見出し画像

遅れてきた羞恥心

共感性羞恥心を知っているだろうか。誰かが恥ずかしい目に合っていると、自分も恥ずかしい気持ちになるあの不思議な感情だ。ドルジはこの共感性羞恥心を駆使して、世知辛い実力社会を何とか生き延びてきた。ドルジは学生時代、歌うアイス屋でアルバイトをしていた。この店ではアイスを作る際の歌のパフォーマンス目当てに多くの人が来客する。著作権を無視したネズミーランドの曲で替え歌を唄えば、苦虫を潰したように泣いていた赤子がペコちゃんのような笑顔になり、倦怠期で会話の少なくなったカップルも自然と目の色を取り戻すのだ。そんなある日、両腕にカラフルなタトゥーを入れたギャングスタがあらわらた。行列に割り込み、女性店員を威圧しながらドルジに向かって"ストロベリーバナナランデブー"を注文してきた。どうやらこの男は、何かイチャモンをつけるキッカケを探しているようだ。トラブルになるかどうかは、ドルジのこの後の一挙手一投足に命運がかかっている。そこでドルジはビビデバビデブーの曲に合わせて、ストロベリーバナナランデブーの曲をマンキンで披露した。感情を殺したドルジの姿にもはや人としての尊厳は無く、瞳の奥では⭐︎が瞬き、楽しんごもビックリするほど腰をくねらせながら、ギャングスタに向かって最大級のサービスを提供した。完成したアイスを渡そうとすると、ギャングスタは耳を真っ赤にしている。こちらを直視できないで、手だけ差し出す可愛らしいシャイボーイの姿に変貌していた。そして、その後は代金を支払ってそそくさとその場を去ってしまった。そう、ドルジはギャングスタとの勝負に勝ったのだ。勝利の喜びを分かち合おうと周囲を見渡す。しかし、様子がおかしい。何と、同僚も他のお客も、みんながギャングスタと同じような顔をしてドルジを直視できないでいる。ここで急にドルジの中に恥ずかしい気持ちが湧き上がってきた。その1ヶ月後、恥ずかしさから居心地が悪くなってバイトを辞めたドルジなのでした。

この記事が参加している募集

#創作大賞2024

書いてみる

締切:

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?