どどたん先生の実況中継:異型 atypia と異形成 dysplasia について
異型と異形成は間違えやすい
異型は英語で atypia, 異形成は同様に dysplasia と訳される,というよりも atypia, dysplasia の略に異型,異形成を用いているといったほうが適切か.
どちらも一見同じようなことを指しているように見えるがために,しばしば混同してしまう.というよりも我々病理医ですら,混同したような使い方をしている事がある.
まずは腫瘍に限った話をしてみよう.
腫瘍に限って言えば,pathoneo 先生の使い方が正しい.
基本的には前浸潤性腫瘍を腫瘍の世界では異形成(dysplasia)と呼ぶと理解していた。異形成は通常、細胞異型や構造異型(atypia)を呈する。異型(atypia)があるから腫瘍(異形成)と認識できるとも言える。胃や大腸の腺腫や粘膜内癌はdysplasia。食道と子宮頸部の前浸潤性扁平上皮腫瘍もdysplasia。https://twitter.com/pathoneo/status/1126878264109068293
つまり異形成とは前浸潤性病変を指しており,腫瘍性変化の文脈で用いられている.これが一般的な使い方と言えよう.しかし,ちょっと話をずらしてそもそも論で考えてみる.
異型 atypia とはなにか
腫瘍細胞には核の大小不同やクロマチンの増加,明瞭な核小体,核型不整,N/C 比の増加といった「細胞異型」が見られる.そして正常の組織構築からどれだけ離れているかについて,その離れている程度に応じて「構造異型」を認める.この細胞異型と構造異型をみて,我々はどの程度正常の構築から離れているかを半定量的に評価している.
しかし,注意しなくてはならないのは異型があるからと言って必ずしも腫瘍とは言えない.なぜならば,
腫瘍(しゅよう、Tumor)とは、組織、細胞が生体内の制御に反して自律的に過剰に増殖することによってできる組織塊のこと。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%85%AB%E7%98%8D
であり,腫瘍そのものが細胞形態により定義されているものではないから.言い換えると,異型は腫瘍に見られる特徴だが,異型自体は腫瘍の必要条件でもなければ十分条件でもない.つまり異型がなくても腫瘍細胞である,ということはありうるし,実際 low grade B cell lymphoma などでは異型はほとんどない.また消化管では再生異型という概念があり,核腫大,明瞭な核小体が見られていても,異型があっても腫瘍ではなく反応性変化の範疇として考えられている.
しかしながら例外は例外として頭の隅っこにおいておくべきで,異型≒腫瘍性変化であることのほうが圧倒的に多い.
異形成 dysplasia とはなにか
そもそも,異形成という言葉は
細胞が正常では見られない形態になる、形態変化の一種
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%95%B0%E5%BD%A2%E6%88%90
であり,腫瘍性増殖については全く言及がない.事実,古典的な病名に用いられている異形成という単語は,この本来の意味を持っている.
例えば,てんかんの原因として有名な皮質異形成 cortical dysplasia や骨系統疾患 bone/skeletal dysplasia などはそのもともとのニュアンスが残っている.他にも線維性骨異形成 fibrous dysplasia などもそう言えるだろう(立ち位置としては腫瘍様病変だが,osteosarcoma に転換することもあり,前浸潤性病変とまでは言えないが,前がん病変くらいは言えそう).
異形成という言葉が,必ずしも腫瘍性変化について言及しているわけではなく,正常から離れている,という点においては異型と同様と考えて良い.そもそも論で対比すると,異型は細胞・組織に対して用いており,異形成という言葉は組織に対して用いられている,とも言える.
異形成という言葉は現代的には pathoneo 先生の言うように前浸潤性病変を指しているが,日本ではなぜか伝統的に腺系病変に用いられることは少なく,圧倒的に扁平上皮系に対して用いられている(唯一例外的なのは子宮頸部の glandular dysplasia であるが,これも用語自体が下火になっている).欧米では消化管でも積極的に用いられている.
では異型,異形成を実際にはどのように使うべきか
異型という言葉は細胞あるいは組織の形態についての客観的な描写について用いるべきだが,腫瘍性増殖がはっきりしている文脈では,腫瘍の悪性度や分類に対する根拠として用いて良い.
少しいい方が複雑になったけど,こういうこと.異型があるから癌,という言い方をすると叩かれやすい(再生異型についても考える必要がある).けど癌が確定なら,その悪性度を評価する指標としてなら使ってもいいよ,ということ.
もう少し言い換えよう.核腫大や構造異型が見られるから腺癌というのは根拠として乏しく,他に密に腺管が増殖し領域性になっているなど他の状況証拠と合わせてから腺癌と言いなさい,ということで,一度癌と言ってしまえば,そのグレーディングに対して,異型を用いるのは問題ない,ということ.
異形成については,使うべき文脈が限られているので,実はあまり問題ない.
異形成の立ち位置もさらに時代とともに変わる
例えば口腔癌取扱い規約第一版では口腔上皮異形成 oral epithelial dysplasia を炎症と腫瘍が紛らわしい,というニュアンスで使われていた(第二版ではその記述は削除され,WHO 分類に準拠することになったが).これは異形成=腫瘍性変化とする,今の時代の使い方の流れからずれていた.
だから炎症か腫瘍か紛らわしい病変については atypical epithelium や indefinite for neoplasia といった用語を用いる様になってきている.この atypical epithelium の atypical (異型の)はまさしく本来の意味に近くて,異型という言葉自体は必ずしも腫瘍性だけを意味しているのではない,というニュアンスと合う.ちなみに,上司の先生が dysplastic epithelium とも言うかもしれないが,その際は少なくとも腫瘍性増殖であることをあんに含んでいることになる.
ところが,だ.例えば子宮頸部の軽度異形成に至っては現在は HPV ウイルス感染状態を指して,中等度から高度異形成がウイルス感染による腫瘍性増殖というように再定義されたので,異形成=腫瘍性増殖・前浸潤性病変という構図自体が崩れてきており,最近は low grade squamous intraepithelial lesion (LSIL) や high SIL (HSIL) といった新しい言葉が登場している.
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