病理診断における見えないものを見ることの大切さ

# ○に見えるもの

たとえば ○ があったとして,これはジュースですと言われると,じゃあコップか缶の底を見たものかもしれないし,もしこれがカメラですと言われると,レンズを正面から見たものかもしれない.

ごくごく当たり前のことなのだけれども我々が見ているものというのは文脈によって意味づけされている.言い換えると,文脈から切り離されたものはしばしばその意義を失ってしまう.

病理診断において,見えないものを見ることの大切さを腫瘍性疾患,非腫瘍性疾患を架空症例にとって具体的に考えてみよう.いろいろな疾患名が出てくるけれども,それらがわからなくても読み進めて行くには問題ないように書いている.

# 紡錘形細胞肉腫に見えるもの

60 歳男性.下腿腫瘍を切除されてきており,組織学的には紡錘形細胞肉腫,のように見える.浅い領域にできているので,DFSP, MPNST, synovial sarcoma あたりが鑑別にあがってくる.さて何の免疫染色をしようかなと思うところ.

このままでは広く免疫染色を行っていろいろと鑑別をしないといけないのだけれども,臨床所見の中で次の文を見た瞬間に鑑別診断がぐっと狭まるか,実質的に一つに絞られてきてくる.

同病変は 10 年以上前からあり,当初はほくろ様の黒色調病変で,半年前に近医で切除されたときに,境界母斑と診断されているそうです.切除されたあとに結節状に腫大してきており,当院紹介されました.

一応形式上免疫染色を行うけれども,この文章があるだけで悪性黒色腫の診断が確定する.なぜか.60 歳で境界母斑というのは頻度からして稀で(母斑も歳を取るので真皮内母斑になっていてほしい),悪性黒色腫だったものを間違えて診断されている可能性が高い.

ほらほら,その目で見てみると,ただのヘモジデリン沈着にしか見えなかった茶褐色の色素がメラニンに見えてこない?

このように標本にある所見はそのすべてではあるのだけれども,その解釈は一つではない.間違えにくい,こけにくい診断をするためには常に臨床診断を意識する必要がある.レジデントの先生には臨床情報を大切にすることの重要性を常に訴えているけれどもどれくらい伝わっているのかはなかなか難しい苦笑

# 粉瘤でよい?

口唇腫瘤の臨床診断で生検が行われてきて,組織学的には角化物のみが採取されている.それをとある先生が「粉瘤が示唆される所見です」と書いた.

ちょっと待って.もちろん示唆するのは自由で仮に間違っていても問題はないのだけれども,口唇の粉瘤って結構頻度が低い.実際には粉瘤だったのかもしれないけれども,臨床診断が口唇腫瘤というだけで,粉瘤が示唆されるというのは少し言い過ぎ.

こういう言い過ぎ,というのはなまじ間違っていると言いにくいだけにはびこりやすくて,でも臨床の先生からすると「ん??」となることがある.

じゃあ,と言うことになるのだけれども臨床的に遭遇しやすい頻度から攻めるのが普通で,例えばできやすいのは粘液嚢胞や化膿性肉芽腫あたりで,腫瘤形成による二次的な過角化,錯角化を見ている可能性も考慮される.ほら,よく見ると,なんか粘液が付着して,泡沫状組織球もいない?もしかして粘液嚢胞の一部を見ている可能性があるんじゃない?

でもここまで言っておいて何だけど,仮に臨床所見に「嚢胞様で,内部にはおから状物質が見られました」とあると,粉瘤の可能性がぐっと上がる

当たり前のことだけれども,生検は一部のみしか見ておらず,その残りを補うのは臨床情報に他ならない.その臨床情報を無視するということは情報がその標本の一部に留まってしまう.病理所見+臨床情報で,その患者さんの臨床像および病態に迫ることができる.

# ただの消化管穿孔?

消化管穿孔をしたので,S状結腸を切除してきました.よろしくです!

こんな感じの申込書があって,はぁ?と言うことがあるけれども,それでも我々は立ち向かわなくてはいけない,時には CT なんかを見ながら.たまにレジデントの先生(かつての自分)は

穿孔があって,周囲に腹膜炎の所見がありました!

って書いてレポートを終わらせがちだけれども,それじゃ不十分.なぜかって?

そもそも何でこの患者さんは消化管穿孔を起こしたのかという病因についての言及が不十分

だから.消化管穿孔の病態は年齢や臨床状況によってだいぶ変わってくる.新生児で言うと,壊死性腸炎などとの関連もあり,高齢者であれば仮性憩室穿孔,癌による穿孔,あるいは全身状態が悪ければ NOMI の循環不全で穿孔を起こすこともあるかもしれない.あるいは血管炎やアミロイドーシスなどの全身性疾患を背景にした局所的な循環障害もあるかもしれない.

しかもこれらは(臨床医がさぼって)臨床所見に記載されていないこともあるし,緊急手術などで精査ができておらず臨床的にも覚知できていないこともある.見えないものを積極的に探す姿勢が大切で,標本から見えないものの可能性を指摘できるようになれば,とりあえず一人前といえるだろう.

このように,穴があいたという結果を示すだけであればそもそも病理診断なんていらないし,特性上病理診断が普及していない診療科(救命救急)や途上国ではこれらの検体は病理に出されないこともままある.病理に出さないなんてだめじゃん!と思うかもしれないけれども,「穴が開いて腹膜炎です」程度のレポートしか返せないと,病理に出さない人たちのことを馬鹿にはできない.

# 遺伝子診断の時代での病理診断のあり方

腫瘍(+非腫瘍)においては(おそらく近い将来は外傷を除く多くの病変)遺伝子異常が疾患の定義の重要な要素になってきている.しかしながら遺伝子異常だけで疾患を定義するのは難しい.例えば ETV6-NTRK3 の融合遺伝子は乳腺の分泌癌(および唾液腺の mammary analog secretary carcinoma)で検出されているが,乳児の infantile fibrosarcoma でも検出されている.

組織像が全く異なるし,その上臨床像も全く異なることが問題になる(病理診断が不要という立場に立てば組織像が異なっていても治療方針や臨床像が一致していれば実はそんなに問題ない).

というように,遺伝子異常が overlap しているものが臓器を超えて見られており,現時点では特異性があるものは少ない.これもまた世の常で,特異性があると言われている検査がだいたい後々になってほかのものでも陽性になることが多く,結果として特異性がなくなっていく.

とはいえ,分子標的薬が続続と登場する背景と併せて,治療方針に強く結びついているものであり,遺伝子異常を主体とした診断が中心になっていくのだろうが,結局のところ,臨床像を踏まえた診断が必要で,想定される臨床像を想像した上で見えないものを認識した診断をすることがぶれない,無難な診断をするために一番必要なことなんだと思う.

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