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デリケ

世界にたったひとり

置いてけぼりにされ

澄み切った青に包まれて

時間さえ動かなくなった朝

 

欄干のまにまにきらめく川面

ゆらゆらと浮いては沈むホコリ

歪んだ歩道に落ちるあいまいなビルの影

 

なにも語らない風景のなかに

音もなく

わたしは融け出し

記憶は漂白されていく

 

残るのは

ただひとつ

デリケートゾーンの

かゆみだけ

 

 

 

焼けたアスファルトに落とした

アイスクリームのように

まっしろな光が

視界の四隅からにじみよる

 

風もなく揺れるまつげの隙間に

ぼやけた滴が浮かび

とうに忘れていた声がしのびくる

 

そうだった

あのコトバの意味が 今ようやく沁みてくる

ただ 思い出せない

あのとき わたしは何と返したのか

 

デリケートゾーンの

かゆみが

センチメントをかきけすように

激しくなる

なにか虫が湧いているとでもいうのか

 

 

 

使い古されたコトバでいえば

いまわのきわの走馬灯

とりとめなくまわる影絵が

あらわれては消えていく

 

ほどけた靴ひも

隣の客のそうめん

国道沿いのネギ

焼きいも

蜃気楼

かっこいい自転車

川に浮かぶ太陽

タイヤのすれる音

死んだ魚とインクのにおい

しけったスティックパン

パレットにこびりついた黄緑色

いつかの夏の思い出

 

そして

デリケートゾーンの

かゆみ

 

 

 

ああ そうか

こんなことなら

フェミニーナを

持ってくるんだった

 

怒りとか

笑いとか

呆れとか

慰めとか

 

虹の橋をわたるとき

かすかに残るのは

そういうものだと思ってた

 

トンネルみたいな

エコーをまとって

祝福の歌がふってくる

白い綿毛が舞いおどり

土と石の間から緑の芽が背をそらす

 

クラウズ テイスト メタリックの7曲目

が 頭んなかで鳴り響き

デリケートゾーンの

かゆみが

こだまする

 

 

 

いつかの未来の自分に手紙を書けるなら

いつかの過去の自分にも

書けないわけは ないだろう?

 

もしも叶うなら

あのときの わたしに伝えたい

ただ

自転車を漕ぎながらチャックを閉めるのは難しい

(♪ 歌う)

 

 

 

川をわたる風

光る波紋

古着屋によくあるネイビーが草臥れて薄いパープルみたくなった空

穴が空いたように白くいびつな月がぽつんと浮かび

盆踊りのように

終わることのない輪っかの上

デリケートゾーンの

かゆみが

彷徨う

 

 

 

ぬいぐるみたちが

流線型に踊りながら歌う

悲しい知らない歌だった

やがて

ビーズソファに埋もれるように

深く落ちていく

なにも見えず

なにも聞こえない

 

泣いているようだったが

こぼれた刹那 涙は海に溶け

ほんとうのことはまるでわからない

 

そのうち なぜ泣いているのかも

わからなくなった

 

パンダちゃんと赤いタオルちゃんが

なにか云った気がした

でも それももう

ほんとうのことはまるでわからない

 

 

 

デリケートゾーンの

かゆみだけが

わたしが生きていたことを

知っている