今日は誰もいない油断からなのか、フードも被ってないし顔もこっちを向いている。
僕は、悪いことをしているという気分になりながらもその寝顔をじっと見つめてしまった。
普段ずっと寝てるか窓の外を見ているかだから、こうして中西さんの顔をまじまじと見る機会って言うのはそんなになかった。
肌すべすべだし、寝顔はなんだか幼いし。
やっぱり、猫みたいだ。
「…………ん」
じっと中西さんの寝顔を見つめていると、ぱちりと目が開いた。
大きな目、透き通った瞳。
むくりと体が起き上がる。
「あ……えっと……」
寝顔を見つめていたことがばれてしまったかもしれない。
「……肩、何か付いてるよ」
「あ、え……!ほんとだ……!コロネの毛かな……!」
「コロネ?」
「ね、猫飼ってて……」
「そっか」
中西さんはまた机に突っ伏す。
教室が騒がしくなってきて、予鈴ももう少しで鳴るはず。
確か今日の一限は移動教室。
「あの、中西さん……。次、音楽の授業だよ?」
再び中西さんが起き上がる。
「あ、そっか。ありがと」
お礼を一言言って、中西さんは教室から出てしまった。
「はよ~」
それと入れ替わるように、朝練終わりの壮太が教室に入ってくる。
僕は壮太を無言で見つめる。
何かを察したように、教科書を持って壮太が僕の方に駆け寄ってくる。
「なんか嬉しいことでもあったんか?」
「中西さんとちょっとだけ喋れたんだよ!」
「おぉ!どんなこと喋った!」
「猫飼ってるんだってことと、次音楽だよって」
「ん~……まあ、進歩だな!」
中西さんと話せた。
その事実が僕にはとんでもなく嬉しくて、今日一日はずっと気持ちが舞い上がっていた。
・・・
「じゃあ、また明日な~」
「壮太も部活頑張って」
放課後。
今日は壮太が部活の日だから僕は一人で帰り道を歩く。
部活も入ろうかと思っていたけど、勧誘の圧に酔っているうちに入るタイミングを逃してしまい、僕は中学時代に引き続き帰宅部だ。
早く帰ってコロネに今日のことを報告しよう。
「ぬわぁ~」
鳴き声。
グレーの猫が僕の方をじっと見つめている。
「ぬわぁ~」
もう一度鳴き声。
なんだか、ついて来いって言われてるみたいだ。
「ぬわぁ~」
たびたび振り返りながら僕の先を歩く猫。
耳にカットの入ったさくらねこ。
だから人懐っこいんだろうな。
しかし、猫の歩ける場所と人間の歩ける場所は全然違くて、細い道とか塀の上とかを歩ける猫には追い付けずに猫を見失ってしまった。
「こっちに来たと思うんだけどな……」
勘を頼りにもう少し猫を追いかける。
普段あんまり来ない場所だから、道に迷った可能性も無きにしも非ずだ。
「どこ行った……」
「にゃぁ」
鳴き声。
「あ……」
じゃない声が聞こえた。
目の前に広がる光景に、僕は固まってしまう。
「にゃあ……」
「ぬわぁ~」
「ふふ、かわいい」
さっきの猫を追ってきた先。
かがんでその猫と戯れる中西さんがいた。
「にや~」
「ぬわぁ~」
「にゃ……あ、行っちゃ……」
「あ……」
逃げでも隠れでもすればよかったのに、猫がこっちに駆け寄ってきて。
その猫を目で追った中西さんが僕の方に気が付いてしまう。
「そ、そんなじっと見ないでよ……」
中西さんが顔をそむける。
これは、やってしまった……
「ご、ごめん……!僕はすぐに帰るから……!」
「ちょっと……!」
中西さんに腕を掴まれて、呼び止められる。
「その子、君になついてるみたいだしさ、私ももう少しその子のこと撫でたいし、ここにいてよ」
断れるはずもなく、僕は中西さんの隣にかがむ。
また中西さんに撫でて貰っている猫は時折気持ちよさそうな顔を浮かべる。
「この子、人懐っこいね」
「さくらねこだから、地域の人にかわいがってもらってるんだと思う」
「へぇ、詳しいね」
「猫、好きなんだ」
「毛、学校にまでつけてくるくらいだもんね」
中西さんが笑った。
意外といたずらっぽい笑顔で、中西さんは笑った。
「猫って、撫でさせてやってる感出てるのがいいよね。うちのわんこは撫でてってくるからさ……って聞いてる?」
「う、うん聞いてる!」
聞いてるかどうかと言われると、聞いていないかも知れない。
そのくらい、中西さんのふいの笑顔にドキドキしてしまった。
「あ、今度こそ行っちゃった」
満足したのか、猫はひょいっとどこかに去ってしまった。
「帰ろっと。じゃあ、また明日学校でね。結城くん」
「え……!」
「あれ、結城くんだよね?間違ってた?」
「いや、あってる……!」
「よかった。じゃあね」
手を振って、中西さんは帰っていく。
名前、覚えられてた。
心臓がバクバクと音を立てる。
夕日に照らされて、頬が熱い。
・・・
翌日も、中西さんは僕が学校に着いた時にはすでに自分の席で眠っていた。
今日は寝顔は見られない。
しかし、
「ん……」
むくりと起きた中西さんは、寝ぼけた眼で僕の方を見る。
「おはよ、結城くん」
「お、おはよう……中西さん……!」
また、すぐに中西さんは寝てしまった。
だけど、これは間違いなく進歩だ。
挨拶を交わせるまでに進歩した関係に胸をほくほくとさせながら、僕は一日を過ごした。
………つづく…?
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