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前口上 BONGVOYAGE


吹雪の中を歩いている
白い視界に銀の細いひび割れがちらついている
遠くに何かを探そうと頭を上げるも
いま自分が遠くにいるのか近くにいるのかすら分からない
そういえばカラダは寒いと言っていた
分からない
なんや、そういうことか
かなんな

なんでこんなことになってもうたんやろう
思い出すにもどうやって思い出したらいいか分からない
思い出すというのは現在を軸に過去の記憶を探る作業なのだから
いま自分の立っている場所がどこなのか分からない人間にとって
それは困難というものです
そうです困難です

最近はなにもかもがよくない
ずっと最低の気分
なにをやってもおもしろくない
ひねってもひねっても枯れきった蛇口
まわりのやつらはアホばっかりで相手にする気が起きない
なにより自分がムカつくほどつまらない

だから旅に出たかった
誰も知らないところへ行きたかった
そのナレの果てがいまのこの感じ

旅に出るにあたって
まずおれは楽天トラベルへアクセスした
魅力的な旅行商品がたくさんあって
ああいいなあバリとかいいよなあと思った
でも高かった
そもそもパスポートが切れてるのでもう一度つくらねばならないし
それはダルい
ダルいからもういいわと思った

でも旅に出ることは諦めきれず
HISとかじゃらんとかも見た
左手にタバコを持ったまま
片手でアクセスした
(アクセス)
魅力的な旅行商品がたくさんあった
ああいいなあ四国とかいいよなあと思った
でもなあ
電車で行くにせよ車で行くにせよ飛行機にせよ
めんどくさくなって
(アクセス)
気付いたらここにいた

吹雪の中を歩いている
何も見えない
何も感じない
といっても真っ暗ではない
ただひたすら白い
遠くから豚汁のにおいがする
豚肉
生姜
にんじん
ごぼう
味噌
そして
(七味)

吹雪の中を歩いている
何も見えない
何も感じない
どこかで松坂慶子が泣いている
ゲイバーのマスターが死んだと泣いている
おれは松坂慶子の鎖骨のあたりをじっと見つめている
松坂慶子は誘惑するかのように
瞳をうるわせ鎖骨を
おいっちに さんし
と左右へクイックに
スライドさせる
(スライド)

吹雪の中を歩いている
何も見えない
何も感じない
おでんの大根とおでんの厚揚げが腕を組んで踊っている
にっこにこの笑顔で
おでんはいい
おでんは正義
おでん
おで
ほんとは女のコになりでえ

あの子は言った

吹雪の中を歩いている
何も見えない
何も感じない

酔って笑った夜のかずだけ
まくらを濡らす朝がある

それでは歌っていただきましょう