見出し画像

その薬、自腹でお願いします ー皆保険が壊れる日ー

“ぶっちゃけ10月以降、やばいくらいヒマ。”
誰もいないカウンターで、マスターが呟いた。

11月28日の経産省発表によると、10月の国内の小売販売額は昨年10月と比較し、平均7.1%低下している。増税直前の9月との比較だと14.4%の低下だ。
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO52702810Y9A121C1MM0000/

安価なフランチャイズを除くと、飲食店は不況の影響を受けやすい。
個人経営のレストラン、バーには大変な時代だ。
そんな事を言ってる間に、医療業界も他人事ではなくなりそうな気配である。

ーーーーーー
“全世代型社会保障検討会議“という閣僚と有識者による医療制度の見直しの為の会議が11月から本格的に行われているのだが、この会議の提言が“とうとう来たな!”なのだ。

最初に報道されたのは“75歳以上の窓口負担を1割から2割へ引き上げる”というアイデアである。
https://www.asahi.com/articles/ASMD152P7MD1UTFK007.html
1割から2割というと大した事がないように聞こえるが、現実的には病院での会計が二倍になるという話である。

さらに驚いたのが、12月1日の“市販類似薬は保険対象外”のニュースだ。
https://www.sankei.com/life/news/191201/lif1912010004-n1.html

花粉症のアレグラ。痛み止めのロキソニンや湿布薬。
熱冷ましのカロナール。PL顆粒などの風邪薬。
漢方薬の葛根湯。皮膚保湿剤のヒルドイド。

これらのクスリは、病院で処方される“処方薬”である一方で、マツモトキヨシなどのドラッグストアでも買える“市販薬”でもある。
政府のアイデアでは、これらの市販類似薬は国民皆保険から外して、ドラッグストアで買って頂きましょう、ということらしい。
病院で処方薬として購入する場合、1〜3割が自己負担で、残りの7〜9割は保険制度から支払われるが、この改革が実現すると、100%自腹となる。

この影響は、非常に大きいだろう。正直、何が起きるか想像が出来ない。

ーーーーーー

まず思い浮かんだのは、アレルギー患者の顔である。
厚生労働省によると、日本人の2人に1人が何らかのアレルギー疾患にかかっている。抗ヒスタミン薬(アレグラなど)を常用しているのは、私だけではない。

次に思い浮かんだのは、農業を営む高齢の方々である。
農作業で酷使した身体の痛みに、湿布を常用している彼らへのしわ寄せは既に始まっている。2016年の診療報酬改定で、一ヶ月あたりにもらえる湿布の量は20袋から10袋へと減った。これからは全て自腹で、ということなのだ。

確かに花粉症や筋肉痛で死ぬ事はない。
だが正直、あのグズグズは生活の質を著しく損なう。
生活必需品に近い医薬品へのアクセスを、経済的な理由で我慢しないといけなくなるというのは、純粋に不幸なことだと、私は思う。

ーーーーーーー
困るのは患者だけではない。
この改革が直撃するのは、街のクリニックの経営である。

花粉症に対する処方で食べている耳鼻科。
湿布や痛み止めの処方を主とする整形外科。
患者の大半が風邪や胃腸炎症状で受診する小児科。
開業医の台所事情に私は明るくないが、場合によっては潰れるところも出てくるだろう。
小さな病院が多過ぎると厚労省が考えているのは自明だし、その通りかもしれない。
しかし私の経験上、経営が傾いた病院が生き残りをかけ“客単価”を釣り上げようとすることほど、患者にとって恐ろしいことはない。

風邪で受診する患者。医学的に必要なのは解熱剤だけ。
けれど解熱剤は処方できない。
薬を出さずに返すと患者さんは納得しない。
仕方がないから、ドラッグストアでは買えない抗生剤を“念のため”処方する。
純然たる無駄とわかっていても。

今以上に、診療内容が経営事情に左右される。
そんな未来が見えるのは私だけだろうか?

ーーーーーーー
クリニックや病院に代わって、繁盛が見込まれるのがドラッグストアと民間保険である。

いままでクリニックの先生が担っていた業務を、ドラッグストアの薬剤師さんが行うことになる。
それ自体は、悪いことではないのかもしれない。

ただ、問題は何かあったときである。

風邪だと思って、薬局でクスリを買って様子を見る。
それが実は細菌性の髄膜炎で、気がついたときには手遅れとなる。
そういうときに“仕方ない”で済むのかという話である。
この責任をドラッグストアの販売責任者が追求されるとしたら、それは気の毒なことだと思う。

一方、皆保険が縮むことは、民間保険にとってはビジネスチャンスに他ならない。
そう思って“検討会議”に参加している有識者の名前を確認すると、損保ジャパンのCEOの名前が入っている。案の定…である。

ーーーーー
この改革の是非について、私は現時点では結論を下せない。
最も重要な点が、明らかになっていないからだ。
それは“今後、ドラッグストアで売られる市販薬の値段はどうなるのか?”ということである。

保険診療における処方薬の値段は、日本では国が決めている。
そしてその価格は、特に後発医薬品では比較的安く設定されている。
一方、同じクスリをドラッグストアで買う場合、その販売価格は製薬会社が決めている。こちらは処方薬と比べて圧倒的に高額である。

実際に並べてみよう。(市販は価格.comの最安値を参考)

ロキソニン:7.9円(保険) → 44.5円(市販)
アレグラ:16.1円(保険)→43.6円(市販)
葛根湯(1g):3.8円(保険)→28.4円(市販)

“ロキソニンって1錠、たった8円なの?”と驚かれたのではないだろうか?
そうなんです。
それでも製薬会社が潰れたという話は聞かないので、この値段で利益が出るような構造になっている。

仮に全額自腹になったとしても、ロキソニンの価格を一粒10円とするような(市販類似薬の薬価は保険診療に準ずるという)、ルールをセットで作ってくれるなら、まあアレグラも自腹でもいいかなという気がしなくもない。

一方で、市販薬の値段を製薬業界が自由に決められるとなると、値段を釣り上げられる可能性も否定できない。
健康食品と違って、医薬品市場は簡単に参入できる業界ではないからだ。

ーーーーー
この薬価を見て、気がつくことがある。
それは、仮にロキソニンを100%自己負担にしても、節約できる金額は1錠あたりわずか5円程度なのである。

高齢者の自腹率の上昇で、皆保険の支払いは8千億円減るらしい。
市販類似薬の適応外での節約は2千億円程度と見積もられている。
あわせて1兆円である。

1兆円と言われると、途方も無い金額のように思えるが、現在、日本の医療費は全部で42兆円。つまり、これは2%程度に過ぎない。

ファイザーのドル箱であるリリカは昨年度、1千億円を売り上げている。一部の患者を除いて、正直、あんまり効く実感がない薬である。
神経内科の領域では、ソリリスという新薬が重症筋無力症の再発予防薬として保険収載された。年間に一人あたり4000万円かかると言われる高額医薬品である。しかし、この薬、臨床試験ではプライマリエンドポイントに関して、プラセボと比較し有意な効果を示せていないのである。
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC5845078/
つまりイワシの頭と同じ程度しか効いていない可能性があるということだ。

医療の外に目を向けると、たとえば、トランプ大統領が4倍の増額を求めている、在日米軍への“おもいやり予算”が8800億円である。
つまり在日米軍に撤退頂き、おもいやり予算を廃止すれば、今回の負担増は見送ることが出来る。

この1兆円の削減で失われるのは、皆保険への信頼である。
ここで花粉症の治療薬で恩恵に預かる若年層を保険適応外へと蹴り出せば、皆保険制度は年金と同じく、未払いで瓦解するだろう。
その先に登場するのは、“国民皆保険をぶっ壊す!”という民営化勢力である。
(それこそ損保ジャパンの狙うところなのかもしれないが)

そもそも私の記憶が正しければ、消費増税は福祉の充実を謳って行われたはずだ。
その事実を、私達は忘れてはならない。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?