どうやら、義理の姉が嫉妬をしてしまったみたいです
眠い……
古典の授業って、どうしてこうも眠くなるのだろうか。
「ふぁ……」
「○○欠伸するなー。ここ読んでみろ」
「はい!」
何にも聞いてなかった。
何ページ読めって言われてるんかもわからない。
「○○くん」
井上が後ろからペンで俺の背中をつつく。
「ここだよ」
教科書の文章を指してくれている。
「えー……」
井上の助け舟のおかげで何とかその場をしのぎ切る。
「よし。次からちゃんと聞いておけよ」
「ありがと、井上」
「いえいえ」
ただ、人と言うのは学ぶ生き物であると同時に懲りない生き物でもあるわけで。
窓の外はぽかぽかの太陽が照らしていて、それに反した冷たい風が枯葉を揺らす音が心地よくて。
徐々に、徐々に意識がぼんやりとしてきて……
「○○くん、起きて」
気が付いたら、授業が終わっていた。
「やべ……めっちゃ寝てた……?」
「ぐっすりだったね」
「お腹空いた」
「欲求に正直だね……」
苦笑いする井上。
弁当箱を取り出して、ミーティングに使う教室に向かおうとした時。
「おい、○○!」
アルノと同じクラスの、ハンド部のチームメイトに声を掛けられて階段を下りる寸前で止まる。
なんだか、めちゃくちゃ焦ってるみたいで、息を切らしていた。
「そんなに慌ててどうしたんだよ」
「アルノちゃん、さっきの体育の授業でケガして……!保健室運ばれたんだよ!」
「…………!」
運動部がここまで焦るようなケガ。
それも、バスケットボールの授業中にするようなケガ。
相当速いボールが頭に当たったとかの深刻なものなのかもしれない。
「悪い、監督にはなんか上手くいっておいて!」
弁当を教室に置いて、俺は大急ぎで保健室に走った。
・・・
「アルノ!」
保健室に運び込まれるほどのケガなんて。
あんなに慌てて走ってくるようなケガなんて。
どんなケガしたんだ。
「あ、○○」
なんていう俺の心配をよそに、意外にもアルノはケロッとしており、友達何人かに囲まれて足にテーピングを巻かれていた。
「わざわざ来てくれたんだ」
「だって、めっちゃ焦った感じでアルノがケガしたって言われたから」
「そうなの!?ただの捻挫なのに」
「捻挫かよ……」
「ボール追いかけて走ってたらぐにって」
心配して損した、なんてことは無いけど、あの様子からの捻挫と言うのは何とも拍子抜けではある。
「安静にね」
「うん」
深刻なケガじゃなくてよかった。
ミーティングをすっぽかしているので、早く戻らねばと思っていると。
「あの、○○くん」
「はい、何でしょう」
アルノの友達に呼び止められる。
「この前の試合、応援に行きました!その……すごいカッコよかったです!」
「そうかな。ありがとう」
「今度また大会あるんですよね?」
「三月にあるよ」
「また応援行ってもいいですか……!」
「もちろん。応援してくれると嬉しいな」
「たくさん応援します!」
応援は力になるからな。
こうやって直接言ってもらえるっていうのは、もっと頑張らないとと、期待を裏切るわけにはいかないぞと気合が入る。
「…………」
ただ一つ気になるのは、痛いくらいの視線。
別にそんな目をされるようなことしてないけど……
「じゃあ、安静にしとけよ!」
俺は、その視線から逃げるようにしてミーティングに向かった。
・・・
六限の授業が終わり、今日は部活のない日。
すなわちオフ。
今日の帰り道はアルノの荷物とか持ってあげるかと思い、アルノの教室を除く。
「アルノ~」
帰るぞと言おうとして、教室にアルノが居ないことに気が付く。
「あ、○○くん」
昼休みに保健室でアルノと一緒に居た子が俺のところに気が付いて、駆け寄ってくる。
「アルノ、どこ行ったか知らない?」
「保健室に体育館シューズ忘れたーって言って取りに行ってるよ」
「何やってんだか……」
「そろそろ戻ってくると思うよ」
「じゃあ、ここで待とうかな」
教科書取りに行くくらいなら、五分とか十分とかそんなもんだろう。
俺はちらりと携帯で時間を見て、アルノの教室の前の廊下で待つことにした。
「あの、○○くん!」
「なに?」
「その……一緒にどこか遊びに行ったりってできるかな……?」
「え゛」
「ダメかな……」
まだ、アルノは付き合ってるって言ってないのか。
友達くらいには伝えておけよ......!
という、特大のブーメラン。
「さすがにダメかな……」
「○○、待ってたの?」
そこに、川﨑さんと共にやってくるアルノ。
見られたら不味いところを見られたかも。
「ちょっと待ってて。すぐに準備する」
しかし、俺の心配とは裏腹に、アルノは何でもないような感じで教室に入って、すぐに鞄を持って戻ってきた。
「どうしたの?早く帰ろうよ」
「おぉ……だな。荷物持つよ」
「ありがと」
なんだ、俺の思い過ごしか。
この間のこともあったから、てっきる何か言われるのかと思った。
「いやー寒いねー」
「ほっかいろあるけど使う?」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
渡したほっかいろを両手で擦るアルノ。
その様子を見ていると、俺も使いたくなるがもったいないので息で温めておくことにする。
「足、大丈夫?」
「歩くとちょっと痛いかな」
「肩貸そうか?」
「○○背高いからなぁ……」
そう言ったアルノはきょろきょろと周りを見渡す。
そして、周りに誰もいないことを確認したのか。
「おぶって」
「了解です」
一歩前に出てかがむと、ふわっと背中にアルノが乗るのが分かった。
「重くない?」
「うん。大丈夫だよ」
「ほんとに重くない?」
「全然。もうちょっと食べてもいいんじゃない?」
俺の首元に回った腕がきゅっと固くなる。
ほんとに、トレーニングにもならないくらい軽いな。
しかし、誰にも見られていないとはいえ恥ずかしいな。
思わず、足早になってしまう。
・・・
シャワーを浴び終えてリビングに戻ると、ソファに座ったアルノの唸り声が聞こえた。
様子を見てみると、足首のテーピングを巻きなおすのに苦戦しているみたいだった。
「俺、巻こうか?」
「お願いしていい?私、全然わかんなくてさ」
「寝るときは、まんましキツく巻かない方がいいんだよね」
テーピングとアンダーラップを受け取り、ソファに座るアルノの前にクッションを重ね、片膝を着く。
「ここ、足置いて」
俺の指示通りクッションに乗ったアルノの足に締め付けられない程度にアンダーラップを巻き付け、その上からテーピングを重ねる。
何回も自分で巻いたことあるからこのくらいはお手の物だ。
「……てかさ、テーピング、俺の部屋から持ってきた?」
「だって……他になかったから。部屋入っちゃダメだった?」
「いや、いいよ別に。はい、終わり」
「ありがと」
アンダーラップの余計な部分を結んで、部屋に片付けに行く。
戻ると、アルノから昼と同じくらいの視線を感じた。
「俺の顔、なんかついてる?」
「いや、そう言うわけじゃないんだけどさ」
「じゃあ、なに?」
「……放課後、教室の前で何話してたのかな~って。保健室でも、何か仲良さげだったしさ」
あれ、やっぱりアルノに見られてたのか。
でも、やましいことなんて何もない。
「別に、変なことは話してないよ」
「じゃあ、何話してたか言える?」
「一緒に遊びに行かないか誘われただけ」
「む……」
アルノが分かりやすく膨れる。
俺がその誘いに乗ったとでも思ったのだろうか。
「ちゃんと断ったよ」
「ほんとに?」
「ほんとだよ。俺にはアルノがいるからね」
今度は、ほっとしたような笑顔。
「私が一番?」
「アルノが一番」
「じゃあ、私の好きなところ言って」
「任せろ任せろ。えっとまずは......手先が不器用なところ、クールに見えてドジなところ」
「え、それ褒めてる?」
「ホラー映画ばっかり見てるのにすぐびっくりするところ、動物に優しいところ」
「ふんふん」
「人の感情に敏感なところ、笑顔は意外と子供っぽいところ」
「ほ、ほう……?」
「意外と甘えてくるところ、可愛いことが苦手なとこ」
「も、もういい……!」
「そうやって恥ずかしくなるとクッションで顔隠すとこも」
「もういいってばぁ……!」
アルノはすっかりクッションに顔を埋めたまま動かなくなってしまった。
俺はまだまだアルノの好きなところ言えるのに。
「俺にとってアルノが一番だってこと、わかった?」
「もうじゅうぶんわかりました……」
アルノは、クッションに顔を埋めたままソファに座る俺の膝の上に座り、背中をそのままこちらに預けてきた。
「わ、私も……○○が一番だから……」
「ありがと」
「............離さないから」
という宣言通り、しばらくアルノは俺の膝の上から降りてくれなかった。
・・・
「いってきまーす」
「きまーす」
翌日。
家を出てすぐにアルノが自分から俺の手を握った。
手袋もはめておらず、冷えた指先が俺の手の甲に触れる。
「寒くない?」
「うん。あと、今日はこのまま学校行く」
「いいの?」
そう聞くと、アルノは深く頷く。
「○○は私の○○だって見せつけておかないと、危ないから」
なんて、独占欲マシマシの一言を呟きながら。
………つづく
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