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アナと雪と嘘の女王

嘘をつくことは良いことではない。
言うまでもなく当たり前のことではあるけれど、結局のところ”嘘つきの嘘を暴いたところでどうしようもない”ということも言えるかなぁ、と最近思うようになった。

アナ雪2だけではなく、他の作品に関してもディズニーは同様の手法を用いて宣伝を行っていたようだ。
これらがステルスマーケティングであることを批判されているが、映画や商品の宣伝がステルスであろうがどうだろうが、どうでも良くないか?と思ってしまう。

もちろんイリーガルな手法で宣伝を行うことを良しとするわけではないけれど、映画も商品も、結局自分が良いと思うかどうかの問題なので、例えば「お前の漫画を見て映画を見たけどクソみたいに面白くなかったぞ、金返せ」というのは筋違いだろう。

「自分の感受性くらい、自分で守れ。ばかものよ」という茨木のり子の詩を地で行く話だ。
漫画を読もうが読むまいが商品価値は変わらないのだから、そこは自分の問題として切り離すべきだ。
あくまで騙すような宣伝手法(ステマ以外にレビュー操作とか)は良くないと思うが、だからといって影響自体はデカく感じないなぁ、という印象だ。

反面、天下のディズニーは「流行はSNSから作るもの」という認識なのか〜というのは勉強になる。
漫画マーケティングというのは以前に一度流行って、再び脚光を浴びつつあったが、ディズニーほどの企業が注目しているのであれば、やはり効果があるものなのかと思う。
世界に誇るアニメ会社がセミプロに感想漫画を依頼する、というのも変な構図だなぁとも思うが。

この「その嘘、暴いたところでどうなんでしょ?」というのは「桜を見る会」にも感じる。

野党はこの問題を必死に追求している。
が、この問題が大きなものとして扱われようと、そうではなく立ち消えになろうと、恐らく政権与党は変わらないし体制に変化は無いだろうなぁと感じる。

これは自民党が良い悪いというよりは「どの野党に政権を握らせると今よりマシになるでしょうか?」ということにあるからだ。
乱暴に言えば、ウ○コ味のカレーとカレー味のウ○コ程度の違いしか無い。

“桜を見る会”の問題に隠れて市民生活に関わる法案なり制度は都合よく改変されていくし、沢尻エリカが捕まった際に「自民党の隠蔽工作だ!」と騒ぐアレな人も居たが、よっぽど“桜を見る会”に注目が集まっていることのほうが他の物事の隠れ蓑になるだろう。

問題は問題としてよく分かるのだが、そこばっかり突いてても何も出てこないよ、とは思う。
嘘をそのままにしておくことは良くないが、苦労して暴いたところで得るものは少ない。
生涯を掛けて探した宝箱を開けてみたら、中身は風化した泥と紙クズでした、というようなものだ。

まぁ平凡な真実よりも、キレイな嘘のほうが心地よいということもあるだろう。
義憤に駆られて嘘を全て暴いていくよりも、そのあたりを上手いこと使い分けて、楽しく生きていられれば良いや〜というのも、また真実だろう。

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