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初めて会ったとき、彼女はつるつるで少し穴があいていた。風が強く吹くとぴぃーと音がなり、たまに小さな虫がひと休みすることもあった。たちまち夢中になった。

不思議なことに穴には表情があり、しばらく付き合ううちに、あれ今日はどこか機嫌が悪いのかな、などと気を遣うようになった。ちょっとずつ面倒くさくなっていった。

「空気は通すのに、覗き込んでもなんの景色も見えへんねやなあ」

決定的に距離が空いたのは、そんな何気ない一言だったように思う。ほんとうに何の意図もなく、コンビニの帰り道でつい口にしてしまった。

それから数日。
気づくと穴は半分くらいの大きさになっていた。つるつるの質感はちょっとざらつき、猫の舌みたいになった。

友人に相談すると、G県にあるM山に登るといいと教えられた。頂上に祠があるから、そこでパスワードを唱えてみろという。

近所のホームセンターで登山用品を揃え、夜行バスに乗り込んだ。雲行きはますます怪しく、雷さえ鳴り始めている。穴は静かにこちらをみつめている。