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ヘイホーレッツゴー

はじめてギターを買ったきっかけは、
ラモーンズを聴いたことだった。

夏の暑い日だった。
窓の先では、アスファルトがじりじりと音を立てている。
セミの音がドローンのように迫ってくる。

楽器屋では、できるだけ、それっぽいのを求めた。
24回払いが可能だといわれ即決すると同時に、月々いくら返せばよいかを考えた。
暗算は得意だったのである。
暗算を得意なおかげで、人生において、いくつかベネフィットを手にしてきた。
そのエピソードを語るのは面倒くさいのでやらないが、ほんとうにあったということだけは言っておこう。
たまに、自分が知らないことの真偽や存在を疑う人間がいるが、世の中には、そういうこともある。
私は、そのたび、暗算が得意でよかったと思ったものだった。

ギターケースを肩に掛け、電車に乗って帰るころ、
私は、今月からバイトの時間をちょっと増やしてもらえるかどうか、
店長に相談しようと決意したが、それは極めて勝算の少ない目算だった。

しかるに、ギターの支払い分のカネを、私はどうにかして手に入れなければならなかった。
飯を削ることになるな、と独り言ちた。

家に帰ってもういちどラモーンズを聴いた。
一度目ほどではないが、まあ、いいな、ノレるぜ、と思った。
ただ、すぐギターを手に取る気にはならなかった。
手に入れたことでいくばくかの満足を得てしまったのだろう。
しかし、私は、それさえどうでもよい気分で、マンガでも読んで寝たい、
どら焼きを買って帰ればよかった、と思っていた。

窓はうっすらと紫がかっている。
じっとりと汗ばんだ肌が、ときどき、そよいだ。
テレビには島崎和歌子が映っていた。