賭博狂の詩2

時の流れと金の流れというものは非常に早く、マニラに到着してから3週間が過ぎようとし、自分が卒業した中学校の全校生徒とほぼ同じ人数の諭吉がカジノという魔性の前に没した。

この国では文字通りなんでも売れる。国民IDさえあればカジノに入れるので死ぬ気で稼いだ金を刹那の瞬間に賭けることだってできる。破滅してもIDすら売れる。両足を売った人も見た。

カジノで出会った現地人はすでに俺に金がないのを知っているので、KTV(キャバクラ)帰りの綺麗な女性が早朝大移動をする時に通る穴場ナンパストリートや、40円で食べれる夜鳴きラーメン屋台を教えてくれ、さらにどうしても金が欲しいと懇願した時には「物の売り方」を教えてくれた。

俺は携帯、macbook、ipad、その他衣類やスーツケースを全て売ってしまうことにした。大丈夫。要は勝てばいい。勝ちさえすれば覇道が途切れることはない。

ギャンブル依存症にはいくつかパターンがあり、俺は「負ける未来が想像できないタイプ」の依存症なので金が手に入るとわかった瞬間から漫画の主人公同様、根拠のない自身に満ち溢れる。漫画の中の彼らはすべからく勝っていくが、現実はそう甘くない。毎回その辛酸の味に顔を歪ませることになるが、根拠のない戦いに勝つこともまた筆舌に尽くし難いほど甘いのだ。

初めての「アブナイ経験」にワクワクしながら待ち合わせ場所に行く。大通り沿い、脈拍を打つ電球が不気味に照らす閉店後のガソリンスタンドの駐車場。

フィリピン特有の時間感覚で15分遅れで彼らが到着する。2台のバイクで、内一台は二人乗りだった。少年たちは全員イカしたタトゥーを入れていて、二人は俺よりも背が低かった。

「お前がその日本人か」

「そうだ。俺は日本人だがそれでも耐えられないくらい負けてしまったので金を借りたい。全部でいくらになる?」

「これだと40,000ペソかな」

「まあ40,000ぺソあれば勝てるしいいかな。お願いしたい。」

「月曜日までそのまま預ける。利息は3日で10%。火曜日を越えたらアウトレットに出しちゃうから早めに取り返しに来た方がいいよ。」

40,000ペソは俺の持ち物全てに対してあまりにも安かったが、無敵スイッチが入っていたため、バカラのミニマムレートさえ打てればそれで良かった。40,000ペソを握りしめ、勇み足でカジノに向かう。

カジノのセキュリティを抜け、一番初めに見た台に5,000ペソを張る。これが不幸にも勝ってしまう。

「このパターンは一気に吹き上がるな」

俺の中に巣喰うギャンブル脳が決断において完全にイニシアチブを握った瞬間だった。

しかし(当然のように)、その後の成績は全く振るわず、どんどん負けが込んでいく。残り7,000ペソになったところで理性を取り戻してしまい、失うものの大きさに気づき、それ以上勝負ができなくなってしまった。

悲しい話だが、必死な人間にギャンブルの女神が微笑むことはほとんどない。

金貸しの元へ戻り、もう少し金が借りたいと言うと、なんと200万まで貸すことができると言うのだ。

必要なものを聞くと、パスポートと顔写真のみでいいと言うではないか。なんという光明・・・!ありがとう神様!ありがとう金貸し!

新しい勝ち筋を見つけて冷静な俺は、今借りたら「流れ」が悪いので負けるだろうと思い、翌日に借りると話をつけて一旦帰宅した。

翌日知り合った現地人に話をすると顔色が大分悪い。

「昨日金貸しを紹介したけど実は彼らはマフィアなんだ。君は直情的だからすぐに金を借りてしまうだろうけどやめてほしい。本当に犯罪の材料に使われて捕まるか、金すら返せなかったら最悪死ぬことになるかもしれない。」

「でも全部売った金も溶かしてしまった。もう勝負するしかないだろう。それに君の紹介なんだから。パスポートくらいいいだろう。」

「200万で命を賭ける必要があるか?彼らはマニラ市内で人を探したら絶対に見つけられる。」

危ないとは聞いていたがそこまで言うなら諦めてやろう。そう思いつつも200万は惜しいので携帯を取り返すついでに話だけを聞きにいこうと粘り、現地人にも立ち会ってもらい、もう一度会うことにした。

有志のスペシャルサンクスにお金を振り込んでもらい、深夜、同じガソリンスタンドに行く。頭の中は200万が400万になり、400万が800万になる想像でいっぱいだった。フィリピンに来てから負けてばっかりだったけどとうとう大勝ちするタイミングが来たな。

今回は二人乗りのバイク一台だった。

これは直感かわからないが二人乗りの後ろに乗ってる少年の歩き方を見て熱が急に冷めた。

銃だ。少年は背中側のポーチに銃を入れていた。ボロボロのポーチから、知ってるものよりもずっと小さいサイズのボロボロの銃が出てきた。金を返して携帯を受け取る間、こちらに向けられることは最後までなかったが、銃から目が離せなかった。

3週間フィリピンにいて、今まで危ない目にあったことがなかったので舐めてたのかもしれない。日本人らしからぬ小汚い格好で深夜に歩いていてもなんの心配もなかった。自分から治安が悪いとされる地域に歩いて入ったこともある。スリの少年たちも俺から盗るものがないと知ってか知らずか、挨拶のみでどこかに行ってしまう。なんなら俺はフィリピンの人と話す時に高確率でインドネシア人と間違われる。

「いや〜、銃かあ。銃はなあ」

その場の誰も聞き取ることのできない日本語で一人呟き、金を貸してくれてありがとう!と過剰にマフィアの少年たちに握手を求め、パスポートの話をせずにガソリンスタンドを後にする。彼らはなんで銃を持ってたんだろうか。揉めたら撃つつもりなのか、パスポートだけ奪って殺すつもりだったのか、ただのハッタリだったのか。

現地人と共に無言で歩く。ごめんな、と彼は言うが元はといえば金貸しを紹介してくれと頼んだのは俺の方だったので、そんなことないよ、ありがとうと返した。

明日はカジノで酒だけ飲んで、KTV嬢が退勤する通りで美人でも眺めよう。

帰り道、二人乗りのバイクが横切る度に少し小便を漏らした。

集まったお金は全額僕の生活のために使います。たくさん集まったらカジノで一勝負しに行くのでよろしくお願いします。