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掬いあげる矢印

過去に経験した出来事で
表に出せず、くすぶっている感情はありますか。
気にしないように過ごしていても
いま現在 確かに存在している
簡単には開かない扉はありますか
風の吹かない その部屋の空気に
一瞬にしてあの日が蘇る そんな感情はありますか。

「あなたを助けたい」
そう書かれたこの本はいったいどれだけの人を助けただろう
”助けられた”それは変えがたい事実であり、”その人の全て”だ
人生のうちで切実に心が求めるのは
苦しい時 最初に上に向かう矢印だと思う

誰も気付くことのなかった
置き去りにしているあなたの心に触れる。
そして長い間あなたさえ持て余していた
あの日の自分が掬い上げられる。

この作品はいくつかの小さな違和感と共に進んで
ラストはストンと落ちるのだが
特筆すべきはその違和感を忘れるほどの十代の心の描写。そのリアル。

社会とは異なるルール
蜘蛛の糸が張り巡らされた教室
誰もが通るけれど戻れはしない
当事者がその時でないと理解しあえない何かは確かにあって。

伝える術のないジレンマ
時空ポケットで隠れている罪悪感
元に戻れない焦り
捨てきれない期待
絶望的な恐怖
たった一つの悪意や出来事で変わりすぎる世界

「もう闘わなくていい」
その言葉に出会った時
この日々は闘いだったと気づく
自分を守る為の。
闘いは孤独だ
けれどその孤独が集まれば仲間になる
『かがみの孤城』はそういう場所

経験した人にしかわからない
心のヒダの陽の当たらない部分まで
消費されていない言葉で伝えてくれる
浸りきらず、フラットに伝えられた言葉達は
あの頃を経験した私たちの記憶をえぐる。
えぐられたそれは
物語とリンクして 共有されて 
陽の当たる場所まで誘導されて、
少しだけ融解されていく

愛は信頼と信念を生み、
物語の中にちりばめられた。
私達はいくつの愛に気付くことができただろうか

人生に一度くらい
あぁ この為に生きてきたんだと
思える瞬間はくるだろうか。

「そんなキセキ おこらないことは知っている」
それでも私達は望んでしまう。

苦しい時に最初に上に向かう矢印になる
『かがみの孤城』が誰かにとってのキセキに。

 




 #かがみの孤城感想文 
#辻村深月さん

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