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創作意欲が潰えそう 5.27.2024

このコーナーは、日々の日記には収まりきらない瞬間の感情の数々を取り上げていく私の備忘録である。これを読むことで、色々不出来なホモ・サピエンスがいるんだなと、他のホモ・サピエンスにも思っていただけたら…とか思ってもいないことを言いそうになった。危ない。

クリエイターになりたい

今まで自分はクリエイターだと思って生きてきた部分が大きい。そのせいか、あぁ今非クリエイターだなと思ってしまうと、それだけで「今日今こうして生きている意味や必要はあったのか」と疑問を抱く。こう考えている間も、自分よりもっとクリエイトが好きな人は前へ進んでいて、自分は今も”このまま”。

数年前に比べれば、成長しているだろうという人はいると思うが、常に超自我とそうでない自分とが戦っていて、いつも自分の姿が見えてこない。(心理学をかじってますみたいな言い方をしたかったが、できてもいない。どうか無視して。)

加えて、鬱病が治らない。

過去に起きたメニエール病や腎臓病の再発にも恐れている。そして今日も右耳は、半分ほど聞こえない。耳鳴りはこれから先も止むことはないし、ここ1週間は特段症状が良くない。先週も何度、何人の話者の言葉を聞き返したことか。
29万円もする補聴器は、29万円分の役割を果たしている気がしない。

創作意欲が潰えそう。絵を描くことはもう別に、楽しいとかではない。これも鬱病のせいなのか?自身のせいなのか?なんだか病気のせいであってほしい。

鬱症状の強い日は、今日が何日かを把握できていないことが多い。

ちなみに今日が2024年5月27日ということは今知った。これに気付けたということは、ちょっと元気になってきた証拠かもしれない。

久々にパソコンを触っているからタイピングが激下手である。タイプミスというよりかは、打つ気がない人の動作にしか見えない。

最近、積極的にアーティストやデザイナーに関する情報を摂取しようと外出することが増えたのだが、見れば見るほどに、自分の内なるパワーの脆弱さに直面させられる。

私の今までの人生で、純粋に絵を描くことが楽しいという原動力で絵を描いたのはもうどれほど前かハッキリしない。中学生の頃にはもう既にSNSに絵を投稿するという機会を持てていたことから、他人の評価を気にせずに描けていたのはそれよりも前だと判断してもいいかもしれない。

もっと言えば、私よりも絵が上手でずっと評価されている友人が現れ、それが自分にとって毒のようだと薄々感じるようになる前が、純粋に絵を楽しめていた時期かもしれない。と考えると、そんなのはもう小2くらいにまで遡らないといけないことになる。


私の妹とその友人は、自分の容姿が醜いのだととことん思い詰めていたことがあった。私は自分の容姿に対してそれほどコンプレックスや執着はなく、むしろ時には肯定的である。その為、なぜそこまでこだわるのだろうと不思議に思っていたのだが、自分の絵に対する感情は妹や友人の容姿に対するそれと似ているのかもしれない、ということは今更ながら、ようやく気付けた点だ。

休学している間に卒業してしまった元同級生のインスタの投稿を見て若干落ち込んだ。一度見ていたし、流石に割り切れていたと思っていたが、多少のダメージは未だ避けきれないのだと再認した。もう見ない(前もそう思ったが、今日ストーリーを更新したところ、つい既読欄からプロフィールへと飛んで見に行ってしまった。)もはや自分から傷つきにいっている可能性もある。ないと思いたいが。

とは言えインスタも悪いことばかりではないようだ。私の絵を気に入ってくれた子が、部屋の壁にパネル貼りしたイラストを飾り、その報告をメンションを通して伝えてくれた。その絵自体は2年前に描いたもので、作風もかなり異なるため、自分の中では”昔の自分”の作品となり果ててしまったが、今でも気に入ってくれている人が1人でもいてくれるのは純粋に嬉しい。

もうインスタは見たくないけど、イラストはやっぱ続けてもいいかもしれないなぁ。

ちなみに今日は週1しか行かなくていい授業を休んだ。貴重な時間を逃したと自覚はしているが、今日に限っては逃げて正解だったと思う。なんとなく自分が限界に達する直前を直観で分かるようになったのかもしれない。それにしては鬱症状が続くな。

そして今日だって、早く治ってくれと願っているのは、俯瞰で私を見ている私しかいないのだ。

2024527_No.1


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