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鈴木敏夫×中田敦彦から知る「引き出す力」

泥臭くも美しいクリエイティブの世界をYoutubeで目にした。「ジブリの仕事術」だ。誰しもに可能性はあるんのだ、という鈴木Pのメッセージを自分のためにメモ。

ざっくりとした内容はこうだ。(※敬称は省略させていただく)宮崎駿の恋人とまでいわれる鈴木敏夫プロデューサーが、オリエンタルラジオの中田敦彦とガチで手を組み「風立ちぬ(2013年公開)」の新聞広告を生みだすまでの熱いドキュメントストーリーだ。

話は「風立ちぬ」の公開直前、中田が鈴木Pに呼び出されるところからはじまる。中田が鈴木Pから与えられた仕事は新聞広告。しかも、一面広告というとんでもない大仕事だったのだ。スパルタと呼ばれる鈴木Pと、元祖インテリ芸人といわれている中田は、ときに摩擦を起こしながらも五臓六腑を擦り合わせていった。両者協働によって、これまでにない新聞広告を生み出すまでの試行錯誤が私の心を掴んだ。(記事最後に2人の集大成をはってあるので、すべてすっ飛ばしていただくことも可能)

今目の前にあるものに魂を注ぐ、当たり前の姿勢

中田はまずはじめに膨大なインプットを数日間に渡り毎日何時間もかけてジブリの広告歴史などを吸収した。また、鈴木Pの言葉をひとことも漏らさず吸収し「鈴木Pのあまりにもデカすぎるビジョンをみんなで削り上げていく」と自信溢れる眼差しで訴えるようになった。中田は、鈴木Pの膨張した世界を、自分がヤスリとならんと奮闘する。その姿はもはや芸人の影は見当たらない。

鈴木Pとジブリが培ってきた巨大すぎる世界を飲み込み咀嚼し、自分のなかで形を積み上げていく中田。もはや中田は「クリエイター」として存在していた。

鈴木Pはといえば、中田に対して「芸人だ」、「広告の素人だから」といったフィルターをかけることなくビジネスパートナーとして注文指摘を行い、共同作業を繰り返す。

鈴木Pも中田も当初は「既存にあるものよりいいものを」と共通した考えで、ひたすら既存の上をいくものを追求していた。しかし最後にキーポイントとなったのは違った。

最後の決め手

中田はいくたびに及ぶやり取りの最後に、鈴木Pから大きくダメ出しをくらった。その後に彼が見出したものは『最終的には宮崎駿さんと鈴木さんが抽出したものに答えがあるのだ』として、オリジナルを一旦捨てた。これは諦めではなく彼なりの最善策だった。

2人の最後の打ち合わせで決まったもの。それは中田が生み出したものだった。鈴木Pは「どんなど素人だろうとなんだろうと絶対に一つだけは引き出せる。それが俺の仕事だ。途中でもういいよやらなくて、となったらそれは俺の負け」そう言い切った。

2人のやりとりから仕事は1人ではできないのだということを知り、人を巻き込めば巻き込むほどアイデアが生み出されるということがわかった。

天才の法則を上梓したオリラジ中田の仕事法
まずは徹底的な分析。彼は7つに分けた。 そこから抽出していった。

次に100個出すために人と話して膨らませていった。100個出して次は人と話して磨いていった。

引き出すプロ、鈴木Pの流儀とは

ウルトラスパルタな鈴木P、その印象が今回の番組で剥ぎ取られた。いや、スパルタなのは変わらないかもしれない。とにかくアイデアの絞り方が圧巻だった。

「俺は絶対に誰かと組んで仕事をする。それによって1番いいものが生まれるから。宮崎駿なんてそのプロだよ。あの人は本当すぐ人に聞くから。名前を知らない新人にも話しかける」

ジブリが世界トップクラスのアニメ作品として発展を遂げた理由は『アニメ映画を作る天才がいた』のみではなかった。圧倒的にアイデアを生み出し『人の意見を取り入れる』ことを当然のようにしていた天才が揃っていたからなのだ。

ひとりよがりではいいものはつくれない。

そう、胸に刻んだ。

関係ないけど、宮崎駿監督の名言集 https://togetter.com/li/539862
△面白いまとめです

△Twiiterより引用

#脳みそメモ

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