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俺に珍しく女友達が出来たら、なぜか義理の姉の様子がおかしいです

「○○ってさ、女の子の友達とかいるの?」
「な、なんだよ急に……」


夜のリラックスタイム。

そろそろアルノが映画を見始めるかなっていう時間帯。

俺がコーヒーを飲みながらスマホをいじっていると、アルノが急にそんなことを聞いてきた。


「この前さ、元カノはいないって言ってたじゃん?」
「まあ……付き合ったことは無いけど……」

「女の子の友達はいるのかな~って思って」
「い、いねーよ……」

「ふーん……そっか~」

俺の方を見てにやにやしているアルノ。

なんでそんな表情をしているのかと聞いてみても、「別に~」って言ってはぐらかすだけ。


「じゃあ、今日はめっちゃ疲れたから寝るわ」
「うん。おやすみ~」

なんか、アルノ上機嫌だったな。

その理由を考えるのは今日の疲れ切った体と頭では不十分。

俺は潔くベッドに体を委ねた。




・・・




「○○!下向くな!顔上げろ!」
「はぁ……はぁ……はい!」

日は落ちてるくせに、蒸し暑さは残る夏の夜七時。

ボールを使っての練習は危ないって理由で、つまらないくせにキツイフットワークのトレーニング。

二チームに分かれて、片方はウェイトトレーニングなんだけど、なんだかそれすら羨ましい。


「ラストワンセット!」


足重い。

重力うざい。

てか、きつい。

先輩たちの代で惜しくもインターハイに出られなかったから、先生に気合入りすぎてるんだ。


「よし、Aチームウェイト行け!次Bチーム!」


交代の合図とともに、一緒にやっていたチームメイトも皆倒れこむ。


「はぁ……はぁ……」

下はただの地面。

マットも何も敷いていないのに、立っているよりも遥かにマシに思える。


「お疲れ、○○くん」

倒れこんだ俺に、のぞき込むようにして声を掛けてきたのはマネージャーの井上。

学校の内外から美人と話題になっているらしい。

実際、大会の開会式で彼女のSNSのアカウントを聞かれたりもした。


「はい、ドリンク」
「助かる……」


井上からボトルを受け取って、スポーツドリンクを一気に喉に流し込む。

汗で抜け落ちて行った水分が体に補填されていく感覚が何とも言えない。


「○○くん、一段と怒られてたね」
「まあ、体力つけないとな……」

「先生も○○くんには期待してると思うよ。私もそうだし」

「なんでさ」
「私は○○くんがこのチームで一番上手だと思ってるから」

真っすぐに目を見てそう言われると照れ臭いというかなんと言うか、全身がムズ痒い感覚に襲われる。


「あ、ありがと……」

そのせいで、もごもごとお礼を言うのが関の山。


「そうだ。○○くん、部活終わったらさ……」
「終わったら?」

そこまで言って、井上は黙ってしまう。


「その……やっぱいいや!ウェイトトレーニング頑張って!」
「あ……」

何を伝えたかったのか、結局わからないまま井上は次のフットワーク組のドリンクを作りに行ってしまった。




・・・




「○○先輩、先に失礼します!」
「うん、お疲れ様」

後輩も同級生もみんな帰って、部室には俺一人。

早く帰りたくないかと言ったら嘘になるが、どうしても今日のノートだけは今の内に書いておきたい。

家に帰ってからなんて、ソファにベッドにお風呂にと誘惑が多すぎる。


「やっぱ課題はスタミナ……練習後半のフットワークトレーニングだけであんなにバテてたら一試合攻守に走り切れない……オフの日のランニングも増やすか」

日々のハンドボールノートも書き終わり、最後に出るので一応ハンド部の全部室の戸締りも確認しておく。


「よし、帰るか」
「あ、やっぱり○○くんだった」


部室棟の二階から降りてきて声を掛けてきたのは井上。

マネージャーがこんな時間まで残ってるなんて珍しい。


「何してたの?もう結構遅いよ?」
「みんなとお話してたらこんな時間になっちゃった」

「でも、他のマネージャーは帰ってるよね?」
「う……痛いところ突くね……実は部室で筆箱失くしちゃって、それを探してたらこんな時間に……」

「マネージャーの部室ってそんなに汚いの……?」
「汚くないよ!日にはよるけど……」


バツが悪そうに視線を泳がせる井上を見ていると、日によるのは汚い方じゃなくて綺麗な方で、汚いのは大体井上のせいなんだろうなと想像できる。

しかし、井上が部屋を散らかすって言うのは意外だった。


「井上って電車通学だっけ?」
「そうだよ」

「駅まで送ってくよ」
「いいの?」

「この時間に一人は危ないから」
「ありがと!○○くん、優しいね」

井上のにかっとした笑顔。

なんだかむずむずしてくる。


「は、早く帰ろう。あんまり遅いと親御さんが心配する」


俺はそれを隠すようにずんずんと駅に向かって歩き始めた。

テストのこととか、部活のこととか、ちょっとだけプライベートのこととか。

こうして井上と色々話したのは初めてかも。

「そう言えば、○○くんはなんであんな遅くまで残ってたの?」
「練習後のノート書いてて。家帰ってからだと書かないと思ったから」

「それ、毎回練習後に書いてるの?」
「うん。ちょっとでも上手くなって勝てるセンターにならないと」

「凄いね、○○くん」
「そんなでも無いよ。あ、駅見えてきた」

一人なら意外と長く感じる徒歩十五分ほどの道のりだけど、二人ならすぐに着く。


「じゃあ、気を付けて」
「うん、ありがとね。また明日学校で!」


手を振って改札を通る井上を見送ってから、俺も少しだけ遠回りになった帰路についた。




・・・




「○○、遅いなぁ……」


時刻はもうすぐで夜の十時。

部活はもう終わってるだろうし、自主練してるとしてもこんなに遅くなった日は無かった。

せっかく作ったご飯も冷めちゃってる。


「もしかして……」

遅くなる連絡もないし、ご飯がいらないみたいなのも来ていない。

部活のチームメイトとご飯を食べてるとかでもないなら……


「事件とか事故に巻き込まれてたり……」
「ただいま~」

なんてことは無く、○○は五体満足、無事も無事で帰ってきた。


「今日のご飯は……って、アルノ?」

○○のことをじっと見つめる私を不思議そうに見つめ返す○○。

私の心配とかは全く分かってないみたい。


「別になんでも?早くお風呂入ってきちゃってよ。ご飯温めとくから」
「あ、うん。わかった」


お風呂に向かう○○をもう一回じっと半ば睨むみたいに見つめてみるけど、振り返りすらしない。

こんなに遅くなるなら連絡の一つでも入れてくれればいいのに。

私の気持ちなんてなーんにもわかってない!

ご飯を温めておかないって言う意地悪も思いついたけど、それは流石に部活で疲れて帰ってきた○○に悪い気がして電子レンジを動かす。

どうして遅くなったのか、直接聞いてみよう。




・・・




「ふぅ……アルノ、ごは……」
「はい」

「あ、ありがと……」

俺がお風呂から上がるなり、テーブルの上に回鍋肉が置かれる。

なんか、怒ってる?


「アルノ。俺、何かしたかな?」


心当たり無し。

なら、聞くのが早し。


「…………本当にわからない?」
「うん……」


呆れたと言った表情のアルノ。

これは、相当なことをやらかしたのかも知れない。

上手く聞き出してちゃんとごめんなさいしないと。


「本当の本当に?」
「ほんとにわからないんだ。アルノの反応的にめちゃくちゃやばいことなのかも知れないけど……」

「やばいって言われるとそうでもないけど……今日、帰り遅かったよね?」
「まあ、そうかも……」

「どうして連絡してくれなかったの?もしかしたら事故とかに遭ってるんじゃないかって心配したんだから」


これは……俺が全面的に悪そうだ。


「それはほんとにごめん。一言連絡すればよかった」
「それでよし。早くご飯食べて、早く寝なさい!」

「はい、わかりました」


アルノにどうにか許してもらい、俺は回鍋肉を一口箸で運ぶ。


「ん、うま」
「それで、なんでこんな遅くなったの?」

「井上も遅くまで残ってたから、駅まで送ってたんだよ」
「井上……〇〇と同じクラスでハンド部のマネージャーやってる子?」

「そうそう。部活で最低限の会話することしかなかったから、あんなに話したの初めてかも」
「二人で……帰ったんだ……」

俺が井上を駅まで送っていったと聞いたアルノの様子がおかしい。

俺、何か変なこと言ったか?


「いや、別にただ送っていっただけだからな?」
「ほんっとうに駅まで送っただけなんだよね」

「それだけだけど……」
「なら……うーん……いい、かな……」


なにやら難しそうな顔で、あごに手を当てて考えてる。

何を考えてて、何がいいのかはわからない。


「じゃあ、私は先に寝るから。おやすみ」
「おやすみ」

階段を上っていくアルノ。

結局、なんだったんだろう。


「んま……」

とりあえず、アルノの言いつけ通り早く食べて早く寝るか。




・・・




「あ、○○くん!」


翌日。

朝練を終えて下駄箱で靴を履き替え、教室に向かって歩いていると、元気に俺の名前を呼ぶ声が聞こえた。

声の主は井上。


「おはよう!」
「おはよ」

「今日の朝練どうだった?」
「いつも通りかな」

なんか、昨日の今日だから勘違いの可能性もあるけど井上との距離が縮まった気がする。


「それとさ……三限の現代文の課題ってやった?」
「やったけど……もしかして……」

「テキスト学校に置いて帰っちゃって……」
「今回だけな」

「ありがとー!」


鞄からテキストを取り出して渡すと、井上は急いで自分の席について答えを写し始めた。


「〇〇、いますか?」
「あれ、アルノ。何か用?」

「これ、忘れ物」

アルノから手渡されたのは部活で使うタオル。

無くてもいいのかもしれないが、あった方が感じる不快感に大きな差が出る。


「ありがと。助かった」
「…………」

「アルノ?」
「な、何でもない!じゃあ!」


何だったんだろう。

教室の中を見ていたみたいだけど。


「○○くん、ありがとー!」
「写し終わるの速いね」

「全速力だした。あと、今の子って……」
「アルノ。一応俺の姉……になるかな」

「知ってるよ。中西さん……だと○○くんも中西だから……アルノちゃん、可愛いから」

アルノって、意外と有名人なのかも。

確かに可愛いとは思うけど、井上から見てもそうなんだな。


「そうだ。今日の部活の後も一緒に帰れる?」
「うん。いいよ」

「やった。じゃあ、楽しみにしてる!」

井上は友達に呼ばれて教室を出て行った。

俺も早く一限の準備をしなければ。




・・・




「お疲れ、○○くん」
「井上もお疲れ」


部活後。

校門を出てすぐのところで井上は待っていた。


「今日もノート書いてたの?」
「いや、今日は家に帰ってから書くよ」

「ずばり、○○選手。本日見えてきた課題はどのようなところなのでしょうか」

井上が手をマイクに見立てて俺の顔の前に持ってくる。


「今日はシュートの精度が悪かったので、空中での余裕を持てるようなトレーニングを考えたいと思います」


井上の小芝居にノっては見たけど、なんだか恥ずかしくなってきた。


「流石ですね、○○選手。日々の分析を怠らないんですね」


まだまだインタビュアー風の話し方をやめない井上。

楽しんでるならいいや。


「そうじゃないと、全国には届かないですからね」
「これからも頑張ってください!」


インタビュー終わったみたい。


「あ、○○くん。お腹空かない?」
「空いてるけど」

「じゃあ、駅前のハンバーガーショップ寄ってかない?」
「うーん……」

空腹は正直限界。

何かお腹に入れたい気持ちは十二分にある。

しかし、家に帰ったら絶対にご飯がある。


「今日は遠慮しとく。また今度ね」


さすがに、それを知っていて外で何か食べて帰るのは不義理だよな。


「そっか……また今度。絶対だよ!」

井上を無事に送り届けて、空腹も限界に達しすぎて腹の虫が収まらない。

それを何とか水で誤魔化してようやく家まで辿り着く。


「ただいま~」
「○○おかえり」

「今日も少し遅くなっちゃった」
「井上和さんと帰ってたの?」

「そうだけど……」
「やっぱり……朝も仲良さそうだったもんね」

見られてたんだ。

いや、別に見られて困るってことは無いんだけど。




・・・



○○は女の子の友達はいないって言ってたけど油断してた。

愚直で、真面目で。

運動神経もよくて、勉強もそれなりにできて。

そんな○○のことを誰も狙ってない訳なかったんだ。

しかもその相手があの井上和さん。

学校で一番の美少女だってみんなが言ってるあの井上和さん。

私に勝ち目ある?


「ご飯は食べてきたんでしょ?」
「いや、食べてないよ。井上に誘われたけど断ってきた」


ドキリと心臓が跳ねた。


「だって、アルノがめちゃくちゃ美味しいご飯作ってくれてるんだから、満腹で帰るのはダメだろ」


ほんとに○○は……

そういうところだぞ!って声高に言いたくなる。


「…………?おーい、アルノー?」
「…………」

この気持ちの正体はわかってる。

重い気持ちだってこともわかってる。

誰にも○○を渡したくない。

独占欲。

井上和さんと一緒に帰ってるって聞いたり、実際に仲良くしてるところを見て、私は嫉妬したんだ。


「今日のご飯何?」

振り返った○○。

向けられた背中。

私は反射的にその背中に抱き着いていた。




・・・




水でも飲もうかとキッチンの方に体を向けた時、背後から締め付けられるような感覚がした。

その正体は、もちろんアルノ。

どうしてだかはわからないけど、俺はアルノに抱き着かれているらしい。


「ちょ……!どうした急に……!」
「なんでもない!」

そうは言っているけれど、アルノの手は解かれない。


「へへ……○○、筋肉凄いね……」
「鍛えてるからね」

「もうちょっとだけこうしてていい?」
「満足するまで幾らでもどーぞ」


十分くらいだろうか。

ようやくアルノが手を解いて、満足げな顔をして自分の部屋に戻っていった。

残された俺の心臓は、しばらくの間ドキドキと音を大きな音を立てたままだった。




………つづく

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