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世話焼きな幼馴染は(時々?)ポンコツ

「ふわぁ……」


退屈な授業も後五分。

ここさえ乗り切れば、昼ご飯。

昨日は焼きそばパンだったから、今日はコロッケパンにでもしようか。

さっき自販機でオレンジジュースを買ったときに見た財布の中身を思い返す。

金欠気味だから、パン一個で済まさねば。

なんてことを考えていると、解放のチャイムが鳴り響く。


「今日はここまで。ちゃんと復習やって……って、おい!」


チャイムがなるなり、数人の生徒が財布を持って教室を飛び出す。

完全に出遅れた。

これじゃ、コロッケパンの身柄が危うい。


「ちょっと待って!」


飛び出した奴らに追い付かんと椅子を立った時、大きな声で呼び止められた。


「なんだよ、今から購買に行くとこなんだけど」


呼び止めてきたのは幼馴染の咲月。

こんなところで無駄な時間を食うわけにはいかないのに。


「最近、購買のパンばっかり食べてるじゃん」
「俺の生命線だからな」

「栄養偏っちゃうじゃん」
「なんとかなるでしょ」


ああ、時間が惜しい。

こうしている間にもパンはどんどん減っている。


「もう行っていい?」
「待って、本題はこれなの!」


咲月が渡してきたのは両手サイズの包み。

解いてみると弁当箱が入っていた。


「弁当?」
「そう、お弁当。最近の○○は食生活が乱れに乱れてるから……ちょっとでも改善されればと思って」


咲月は、根の部分が世話焼きだ。

多分。


「ありがたくいただきます」
「どうぞ、召し上がれ」


席に戻って、箱を開けてみる。

ウインナーにおひたし、そして卵焼き。

THE・お弁当!という感じの中身。


「お母さんと協力して作ったんだ~」
「おばさんと作ったんなら安心だ」

「それ、どういう意味?」
「なんでもないっす」


一品ずつ口に運ぶ。

どれも味付けが絶妙で、ご飯が進む。


「うまっ」
「でしょでしょ~」


咲月は隣の席に座って、俺が食べているところを満足そうに見ている。


「咲月はどれを作ったの?」
「私は何と、卵焼きに挑戦しました!」

「咲月が……?」
「そんな目で見ないでよ。砂糖たっぷり使って作ったから、○○の好みに合ってると思うよ」

さっすが幼馴染。

十六年も一緒に居るだけあって、俺の好みもばっちりわかってるらしい。

これは期待できる。


「じゃあ、卵焼き、いただきます」
「どうぞ」


少し硬めの卵焼きに箸を通して、一口大の大きさに切る。

俺が口に入れるのを、咲月が固唾を飲んで見守る。


「ん……ん……!」
「どう?」


甘さ。

なんてものは一切なく、しょっぱさを通り越して塩辛さが口の中を支配する。

たった一欠片なのに、何という破壊力。


「の、飲み物……!」
「なんで!?」

慌てて口の中をオレンジジュースで洗い流し、程よい塩気のウインナーで均衡を保つ。


「死ぬかと思った……」
「美味しくなかった?」

「咲月、卵焼き作るときに味見したか?」
「してないけど……」

「はぁ……そのせいか……」
「もしかして……」

そう、そのもしかして。

古来より、間違えやすいとして数多の主婦たちを困惑させてきたあれだ。


「砂糖と塩、間違えただろ」
「そ、そんなはずは……!」

咲月が自分のところにも入っている卵焼きを口に運ぶ。


「んぇ……」


おわかりいただけたようだ。

何とか飲み込んだようだが、変な声をだして顔をしかめている。


「盛大に間違えたな」
「やらかした……」


そして、この世の終わりかのような絶望。

咲月は、根が世話焼きだ。

そして、咲月はかなりのポンコツだ。


「ごめんね……残してもいいから……」

とんでもない落ち込みようの咲月。

さすがに可哀そうになってくる。


「別に食えないほどじゃないし、残しはしないよ」
「○○……」

勢いよく卵焼きを口に放り入れ、某剣豪のように気合で飲み込む。


「ごちそうさまでした」


さて、ここからは……


「ごめん、○○……」
「失敗なんて誰だってあるんだし」


落ち込んだ咲月を慰めるターン。




・・・




「リベンジの機会をいただきたく思います!」

放課後、昇降口で靴を履き替えていると、咲月が突然そんなことを言い出した。


「リベンジって……卵焼きの?」
「そう!あれで終わっちゃ悔しいじゃん!」

「明日の弁当でも……って、明日は休みか」
「じゃあ、今日の○○の夜ご飯を作ってあげる」


確かに、うちの親は大体家にいないことが多い。

夕飯は机の上に置かれたお金で出前かコンビニ。

時々、咲月の家にお邪魔することもあるが、咲月がうちに来てというのは中々ない。

それもそのはず、咲月は料理ができない。

お昼の卵焼きを見れば火を見るよりも明らかな事実だ。


「咲月が……料理……?卵焼きもミスったのに?」
「れ、レシピを見ればできるもん!」


ただまあ、かく言う俺も料理がめっちゃできるって訳ではないため、人のことを言えた義理はない。


「じゃあ、頼むわ……冷蔵庫は空だけど」
「任されました!食材買ってから行くから、先に帰ってて!」


そう言って、咲月は駆け出す。

何を作る気なのやら。

考えても無駄なので、咲月の言う通りに先に帰って待っていることにした。




・・・




「遅いな……」

家に帰ってから三十分。

咲月はまだ来ていない。

裏口の鍵は開けてあるし、勝手に入ってきていいと連絡はしてある。

ちゃんと『了解!』と返信は来た。

しかし、一向にその姿が見えない。

あまりに遅いので眠くなってきた。


『寝てるから着いたら起こして』


人間、眠気には勝てない。

返信を待つことなくベッドに身を委ねた。




・・・




「うわぁ!!!」

ガシャガシャと何かが崩れるような音と、何者かの悲鳴が聞こえて俺は飛び起きた。


時刻は夜の七時。

もしかして、不審者?

俺はゆっくりと階段を降り、音の発生源であるリビングの方に行ってみる。


「誰だ!……って」


まあ、不審者なんてことは万が一にもありえなかった話で、音の発生源に居たのは座り込んだ咲月だった。


「何してんの?」
「これは、あまりにも家が散らかってたから片付けたくて!」


にしては、本棚から本は崩れ落ち、椅子は転がり、衣服は散らかっている。


「これは多分、元の状態より汚くなってない?」
「それは……そうかも」

「手伝う?」
「……おねがいします」

どうやら、咲月は俺が脱ぎ散らかした服をまとめた後に、テレビや本棚の埃が気になってそこを掃除するところから始めたらしい。

そして、本棚の上を掃除するために椅子に乗った時、足を滑らせて落下。本棚に激突。

そして、今の惨状に至る。


「ほんとにごめんね」
「別に気にしてないよ。元々部屋汚かったのは事実だし」


掃除するいい機会になったと考えればまあ、プラマイでギリギリプラか。


「終わった……」
「常日頃から部屋は綺麗にしておこう……」

小一時間ほどかけて部屋を掃除し終え、ようやく今日の本題である咲月の晩御飯づくりが始まる。


「今回は手伝わなくていいからね!」


そう言って、俺はソファに座らされる。


「さて……!」

髪を後ろに結んで、長袖を捲くって。

ちょっと大きめのエプロンをかけた咲月がキッチンに立つ。


「ちなみに何を作るつもりで?」
「カレーにしようかなって。それなら私でも失敗しないでしょ」


フラグ、一つ目。


「だいたい、料理はレシピさえ見れば失敗しないんだし」


フラグ、二つ目。

少々心配になり、水を取りに行くフリをしてキッチンに行ってみる。


「まずは……何からやるんだろ……」


早速心配になる言葉が聞こえたな……

シェフは現在、腕を組んで野菜たちとにらめっこしていらっしゃる様子。


「や、野菜の皮剥いて切った方がいいんじゃない?」
「包丁で?」

「いやいや、ピーラーで」


心配だ……

スムーズさの欠ける手際にひやひやする。

何か起きても困るので、後ろに立って見ていると、


「もう、○○は座ってて。そんな心配しなくても大丈夫だから」


背中をぐいぐいと押されてソファに戻される。


「何か手伝うことあったら言えよ」
「大丈夫!」

そう、キッチンに戻ったおよそ五分後。


「痛っ!」


咲月のそんな声が聞こえてきた。


「どうした!?」
「指、切った……」


レシピ全く関係ないところでミスするのか……

きっちりフラグを回収していった咲月は、左手の人差し指から血を流していた。


「とりあえず絆創膏……」


棚に置いてある救急箱の中から絆創膏を一枚取り出し、咲月の指に巻く。


「一人じゃ危なっかしいから、俺も手伝うよ」
「お願いします……」

料理ができない二人なりに何とかカレーは完成した。

しかし、ケガをしてからの咲月はずっと元気が無いように見えた。




・・・




「皿は食器棚の下に入れておいて」
「うん……」

見るからに肩を落として落ち込んでるなぁ。

返答もどことなく元気ないし。

「……そんなに落ち込むなって。失敗なんて誰でもするんだし」
「そうなんだけど……タイミングが……」

「タイミング?」
「だって、今日は○○の誕生日じゃんか」

親はどうせ帰ってこないし、友達も……まあ、うん。

そんなんだから、自分でも誕生日を忘れてた。


「じゃあ、俺の誕生日を祝うため……みたいな?」
「そうなの……だから、ほんとはもっとしっかりやるつもりだったの……」


そんなことを思ってくれてたのか。

なんで急にこんなに世話を焼いてくるのかと不思議だったが、これで合点がいった。

理由が分かれば、涙目で俯く咲月の姿もいじらしい。


「そっかそっか。ありがとう、咲月」
「結局○○の力を借りてばっかりだから意味ないよ……」

「そんなことないよ」


俺は無意識のうちに、そんな咲月の頭にポンと手を置いていた。


「俺は嬉しかったよ。咲月が俺のために色々やってくれようとしてたの」
「うん……」

「だから、また俺のためにお弁当も夜ご飯も作ってよ」
「それって……告白……?」


…………。

…………!

冷静に自分で放った言葉を思い返して、顔が熱くなる。

俺の言ったやつ、まんま告白じゃん……


「い、嫌じゃなければ、そう捉えて貰って構いませんけど……」
「じゃあ、そう捉える」

咲月はグイっと涙を拭うと、こちらにきらきらとした笑顔を向ける。

さっきまでの落ち込みは自分の中で割り切って、次こそはと前を見れたような表情に俺はほっと胸を撫でおろした。


「これからは、『彼女』として○○のこと支えるから!」
「そうしてくれると、俺もすごい嬉しいよ」

「まずは、冷蔵庫に誕生日のケーキが入ってると思うから、それ食べよ!」
「冷蔵庫……?」


冷蔵庫にそんなの入ってたっけ?

水飲むために開けたけど見当たらなかった。


「あれ、無い!?買ってきたはずなのに!」
「もしかして、冷凍庫の方に入れてたりしない?」


咲月がそろっと冷凍庫を開けると、ケーキ屋さんの白い箱。

俺の読みはドンピシャだったみたいだ。


「わあ!固まっちゃってる!」
「溶かせば全然食べられるよ」


いつもはさみしい夜のリビング。

今日は笑い声が二つ。

想定外の誕生日だったけど、可愛い咲月をいっぱい見られたからよし!




・・・




朝日に直接攻撃をされて目を覚ます。

朝ごはん何か食べないと。

眠い目をこすりながら、階段を降りると……


「おはよ、○○」

キッチンに立つ咲月の姿。

昨晩と同じく裏口から入ってお弁当を作りに来たみたい。


「昨日のリベンジしに来たの」
「今日も卵焼きあるんだな」

「もちろん!今日の卵焼きは出汁巻たまごにしたからミスしてないはず!」
「おぉ、成長だな。で、この細いニンジンたちは?」

「それは、にんじんしりしりって言うんだって。お母さんに教えてもらったんだ~。甘じょっぱくて美味しいんだって。たれは今作ってて……」
「味見した?」

「まだ。○○もペロッと舐めてみる?」


咲月に促されて、スプーンの先っぽくらい取り、二人同時に口に運ぶ。


「ん……」
「あれ……」


しょっぱい。

説明ではあまじょっぱいって言ってたけど。


「なあ、咲月」
「ハイ……ナンデショウカ……」

「調味料ポット、どっち使った?」

キッチンに置いてある調味料ポットは二つ。

赤いのと青いの。

砂糖と塩。


「あ、青い方デス……」
「それ、塩だな」

俺の彼女は、根が世話焼きだ。

俺の彼女は、かなりのポンコツだ。

「もう一回作ればいいよ。その間に俺は朝ごはん作るから」

でも、そんなところがかわいくて。

そんなところが愛らしいんだ。




………fin

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