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『あおはるっ!』 第16話

薺・もうすぐ夏休みか~


週が明けて、蜃気楼が漂う真夏日。


咲・課題、ちゃんと終わらせなよ?
薺・気が早いなぁ。俺が最終日に追い込むとでも思ってるの?

〇・まあ、思ってるな
和・薺くんってそう言うタイプだったんだ。ちょっと親近感湧くかも

薺・おぉ!井上さんも!


井上さんってそんなにギリギリになるようなタイプだったんだ。

なんて、新しい一面を知れたことに胸が躍る。


和・夏休みさ、みんなでどこか行きたいよね
咲・確かに!夏祭りとかどう?

薺・八月の半ば辺りだっけ?
咲・そうそう!だから、二人ともそれまでに課題、ちゃんと終わらせておいてね

和・うぅ……
薺・ぐぅ……

ぐうの音、ぎりぎり出たな。




・・・




夏休みに入って、学校に行く機会は無くなり……どころか外に出る機会すらほぼほぼ無くなり、平穏な日常がやってきた。

と、思っていた。


薺・よっ、今日も来たぞ
〇・頼んでないが?

薺・まあまあ、そう言うなって


そう言って薺はずけずけと家に上がってくる。

その背後から……


和・お邪魔しま~す
咲・しま~す


姿を見せたのは和と咲月。

夏休みに入って十日ほどが過ぎたころから、ほぼ毎日俺の家に集まっている。

その理由はもちろん勉強のためだ。


〇・お茶持ってくから、二人も先に部屋行ってて
和・私も何か手伝う?

〇・いや、いいよ!俺が持ってくから
和・は~い

とてとてと階段を上る足音を聞きながら、俺はコップをお盆に置いてお茶を注ぐ。

カラン、コロンと氷が音を立てる。

チリンチリンと吹き込む風が風鈴を揺らす。


〇・お待たせ
薺・お~!早速ここ教えてくれ~!

〇・はいはい。代わりに数学教えてくれよ
薺・それはもちろん


一つの机を四人で囲んで、地べたに座って勉強会。

発端は薺だった。

曰く、一人でやってたら絶対に夏祭りまでに絶対に終わらないと気が付いたとのこと。

そこに和も乗っかってきて、そうなれば咲月も賛同しだす。

それで、なぜか俺の部屋に集まることになった。

三人いれば文殊の知恵。

四人いれば文殊も越えられる。

かも、知れない。

実際、至って順調に課題は進んで行った。


薺・課題、どのくらい終わったっけ?花火大会、来週だけど
〇・ん~……八割は終わってるんじゃね?

和・すごい!快挙だ!

今までどんなだったんだとツッコミたい気持ちはあるが、そこは飲み込んでおく。


薺・残りは夏祭りの前とかにしておかない?そこで予定も決めちゃいたいし
和・いいね、そうしよう!

咲・じゃあ、今日は解散?
薺・だね


氷が溶けて、水だけになったグラスを残して三人は帰っていった。




・・・




空には雲が厚く張り詰め、お昼を過ぎてからは電気をつけておかないと部屋が薄暗い。


薺・おわっっった~!
和・こんなに早く宿題終わったの初めてかも!

咲・これで心置きなく夏祭りに行けるね
薺・よし、明後日の予定立てちゃうか!

問題集を片付けて、話し合いの体制。


薺・現地集合でいいよな
和・うん。そうしよ!

〇・時間は?
薺・午後五時とかでいいんじゃね?

意外にもとんとん拍子で予定が決まる。

何がしたいかの話しが盛り上がる。

厚く張り詰めた雲は黒になっていき、ぽつりぽつりと雨が降り出した。


薺・うわ、雨……
〇・この後もっと強くなるって

薺・まじ……?じゃあ帰ろっかな~
和・あ、じゃあ私も

鞄を下げて、二人が階段を降りる。

〇・咲月も帰った方がいいぞ
咲・片付け、手伝うよ。最近おばさんもおじさんもいないんでしょ?

〇・助かるよ

玄関を開けると、台風が直撃したかのような大雨がアスファルトを打ち付けている。

和・毎日ありがとね、○○くん
〇・全然いいよ、これくらい。薺、和のことよろしくな

薺・はいはーい

手をひらひらと振る二人の姿が扉に仕切られて見えなくなる。


咲・あのさ
〇・夕飯もついでにって言うんだろ?

咲・ふふ、正解

バレたか、と茶目っ気のある笑顔。


〇・何年一緒にいると思ってんだよ
咲・だよね。じゃあ、私が料理出来ないのも……

〇・当然知ってるから、作るのは俺なんだよなぁ……
咲・だからさっきも言ったよ?


ああ、確かに言ってたな。

片付けは……って。


〇・じゃあ、言ってた通りに片付けは手伝ってもらうからな。


冷蔵庫を開けて、材料を取り出す。

今日明日はカレーで乗り切ろうと思ってたから、材料は肉、にんじん、玉ねぎ、ジャガイモ。

あと、調味料諸々。

咲月は俺が料理を作っているようすをまじまじと見つめている。


〇・……ちょっと、やりにくいんですけど
咲・あ、ごめんごめん。やっぱり○○は手際いいな~と思って

〇・まあ、慣れとかだよ
咲・ふ~ん……

咲月の視線を浴び続けながら、何とかカレーが完成。

出来はまあぼちぼちって感じだ。


〇・うん……まあ、普通だな
咲・え~?すっごい美味しいけどなぁ~

〇・そうか?素直に受け取っておくけどさ


くだらない会話をしながら食べ終え、器を流水にさらす。

洗剤をスポンジで泡立てて、汚れを落としていく。

そしてもう一度流水で流して、


〇・ん
咲・はいはい

濡れた食器を、布巾を持って待機している咲月に渡していく。


〇・これで最後
咲・は~い。どこに片しておけばいい?

〇・棚に入れといて
咲・りょーかーい

カーテンを開けて、外の状況を確認。

その時。


〇・あ、光った
咲・え、嘘……


直後、ずしっと震えるような雷鳴が鳴る。


〇・…………まだ雷だめなのか?
咲・前よりはマシだけど……まだちょっとね……

〇・はぁ……早く帰る準備して。送ってく
咲・あ、ありがと……

傘を準備して、玄関を出る。

しかし、咲月は中々出てこない。


〇・咲月?
咲・えっと……ですね……傘を忘れてしまいまして……ご飯食べてる間に止むかな~なんて思ってたけど全然止まなくて……

〇・でも傘一本しかないしなぁ……
咲・だよね……


雨は依然強い。

雷も鳴ってる。

それに、時間も遅い。

この中、咲月を一人って言うのも……


〇・じゃあ、入る?
咲・いいの?

〇・だってそれくらいしか選択肢ないし




・・・




街灯がぼんやりと夜道を照らす。


〇・濡れるから、ちゃんと入っとけよ
咲・うん……

肩が触れる。

雨の音なんか耳に入らないくらいに心臓が大きな音を立てる。


咲・あ……

肩……

○○の肩が濡れているのに気が付いた。

私のために……


〇・おーい、着いたぞ
咲・え、う、うん、ありがと!


あーあ。

なんでこんなに家近いんだろう。

幸せな時間ってすぐに過ぎていく。


〇・じゃあ、風邪ひくなよ
咲・うん。おやすみ

〇・おやすみ


○○の姿が見えなくなるまで、私はドアを開けたまま佇んでいた。




・・・




そして、迎えた花火大会当日。


〇・うぅ……


暑い。

寒い。


〇・熱……三十八度……

どうして今日に限って……

空が薄暗くなり、窓のから差し込む光も弱くなる。


〇・はぁ……


《三人で楽しんできて》といった旨の連絡はしておいた。

それなりに、ちゃんと楽しみにはしていた。

なのに、発熱。

運がない……

布団に包まって、電気を消して。

カーテンも閉め切ってしまおう。

それでも、音は聞こえてくる。

遠くから、音が聞こえてくる。

もう、寝てしまおう。

ふわふわとした頭。

すっきりしない思考のまま、真っ暗な何かに意識を委ねた。




・・・




〇・ん……

ふいに、目が覚めた。

お腹が空いて、だと思う。

食欲はあることに一安心。

まだ外は暗い。

時刻は二十二時。

何か、食べ物……

キッチンに行くと、ラップがかけられた茶碗が二つ。

片方はおかゆで、片方はみそ汁。

まだ、ほんのり温かい。


〇・……母さん?

不思議に思いながら、電子レンジで温めなおして口をつける。

ホッとする味。

身体に栄養が染み渡るように感じる。


〇・ごちそうさまでした


すぐに食べ終え、食器を片づける。

ほんの少し、体が軽くなったように思う。

ベッドにもぐりこみ、目を閉じる。

それにしても、誰が……

なんて考えている間に再び意識はぼんやりと霞がかってしまった。

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