ギャンブル依存症発症

ギャンブル依存症発症

バイト代が入って、ちょうど借金の返済用で取っておいた分をたった今丸々パチンコでスッてしまった。本当に死にたい。
死にたいというのは多分比喩で、本当にどうしようもない自分に対する自己嫌悪と、そんな自分を俯瞰して見るもう1人の自分がいるので、ギャンブル依存症が思わず使ってはいけない金を溶かしてしまう状態について可能な限り説明したい。こうでもしないと気が狂って自我を保てる自信がないのだ。

今日は久しぶりに昼のバイト以外アルバイトが無かったが、人と会う用事が2件あった。
1件目の用事を済ませた後、2件目まで時間が空いた。特に使える金もないのでドンキホーテを散策して時間を潰そうとしたが、手前にパチンコ屋さんが見えたのでうっかり入ってしまった。この時の心情はもう消えかかっていて記憶からなくなりそうだが、本当に少し中を見るつもりでしかなかった。行かなければいいというのは嫌という程理解していたが、空き時間にパチンコ屋さんというのはあまりにもちょうど良すぎるのだ。
もし勝って、人と会うまでに金を増やせたら…
1万でも勝てば1日分の労働がチャラになる、そういう軽い気持ちで段々と台に近づいていく。
ドラマで天才研究者が瞬時に様々な計算を頭の中でするように、ギャンブル依存症の僕はパチンコ屋さんの中で瞬時にパチンコを打っていい言い訳を考える。

「もし勝ってしまえば誰にも責められないな」
「トイレを借りるけど借りるだけなら失礼だから1,000円でも勝負するのが礼儀ではないか?」
「そういえば古い戦国乙女の台が全部撤去されたのが最近話題になったな」
「最近ずっと打ってなかったからラッキーが溜まってるかもしれない」
「携帯の充電が足りないから充電をしよう。充電がメイン。打つのは少しだけ。」

お笑い芸人のハライチの漫才のように少しずつ脱線していき、やることはパチンコなのにさも別の理由があるかのような精神状態になる。
昼を抜いているので空腹感があったが、それはパチンコのことを考えていたら消えた。
胃が体の中で沈む。自分が作った言い訳に勝手に安心してしまうのだ。妥当な理由を思いつき、パチンコ屋さんに入ってはいけないという罪悪感が薄れていく。

タバコの臭いが体に馴染む。深呼吸なんてしない。自動ドアを隔てた内側の空気を吸い込んで、健全な外の人混みの匂いを吐き出した。

打つ理由はたくさんあるのだから当然のように台に座った。選んだ台は戦国乙女5だったが別に何でも良かった。
現金が無かったので無心でATMから3万円をおろす。このお金は借金返済用に残していたものだ。でもあくまで時間を潰すためなので問題はない。なぜ3万なのかと言われると「何かあるかもしれないから」だ。何かとはこれもしょうがない理由を無限に立てているわけで、例えば不意に世界中のATMが使えなくなったり、例えば目の前で死にそうな人が1万円で助かったり、支離滅裂だが僕が僕自身で納得するには十分だった。

10,000円を入れる。この時点で丸々無くなるのは確定的だが、自分では本気で2、3,000円で終わる予定だった。
3,000円がスルッと飲み込まれる。残高は7,000円。この時点ですでに死にたくなっている。こうなるともうパチンコが楽しくて辞められないフェーズを超えてしまう。
「何か起きてくれ、神様…!」
イエスキリストにすがる時、人は死ぬ瞬間まで手を伸ばし続けるように、一度ギャンブルで勝ちたいと願ったらその思いは喉に熱く張り付いて取れない。
一度天に伸ばした手を降ろすのは、伸ばす以上に勇気がいる行為で、依存症である僕にそんな勇敢なことは到底できなかった。

あと1,000円、もしかしたら2,000円で神は微笑んでくれるかもしれない。使ってはいけない金を触った僕が事実として赦されるには勝つしかないと思えてくる。
追加投資は簡単だ。もう入金する必要はなく、10,000円を読み込んだ機械のボタンを押すだけで玉が出てくる。命の玉だ。
邪悪な思いでボタンを押すが、再起に向けたパチンコ玉は神聖な光に包まれていた。

この125発が飲み込まれてからが本当に辛い。今更後戻りなんてできない。ほんの少し、ほんの少しだけ時間を潰そうと思って入ったパチンコ屋さんで案の定最悪のシナリオを進む自分に嫌気が刺す。こんなはずじゃなかった。その一言が頭の中を巡る。もう許容できる金額ではなくなった。失った金額を思い出して後には引けない。殉じた友のため、ここで引き下がるのは漢ではない。こんなに本気な僕が負けるものか。



本気な僕は負けた。使ってはいけない口座の金を全て使い尽くした。2枚目の10,000円札を入れる時は「もう1番小さい当たりでいいから頼む」という気持ちしかない。
負け続けて思うのは、自分が離れた後に誰かが当ててしまうのではないかという恐怖心だった。
もし自分が抜けた台を誰かが打って当たってしまったのを見てしまえば、心が壊れるかもしれない。
その当たりは僕が神様にお願いして手に入れた当たりだ。ランプの魔人は3回まで願いを聴いてくれるが、僕はその1回を人に譲ってしまうことになる。そんな妄想を繰り返す。自分が離れた後に打つ人が当たることを考えるにつれ、益々もう少し打てば当たる気がしてくる。
色んな方向への不義理を返したい。パチンコで金を減らし続けているどうしようもない事実から目を背けて、汚い思惑を綺麗な気持ちでラッピングする。そうでもしないと過ぎた時間とは向き合えない。

とうとう財布から3万円が消えた。終わってみると本当に無駄な時間を過ごした。これ以上打てないのに玉貸しのボタンを押してみる。
ハンドルを捻って玉が出てこないカチンカチンという音を何度も聞いてみる。もうこれ以上戦うことはできない。
このあと後ろのおじさんが代わりに座って打つのだろうか。当たる姿は見たくない。

僕は空のペットボトルで席を確保するように見せかけて退店した。打ち始めた時の冷静さは瞬間で欠いた。パチンコで感じるはずだった緊張感が蛇腹状に待機していた。縮めたストローの袋に1滴垂らした時のようにそれが一気に流れ込んでくる。無視し続けていた2時間分の罪悪感を処理しきれずに呼吸が乱れる。なんて事をしてしまったんだ。後悔先に立たず、覆水盆に返らず。この2時間で起きた事実は3万円を無為に失ったということだけだ。得るものも無い。

耳が遠くなる。パチンコ屋から外に出る時に聴こえる音に変化はなかった。後悔が耳を塞いでいる。

こうして小さく何気ない依存症の種は芽を出し、絶望の花を咲かせた。わかっちゃいるけどやめられない。

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