医師の働き方改革

昔膵臓子氏と医師の働き方改革について話をしたようなことを思い出した.そのときには何を喋ったかを昔過ぎて忘れたけれども,ちょっと一言二言.

# 医師は働きすぎがちょうどよい?

世の中の働き方改革の流れで,労働時間の短縮が叫ばれているのは周知の通り.経営側からすると,売上は絶対に下げたくないので,売上を維持したまま時間外労働を減らせば(≒残業代の支給の抑制)利益が向上するのではないかということで,変な利害関係が成立してしまい多くの病院で種々の働き方改革が行われている.もっとも医師を対象とした場合は規制が本格化するのはもう少し先だけれども.

昔から(一般的な!)医師はありえないくらいの過労状態で勤務をしていたと言われている.朝からくたくたになるまで働いて夜の当直は夜中の一時くらいまで救急対応して,その後も 1 時間ごとに何かしら起こされて,そのまま朝を迎え,通常の手術に入る,そんな働き方をどどたん先生は研修医のときにしていた.

もっというと,病理医になってからも 4 年間くらいは終わらない標本の山を目の前にだいたい夜の 11-12 時位まで働いていて,歩いてたかだか 10 分の距離の自宅まで帰る気力がなく病院に泊まることもしばしばあった.個人的な感想としてはどっちもきつかったけど,強いて言うなら病理医の方が辛かった.受動的にしていても仕事が進んでいく(と言ったら失礼だが)臨床業務と違って,自分が動かない限りは一ミリも仕事が進まない病理は結構しんどい.

たいてい多くのベテランの先生に聞くと若かりし頃の過重労働はほとんど美談に仕立てられてしまい,しばしばそれを若い人に推奨(≒強要)する.普段あれだけ EBM, EBM!! と叫んでいる人たちでさえ,苦労は買ってでもせよ,ということを平気で言ってしまう.先生,生存者バイアスって言葉,知っていますか?(あっ,そうか,エビデンスがないから何してもいいってことですね!)

# 医師の働き方改革への抵抗勢力

新聞やネット上の大抵の記事を見ていると,なぜ医師の働き方がうまく行かないのか,その根本的な原因に対する考察が若干弱い気がする(すべての記事に目を通しているわけではないので実質はわからないが).

普通に考えてみる.「(給料を変えずに)労働時間を短縮しましょう!」と言われて嫌だという人はそうそういないわけで,その理由として「患者さんのために!」と反論されたとしても,そんなの他の病院に送ればいい話である.送る病院がない?遠くても大体どこかに送るところはあるし,それが難しければ諦めるしかない(それがおかしい,という人に対しては極論だが「三宅島などの離島にも三次救急の病院が必要なのか」という話題について語っていただきたい,要するに程度問題に集約される).

そういうことを言うと,お前は本当に医者か?医療崩壊させる気か?倫理観が欠如している!と思われるかもしれないが,個人レベルで頑張って成り立っている制度は極めて危ういとされる.もしインフルエンザに罹患した場合はどうする?そのときに代替がいなければ患者さんはどうなってしまうのだろうか?その先生しかできない診療であったとしたら,しょうがないから諦めてもらう?個人レベルで頑張りすぎるということは,実は潜在的に誰かに迷惑をかけていることに他ならない,ということを自覚するのは実は難しい

具体例として昔インフルエンザにかかっても,カロナールとタミフルを内服しマスクをして診療をしようとした先生がいたけど,あれは完全にバイオテロそのもの.結局その先生が数日間いなくてもとりあえず病院は回っていた.

だからどどたん先生は今はあんまり頑張りすぎないように注意している.一応頑張るけど,自分がポシャっても大丈夫なようにある程度多角的に頑張っている.

# 医師の働き方改革≒医師の権限の制限

じゃあ人員を十分に用意しました,当直帯もちゃんと専属の先生を用意します,だから 9-5 時の勤務にしましょう,といったらそれでも結構嫌がる人がいるのではと推測をしている.

一つは時間外勤務をなくすと,みなし的に支給されていた他の職種に比べて高めの給料が下げられる可能性があること,もう一つは権限が無くなる可能性があること.

例えば看護師の勤務などを見ているとよいが,彼女たちは完全に引き継ぎ制で,自分達の勤務帯が終わると原則的に関与しないし,別のチームに入ったりすると担当することはまずない.これを模倣した働き方をすると日中の担当医であったとしても夜間の急変に対して口出しをする権限がなくなる(時間外勤務をなくす,ということは裏を返せば時間外には病院業務に対する指揮権限が剥奪されるとも言える).そもそも電話すらかかってこないだろうから翌日行ったらあれ?こんな事になっている!!とびっくりすることになるだろう.

今は多くの病院は医師に対して時間外勤務に対して支払いをしないかあるいは少なく支払う代わりに,仕事以外でも病院に長く滞在することに対して比較的許容している.ここらへんはルールを厳密に適用すると,職場滞在時間=勤務時間なので,ゲームをやっている時間も本当は給料を支払わなくてはいけないし,もしそれが嫌であれば契約時間外に病院に滞在しているので鍵をかけて締め出さないといけない(∵不法滞在となる).

もともと過労気味の先生というのは仕事が好き,あるいは称賛を浴びたい(良くも悪くも積極的な)先生が多くて,裁量が多いほど彼らにとっては仕事がやりやすい.そういう人たちには権限が制限されうる可能性のある働き方改革は本当に邪魔な存在なんだと思う.

# 結局医師の集団はヘテロ過ぎてまとまれない

一方で,そんなに働きたくない!ちょっといい給料を貰えればそれで十分という層もそこそこいたりして,全体として均質な集団ではないので,医師の意見の総意なんてそもそも存在し得ない.あるのは表面化した問題だけで,その表面化した問題に対して表面的に対処をしようとして様々な政策が行われていると理解している.

# ちなみに働き方改革で何を削るか

どどたん先生のいるところは病理診断科なので,働き方改革で労働時間の短縮を求められた場合,何を削るかを少し考えてみた.

・おしゃべり
・切り出し(作るカセット数を強制的に絞る)
・診断で調べること(初めて見る疾患や珍しい,非定型的な疾患は論文や教科書を複数参照して裏を取っている)
・研究(仕事を終らせるという意味でははっきり言って必要ない)

大まかに言うとこんな感じ.おしゃべりは当然として,短縮する=品質を下げる,ということに他ならないわけでそれを許容してくれるかどうか,ということが重要.切り出しや診断の裏とりは 99% くらいは雑にやっても問題ないけれども,残りの 1% で致命的なエラーが生じうる(実際の発生頻度は 年に 1-2 件あるかなという程度)

それくらいは仕方ないよね,という雰囲気が出てきたときに初めて本当の働き方改革が成功するのだろうと思う.制度だけじゃない,医療そのものに対する医療従事者自身と患者の捉え方の変化が起こらないと多分成功しない


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?